第二十四話 ちょっと訳アリ晩餐会
歓迎の晩餐会。準備をするにはあまりに長すぎる時間を、俺達は待合室で過ごしていた。
待たされている時間は、実に五時間。時間が掛かっているのは、おそらく俺の出生関係なんかを確認してたんだろうな。異世界転移して来たディアナの情報が無いのも問題なんだろうけど……。
その辺りも含めて、俺やディアナみたいに礼儀作法がなってる冒険者なんていないから、最悪、俺達が敵国のスパイって可能性もある。だからダントン男爵の用心棒と戦う事を頼んできたんだろうしな。
もし仮にアレを断ってたら、俺の立場は一気に悪くなっていただろう。
さて、晩餐会の席で一番上座に居るのは当然ベルトロット侯爵で、そこから左側に宰相のアルタムーラ伯爵が座っている。という事は、向こう側が文官サイドなのか?
俺の隣にはごっつい筋肉で武装したおっさんがいるけど、どう考えてもこっち側は武官サイドだよな……。紹介されていないからこの人が誰かは分からないけどさ。
一応ディアナも俺の隣に座っているけど、おそらく俺達は正式に結婚していると思われてるんだろう。二人してペアの祝福の指輪も付けてるし、その辺りを見分ける方法なんて無いけどさ……。
「今日は救国の英雄を労う為に最上の料理を用意した。美食の都である迷宮都市フォーメイズにかなわぬかもしれぬが、存分に楽しんで貰いたい」
「本日はこのような過分の歓待を用意して頂きまして、感謝しております」
料理に関してはあえて言及しない方がいいだろう。
もし何か口にした後で、ちょっとでも表情が曇れば言い逃れ出来ないからな。
「ライカ卿は本当に冒険者なのか?」
「確認した限り、間違いないようです」
「このような人材が野に眠っておるとはな……」
「今後人材の発掘に力を入れねばなるまい」
礼儀作法無しで戦力として考える場合、鉄壁ことヴァレシュは召し抱えた方がいいと思う。
あいつもまだ若いし、ヤバい場所を守って貰うには最適の能力だからな。
弓の名手でもあるから、遠距離攻撃もかなり得意だし。
「この晩餐会にはサミュエル王国のダントン男爵も参加している。彼は例の事件の発端になった領主の縁戚だ」
「例の事件の関係者ですか。あの魔族が倒されたので確認に来たという事ですかな」
「我が国の様に救国の英雄がおらず残念でしたな。これでようやく枕を高くして眠れましょう」
うわぁ……。
よほど腹に据えかねたのか、かなり悪意混じりなセリフが飛び交ってるよ。
今回はそうでもなかったけど、二十年前にも結構被害が出てるからね。
「本当に討伐されたのですか?」
「ライカ卿」
「はい。今回は確実にトドメを刺しましたので間違いありません」
「そういう事ですな。いや、まさかあのクラスの魔族を倒せる者がいるとは思いますまい」
今回の一件は、サミュエル王国が封印を解いたって噂があるからな。
こうして煽って、その言を取ろうとしてるんだろうけど……。
「その話は後でもよかろう。料理を運ばせるぞ」
助け船じゃないけど、ベルトロット侯爵がこの流れを打ち切った。という事は、何か仕掛けるのは料理の後かな?
大勢のメイドが出てきて、マジックバッグから料理を出して並べていく。
「最初の一皿はスモークしたブナマスでチーズを包み込んだ料理になります。ライカ卿は美食の都迷宮都市フォーメイズ一のレストランで副料理長を務めていた方ですので、我々も今日はいつも以上に気合を入れております」
「素晴らしいな」
「とても美味しいです」
「本当に……。」
どういうことだ? あのホテルの料理がおかしかっただけなのか?
絶妙な加減でスモークされたブナマスは本当に見事だし、中のチーズもそのブナマスによく合う物を選んである。
かけてあるソースも流石に
「二品目は
「ライスも我が領の主食の一つだ。パンやパスタも良いが、こうして偶には食べて欲しい物だな」
「まったくです。ライスの生産量は多いのですが、なかなか普及しませんので」
アルタムーラ伯爵も一枚噛んでるのか……。
美味しいけど、確かにライス系のメニューを出す店ってないんだよな。
ご飯を炊いて牛丼にして売り出すか? チャーハンとかもいいけどさ。
魔導炊飯器とかも、構造をある程度教えればすぐに作ってきそうだし……。
それにしても、このドリアの出来は素晴らしいな。味付けも焼き加減も本当に見事だ。
「美味しいですね」
「ああ。まさかこのメニューが出て来るとは思わなかったけど」
ドリアも俺がこの世界に持ち込んだ料理の一つだ。
今では
あそこで食うと、値段はめちゃめちゃ高いけどね。
「三品目は
「
普通は農地に向かないかなり酷い荒れ地でも栽培可能なんだけど、硬いから調理法が限られるんだよね……。
蒸すと意外に柔らかくなるんで、コロッケにするとおいしい芋でもある。手間がかかるから、敬遠されがちな食材なのは間違いない。
「四品目はマトンのローストと、
「ほう。マトンときたか」
「この領内では大量の羊が飼われております。若い子羊がおいしくて食材に向いているのは当然ですが、成羊肉の需要がほとんど無いのが問題ですので」
何とな~く、今回のコースの趣旨が分かった気がする。
これって全部、普段食べない食材や余っている食材を使った料理なんだ。
最初に出て来たブナマスに関しては川で馬鹿みたいに獲れるし、あのチーズってチーズを作った後に出るホエーを利用して作るリコッタチーズだった気がするからね。
「ふむ、少し匂いが気になるな。ライカ卿は料理人と聞いているが、この肉に対して何かアイデアは無いか?」
「羊肉ですと香辛料の効いたタレに漬け込んだ後、焼いて食べるか炒め物にするのがいいと思います。羊の肉は脂身に癖がありますので、出来るだけ赤身に近い部分を使うのも一つの手ですが」
「なるほど、その手がありましたか」
そうなると、やっぱりジンギスカンだよね。
あれは特殊な鉄板が必要だけど、脂を落として食うには最高の方法じゃないかな?
「才は武だけではないという事か……」
「後でその調理法を教えていただけるかな?」
「はい。資料とレシピを纏めてお渡しいたします」
ついでにジンギスカン鍋の設計図もな。
鍛冶屋にこういった面倒なブツを個人で頼むと、結構高いんだよ。
剣とか盾は作り慣れてるからそこまでしないんだけど、特殊な形状の鉄板とか鍋を頼むとマジで驚くような額を請求される事があるからね。
こうして設計図を渡しておけば、普及してそのうち迷宮都市フォーメイズでも売りに出されるだろう。
……マトンのローストだけど、結構薄切りにされてるのに割と匂いが気になるな。
食べられないレベルじゃないのも凄いけど、マジでかなり年な羊を使ったのか?
「
「ここまで薄く切るのは大変でしょう」
「便利な調理器具もありますので」
この世界には既にスライサーがあるから、こういった料理は作りやすいんだよね。
北の方は
「最後は果物の盛り合わせです」
「あまり人気の無い南国産の果実を纏めて来たか。今回は歓迎の晩餐会ではあったが、この様な料理ばかりですまなかったな」
「いえ、どれも素晴らしい料理でした。食材に貴賤はありませんので、どれだけ美味しくできるかは料理人の命題ですし」
「まさに金言ですな。我々も料理に携わる者として、今後も研鑽したいと思います」
人気が無い果物と言っても、この辺りだとマンゴーとかの南国系フルーツが多いんだよね。
食べ慣れて無い輸入し始めたばかりの果物とか、調理法が確立するまで人気が無い事も割とある。
今日出てきた果物も、マンゴーやライチなんかだったしな。というか、今回のお題でデザート担当は貧乏くじすぎるだろ……。他にやりようが殆ど無い。
「実に有意義な晩餐会であった。サミュエル王国ではこれでも見る事の無い料理かもしれんが」
「私が来ている事を知っていながら、この様な料理を選ぶのですかな?」
「普段使い慣れぬ食材というだけで、食べられぬ事は無いだろう? 煮ても焼いても食えぬ何処かと違ってな」
うわぁ……。
穏やかな表情だけど、ベルトロット侯爵も結構腹に据えかねてるみたいだな。
そりゃそうか、二十年前の事件の元凶があんな態度じゃ……ね。
闘技場の一件もあるし、この辺りで仕掛けるつもりだな。
「俺の用心棒ひとり倒せぬ腰抜け揃いの癖に大口を叩く」
「なんだと!!」
「ウルバーニ卿、控えられよ」
「くっ……」
隣の筋肉おっさんが即座に反応したけど、どうやらこの人が武官のトップみたいだね。
ここまで言われて我慢できるのは立派だ。
「用心棒のグレゴワールが強いのは承知している。だが、魔族タナトスネイルを倒せなかったのも事実ではないか?」
「戦う機会が無かっただけだ!! そうだ、そいつと戦わせろ。そいつがグレゴワールと闘技場で戦えば優劣ははっきりするぞ」
「こう言っておるが、ライカ卿はよろしいか?」
「万が一の時に罪を問わないという事でしたら」
ちょっとざわついた。
ははん、万が一って意味を勘違いしてるな。
「今から負けた時の言い訳か?」
「出来る限り手加減はしますが、相手が弱すぎますとついうっかり殺してしまう事もありますので」
「はははははっ。なんだ、そのような心配か。闘技場でもよくある事故だ。もちろん罪には問わぬ」
「きっさま……」
万が一の意味を理解して顔を真っ赤にして激昂するダントン。
逆にこちら陣営の貴族は笑いを堪えるのに必死だ。流石に腹を抱えて笑う訳にはいかないか。
「では勝負は明日の十六時。闘技場で行うものとする」
「首を洗って待ってろよ!!」
「せめて今夜くらいは用心棒の方にいい物を食べさせてあげてくださいな」
「ふざけるな!! 貴様こそ、最後の晩餐を済ませておけよ」
飯はいま食ったばかりだろうに……。
捨て台詞を残して部屋を出たダントンを、みんな腹を抱えて笑っていた。
やっぱり我慢してたんだな。
「よく言ってくれた。俺は将軍を務めるノルベルト・ウルバーニだ」
「アカイ・ライカです。伯爵様だったんですね」
「ああ。ガラじゃないんだがな」
うん。その辺りはみてても分かるよ。
ここまで爵位が上がると侯爵様も戦場で使いにくいだろうしね。
本人は戦場で暴れるのが好きなんだろうけど。
あ、アルタムーラ伯爵までこっちに来た。
「あ奴はこちらから呼んでもおらんのに魔族討伐の確認に来おったからな。追い返してもよかったのだが、真っ当な理由なので入れてやればあの態度だ」
「呼んでいないんですか?」
「戦争状態ではないが、近い状態だからな。そこまで考えておらんのだろうが、いい根性をしておるよ」
「大きな問題を起こせば処理できるのだが、その理由が無くてな。こんな内容の晩餐会にしたのはライカ卿にはすまないと思うておるよ」
「もしかして、ホテルウィステリアの料理があのレベルだったのは……」
「それも気が付いておったか。普通の料理を出せば、今日の料理との落差に驚くだろう? その件もすまないと思うておる」
なるほど。そこから仕込まれてた訳だ。
なんとなくおかしいとは思ってたんだよな……。
「理由が分かれば納得できますので」
「本当に、今まで野にいたのが不思議な男よな。例の用心棒の件も頼んだぞ」
「わかりました。全力で叩き潰して御覧に入れます」
「遠慮は無用だ。いざという時は事故で処理する」
本気で殺したいレベルなんだな……。
さて、噂の用心棒とやらはどの程度の実力なのやら。
こればっかりは戦ってみないと分からないよな。
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