第二十五話 闘技場での決戦!!
今日は晩餐会の翌日。そして闘技場での決戦当日だ。
闘技場だけでなく領都ウィステリア全体が朝から大盛り上がりで、闘技場に入りきらなかった観戦希望の客が闘技場の周りを埋め尽くしているような状況だ。近くに出している屋台は軒並み売り切れて早々に店仕舞いで、空いたスペースには別の屋台がすぐに店を出している状況らしい。
当然賭けられているからこの機会に稼ごうと考えた奴が、
オッズはなんと俺の方が低くて、二倍以上ついているような状況だったりする。……マジか?
これは例の用心棒が闘技場で連日無敵の強さを見せつけている為らしいが、せっかくなので俺は自分に十万ゴルダほど賭けさせて貰った。
「それでは本日のメインイベント!! 魔族タナトスネイルを討伐した救国の英雄ライカ卿と、連日無敵の強さを見せつける謎の闘士グレゴワールとの決戦です」
闘技場は割れんばかりの喝采で俺を迎え入れてくれたが、その前にちょっとした問題が起きてないか?
【人間に擬態していますが、闘士グレゴワールから魔族と同じ気配を感じます。強さはそこまででもありませんが、普通の人間では手に余るでしょう】
だよな。
ベルトロット侯爵は分かっててこの試合を組んだのか?
少なくとも、こんな刃の潰した槍で戦うような相手じゃなさそうなんだけど。
「試合前に一つだけ質問をいいですか?」
「ライカ卿。何か問題でも?」
「いえ、些細な問題なのですが。闘士グレゴワールが魔族なのは問題ないのですか?」
「なに?」
「闘士グレゴワールが魔族?」
一斉に闘技場がざわめいた。
なるほど、普通の人間だとこの位の気配だと魔族って気が付かないんだ。結構わかると思うんだけどな。
「ダントン卿。説明をして貰えるのだろうな?」
「なななっ、何を出鱈目をいいだすかと思えば……」
『よく気が付いたな、確かに俺は魔族だ。当然、そこのダントンも知っている』
まあそうだろな。
魔族の気配は僅かとは言え、連れてきたこいつが流石に気が付かない訳はない。
「目的はなんだ?」
『大した目的などないさ。そ奴が帰国した後も我をこの国に残し、闘技場やこの都で魔族として存分に暴れても良いという話だったのだ』
「出鱈目だ!! 魔族の言う事に騙されるな!!」
「魔族は嘘をつかないし、嘘を見抜く」
『その通りだ。嘘しか言わぬこの屑に従うのはもうまっぴらでな。この辺りで解放させて貰おうと思ったまでよ』
「おい」
「はっ!! 抵抗するな!! この屑が!!」
ダントンの周りに衛兵が集まり、両脇を抱えてどこかに連れて行った。ダントンは最後まで往生際悪く
二十年前は故意じゃないとはいえ、他国に魔族を二度も送り込めば戦争になるだろうけど、さてこの後どうなる事やら……。
という訳で、ここで原因のダントンを逃がすと面倒だろうしね。
ん? 流石に闘技場の雰囲気が悪くなったか。魔族タナトスネイルの事件があったばかりだし、仕方がないかも知れないけどさ。
「お……、おい。魔族だって!!」
「どうするんだ?」
「あの強さはおかしいと思っていたが、まさか魔族だったなんて……」
いや。気付けよ!!
闘士グレゴワールって、魔族の姿を現す前の外見も結構人間離れしてるよな?
筋肉の付き方とかが明らかに人間とは違うし、幾ら個人差があるとはいえ腕が長すぎんだろ。テナガザルじゃないんだぞ。
こいつ、腕を伸ばしたら拳が地面につくだろ? しかも余裕でな。
『それで、貴様は勝てぬと思って我が正体をバラした訳だ』
「そんな訳ないだろう。なに、俺は少しルールの変更をお願いしたいだけだよ」
『ルールの変更……、だと?』
「こんな刃の潰した武器で魔族と戦える訳ないだろう? 武器の使用は自由及び制限なし。それと、どちらかが相手を倒した時に試合終了という形でどうだ?」
『ほう……』
こいつの実力は分からないが、それは俺の実力を知らないこいつも条件は同じ。
刃を潰した武器で戦ってもよかったんだけど、色々あるから武器の使用は自由にしてほしいしな。
『よかろう。こちらに異存はない。流石はあのタナトスネイルを倒した勇者だ』
「後はこちらの問題なのですが……」
「問題ない。武器の使用制限は無くし、相手を討伐した時点で勝利とする」
「ベルトロット侯爵の許可が出た。両者、その新たなルールで戦うがよい」
刃を潰した槍はとりあえず特殊インベントリに突っ込み、ちょっと特殊な槍に持ち替える。
ディアナはこの槍が何なのかは知っている筈だ。
『それが貴様の武器か』
「とりあえずはな。色々と用意しているのさ」
「では……。決闘開始!!」
開始直後、魔族グレゴワールはいきなり加速して俺に肉迫し、両手に持つシミターの様な剣で高速の斬撃を繰り出してきた。
なるほど、こいつ自慢の力はスピードか。
結構速いから、こんな速さで斬撃を繰り出されたら普通の奴は対応できないだろうな。下手をすればこの攻撃で試合終わるが終わる。
パワータイプっぽいウルバーニ卿だと、相性が悪い相手だ。
ただ、こいつも運が無い奴だ。
「意外に速いな」
『この速度の攻撃を捌ききるのか!!』
「スピードタイプの相手は割と飽きててな。
『馬鹿に……、するな!!』
馬鹿にしてる訳じゃないけど、この程度の速度だと俺が集中して対応すればかなりゆっくりに見えるんだよね。
コマ送りとまではいわないけどさ。
【
摸擬戦とかで、あの人が一番よく戦ったスピードタイプの相手だからね。
あの人はああ見えて、パワータイプでもあるけどさ。
それに比べてこいつは半端に速いだけか。そんな速度だと……、こうして刻まれるぜ!!
「その程度の速度でいい気になってんじゃねぇ!! 高速の斬撃ってのはな、こうするんだよ!!」
『なっ!!』
「
これは旋風の如き斬撃で、全てを斬り割く技だ。
「速い!! 何という速度だ!!」
「斬撃が見えんぞ。というか、動きもほとんど見えん」
「闘技場で無敵を誇った魔族グレゴワールが、ここまで一方的に押されるとは……」
こいつみたいな速度重視の相手だと、その速さに対抗する術が無かったらワンサイドゲームで終わるよ。今までの対戦相手はそうだったんだろう。
だけど、速いだけだったら幾らでもやりようがあるけどね。
「
『なんだこの技は!!』
魔族タナトスネイルだと受けて貰わなきゃ使えなかった拘束技。
これを普通に仕掛けられる時点で、こいつの速さと実力はお察しって感じだ。
魔族グレゴワールの太ももを貫いた槍は敷き詰められた石畳も貫通し、そしてその石畳内部で返りのついた根の様なスパイクを発生させる。
この状態になると、そう簡単には抜けないぜ。
「さて、こっちの槍が本番用さ。待たせて悪かったな」
「あの槍は魔族タナトスネイルを倒した槍!!」
「おおっ!! 今までは予備の槍だったのか」
魔族グレゴワールは刺さった槍を抜こうとしているけど、そう簡単に抜けられる様な技じゃないんでね。自分で足を斬って再生できるような相手じゃないと、その状態から抜け出すのは無理さ。
さてと、いますぐ
「
『くっ!!』
拘束技が決まって魔族グレゴワールは動けないから、結構大振りだけどダメージが入る技を連続で叩き込んでいけるんだよな。
というか、今の技で腕が飛ばないのは流石だよ。普通の魔物だと、今の一撃で六分割くらいされて死んでるんだぜ……。
「そろそろトドメにさせて貰うか……」
『まさか……、これほどとは』
「必殺、バーニングスパイラル!!」
魔族タナトスネイル戦でも使った、槍全体を炎で包んで炎で出来たランスを作り出し、そこから放たれた光の炎の螺旋で敵を貫く技なんだけど、前回の闘いの後で若干の調整を行ってる。
今までよりほんの僅かに威力が落ちてるけど、俺の身体にかかる負担を減らしてるんだよね。
あの威力だと連発出来ないし、ディアナがいるのにそう簡単に何度も死にかける訳にはいかないからさ……。
『このような威力の技!! ありえぬ!!』
「本物の必殺技じゃなくて悪いが、この技で納得して貰えるか?」
『これ……で? ぐわぁぁぁぁっ!!』
速度重視だけあって、防御力は大した事は無かったな。
【魔族グレゴワールの消滅を確認しました。マスター、お見事です】
毎回死にかける訳にはいかないからね。というよりは、こいつはそこまで強くなかったからさ……。
「勝者、救国の英雄ライカ!!」
「ど~も」
歓声を上げる観客の向って手を振った後、ベルトロット侯爵の正面の位置へ移動する。
流石にあの位置だと失礼だしね。
「アカイ・ライカ。魔族グレゴワールの討伐を完了しました」
「うむ。見事であった!! まさに救国の英雄よ」
「まさか魔族相手で、ここまで一方的な試合になろうとは……」
「力も技も、超一流という事ですな。……智の方も高いようですが」
昨日、ジンギスカン鍋の設計図と調理法を詳しく書いた報告書を渡しておいた。羊肉を漬け込むタレのレシピなども詳しく書いているから、すぐにでも量産可能な筈。
あれもハマると癖になる味だし、ある程度流行れば羊肉問題は解決するだろう。いい機会だから、他にも色々と面倒な調理器具が必要な料理の資料も渡したけどね。
今回の試合に関しては、流石に相性が悪すぎたな。
俺はスピードタイプの相手に普通に対応できるし、その上でその動きを封じる技を幾つも持っている。その上であいつは俺に対抗する手段を何一つ持っていなかったのが原因だ。
【ただ速いだけの敵でしたね。しかもその速さもかなり中途半端ですし】
その通り。
本気モードの
速さを売りにするんだったら、せめて
【流石に音速を超えると、今のマスターでは厳しいですよ】
そうだけどね。
さてと、高速思考を切って通常モードに戻るか。
「この旅の魔物討伐の報酬はのちほど取らせる。実に大儀であった」
「ははっ。ありがたき幸せ」
「アレが救国の英雄と呼ばれる男の実力……。個人の武ではおそらくこの国に並ぶ者はいないでしょう」
「そうだな。軍としての強さはまた別物だが」
流石に俺は兵を率いて戦争とかはしたくないんだけどね。
魔族とか人類の平和を脅かす存在だったら行くけどさ。って、アルタムーラ伯爵がこっちに来たぞ。
この爺さんとはなんとなく仲良くできそうな気がする。将軍のウルバーニ伯爵ともうまくやっては行けそうだけど。
「いや、まさかこれほどまでとは思いませんでしたぞ」
「相性の問題ですね。スピードタイプはその速さに相手が対応した時、勝ちの道がかなり狭まります。速いだけではなく、もう一つくらい奥の手があれば違うのですが……」
「闘技場ではその速度に対抗できる者がおらず、何人も犠牲者を出したものでな」
「犠牲者? どの位出たんですか?」
「この一週間ほどで十人だな。魔族グレゴワールと試合をして、無事だった者は数名だけだ」
あの魔族、初めから相手を殺す気で戦ってやがったな。
ある程度斬撃の速度があれば、刃を潰した剣でも関係なく斬り殺せるからね。
「それでどうにか始末したかった訳ですね。蘇生の奇跡が出来なかった者も?」
「流石にこの領都ウィステリアの教会に溜まる奇跡は多くてな。全員無事に蘇生した」
「それはよかったです。魔族をこの国へ連れて来たダントンですが……」
「あ奴を尋問した後でサミュエル王国に今回の一件に対する返答を求めるそうだ。正式な謝罪と、それなりの額の賠償金が必要になるだろうな」
二十年前の一件はともかく、今回は明らかにサミュエル王国に所属する貴族が魔族をこの国に送り込んできた訳だしな。
あの貧乏国に払えるのか?
「もしかして私が来るのを急がせたのはこの為ですか?」
「ああ。あの書状を出した時点で結構な人数が犠牲になっておったからな。武に自信のある者は軒並み倒された」
「残念ながら俺は戦っておらぬ。俺は出たかったんだが、侯爵様から止められたのでな」
「そんな状況だったのですね」
ウルバーニ将軍の部下も倒されてるんだろうしな。
不意打ちであんな晩餐会を仕掛ける位には、腹に据えかねてたんだろう。
コースとして考えても、そこまで悪い料理じゃなかったけどね。
「今日の所はホテルウィステリアで休んでくれ。いや、まことに大儀であった」
「同じ武を任される者として、ライカ卿が居る事を誇らしく思うぞ」
「ありがとうございます」
こうして波乱尽くしの戦いは終わった。
賭けた十万ゴルダだけど、グレゴワールが魔族と分かった時点であいつに賭け直す奴が続出したらしく、最終的に俺の元へは五十万ゴルダに化けて戻ってきたぞ。
というか、賭けが成立したのも驚きだけど、あの後で賭けなおせたのがもっと驚きだよ!!
「お疲れ様でした」
「ありがとう。相手が魔族だと分かっても、ディアナは全然変わらなかったね」
「私もある程度は敵の強さが分かりますので、ライカさんでしたら問題無いと思いました」
「楽勝とまではいわないけど、勝てない相手じゃなかったしね。さて、ホテルに戻ろうか」
「はい。今朝からご飯が美味しいのでうれしいです」
流石にご飯のレベルをマトモに戻してくれているので、今晩のディナーも期待できそうなんだよね。
しかも、今まであんな料理を出してたからなのか、ものすんごい気合が入ってる気がするし。
「マトモな料理に関しては、もてなし亭より若干劣る程度だしね」
「そうですね。もてなし亭の料理がどんな水準なのか、ようやく理解しました」
「あいつの腕はかなりいいからな。流石にルッジエロには及ばないけどさ」
「そのルッジエロって人、そこまで凄かったんですか?」
「間違いなく料理の天才だね。というか、料理をする為に生まれて来たような男だ」
この世界の料理がここまで発展していなかったら、あの才能は埋もれたままで終わったんだろうな。考えただけでも恐ろしい。
あいつの料理の才能を開花させずに終わらせるとか、世界の損失って言ってもおかしくないレベルだぞ。
「一度食べに行きたいですね」
「俺も出世したし、そのうち食べに行こうか」
「はい!!」
今のこの俺の地位だけど、冒険者として成功したと考えるべきなんだろうな。
料理人と冒険者。マスターのレーヴェンフックが俺を料理長にしなかった理由は、いつまでも二足の草鞋を履いているのが問題だったんだろうしね。
冒険者の道を諦めて、料理人だけに専念してれば……。いや、あの理由だと無いか。
流石に顔はどうにもならないしね……。
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