第二十三話 アカイ・ライカ男爵
使者が来た二日後。俺達は今朝迎えに来た馬車に乗ってベルトロット侯爵の屋敷へと向かっていた。
ゴッフレード商会で購入したスーツやドレスに着替えたし、髪も昨日ホテルで切って貰って着替える際にも綺麗に整えているぞ。
俺はともかく、ドレスに包まれたディアナの美しさはちょっと反則だろう。聖女というよりもお姫様って感じだよね。
「まずは俺の
「今から
「
このまますぐに晩餐会まであると、ディナーじゃなくてランチタイムになりそうだしね。相当時間が空くんだろう。
領主様の準備がすべて終わってから晩餐会が始まるって事だね。料理は直前に収めていたマジックバッグから出して並べるだけだろうけどさ。
「男爵か……。まさかこの歳で貴族になるとは思わなかったよ」
「そういえばライカさんの歳を聞いていませんでした。今、お幾つなんですか?」
「先月十九になったばかりだよ。俺も成人して五年経つのか……」
七月七日生まれで女神アイリスと同じ誕生日。あの女神に敬意を払っていない訳じゃないけど、転生した時も女神アプリコット様の方が良くしてくれたしね。
「ライカさんは私よりも年上だったんですね。私は十八になったばかりです」
この世界の暦になるから、来年からはちょっと混乱するかもしれないけどね。
多少の誤差なんて誰も気にしないさ。
「自分の歳を覚えていない冒険者も多いからね。十四歳の成人の儀以外で年齢を確認する事なんてないし」
「そうなんですね……。皆さんどのくらいの歳で結婚されるんですか?」
ああ、なるほど。ディアナの元居た世界だと結婚なんてしないから、結婚適齢期とかが常識として存在しないのか!!
「ここだと早い奴は十四の成人の儀の後ですぐなんて事もあるよ。経済的な地盤を固めて結婚する場合は、二十を少し超えた位かな?」
「という事は、ライカさんはちょうどいい年齢だったんですね」
「そういう事になるのかな? 結婚と言っても必ず式を挙げる必要はないし、何処かに届けたりする必要も無いからね」
あくまでけじめと言いうか、気分の問題みたいだしね。懐に余裕が無くて祝福の指輪を買えない場合、周りに一緒に暮らすようになったって言うだけの場合すらあるし。
冒険者は結婚が早いとよく言われている。
先延ばしにしてたら死ぬことが多いからだけど、俺の場合はこいつもあるしそう簡単に死なないからね。
最初は二十五くらいに結婚して、それから店を出そうと思ってたくらいだしさ。
【本当にその辺りは元の世界の常識を引き摺りますよね】
早い奴は十五で子持ちとかになってる世界だぞ!!
そんな状況で死んだら、残された家族が大変だろう?
【迷宮都市フォーメイズでは滅多にありませんが、他の街では割とよくある話です】
死者蘇生を行う為に必要な教会の奇跡。
信者の祈りが女神アイリスの力になるとかで、ある程度力が貯まらないと死者蘇生は行えない。
祈りのカウントは教会ごとに行われるそうで、大きな街ほど奇跡の力が貯まりやすくてかなり有利なんだよね。
逆に小さな村だと本当に数年に一人とかそんなレベルでしか死者蘇生が行えない。俺みたいに祈りをあまり捧げない人間でも、年に一度お布施をしているのは大きいんだとか。
「もしかして、私たちって既に夫婦だったりします?」
「祝福の指輪を渡した時点で割とそうなってるね。この世界だと、王族や貴族以外はその辺りがかなり緩いから……」
戸籍が無いから役場とかへの申請も無いしね。俺が貴族になった後はその辺りがうるさいだろうけど、貴族の場合は確か国に届けないといけないんだったかな?
そうしないと跡継ぎとかの問題が出て来るらしい。
「そうだったんですね……。私はまだ不安になる時があります。朝起きた時に、隣にライカさんがいないんじゃないかって……」
「たまに朝早く起こしに来るのは、そんな理由だったんだね」
「隣の部屋にライカさんが居る事は分かっているんですが。でも、やっぱり怖いんです」
しない日の話だね。
なんとなくわかってたけど、そこまで不安だったなんて……。
「俺は何処にもいかないよ」
「私があそこに戻っている可能性がありますので……」
「その時は、俺が全力で追いかけるさ」
ブレイブの力を使っても不可能だろうけど、何度も時空間移動を行うんだったら俺が向こうの世界に行く事だった可能な筈。
いざって時は、俺がディアナを探しにいくよ。
絶対にね。
「ありがとうございます。私が愛した人がライカさんで、本当によかった……」
「これからも色々あると思うけど、よろしくね」
「はい」
そろそろ領主様の屋敷に着きそうだ……。っていうか、敷地が広すぎて門をくぐった後に割と手間なパターンか。
正門なんだろうけど、攻め込まれない様に色々と細工してみたいだしな。
◇◇◇
屋敷に着いて既に二時間経過した。
こちらから挨拶に行くこともできないそうで、俺達は用意された控室でベルトロット侯爵から声がかかるのを待っている。
ただ待つだけってのも、結構きついよな。
「お待たせ致しました。ライカ様、ディアナ様、
「ありがとうございます。いや、緊張しますね」
「滅多にない事ですので……」
荘厳な造りの部屋というか、
意外に若いのがベルトロット侯爵なのか? 後は、侯爵家に仕える文官や武官たちがずらりと並んでる。彼らが俺の先輩たちになる訳だ。
俺は指定された場所で止まり、ベルトロット侯爵の言葉を待つ。
短いけど、とても長い時間が流れる……。なんとなくだけどさ、緊張するよね。
「救国の英雄ライカ。汝の魔族タナトスネイル討伐の功績を讃え、ここにエリミラン王国男爵位を授ける」
「男爵位を示す錫杖を受け取られよ」
「はっ。謹んで拝命いたします」
ベルトロット侯爵の横にいる初老くらいの人が細かい合図というか、何をするのか教えてくれるので助かる。いきなりこんな場に呼び出されても、何をしたらいいのか分からない人も多いだろうしね。
「家名は何とする?」
「アカイと名乗ろうかと思います」
「では、アカイ・ライカ男爵。今後そう名乗るがよい」
「はっ。家名に恥じぬよう心がけます」
ゆっくりとベルトロット侯爵の元へと歩みより、錫杖を受け取ってそのまま後ろに下がる。
周りが結構ざわついてるけどなんでだ?
「やはり救国の英雄ともなれば、作法を心得ておるか。今後のライカ卿の活躍を期待する」
「浅学非才の身ではございますが、全力で臨みたいと思います」
「うむ。では次に冒険者ディアナ。今回の戦いの功績として、魔導具一式を授ける」
「喜んでお受けいたします」
流石に聖女。
ディアナもこういった作法は完璧だな……。なんていうか、動きが奇麗なんだよね……。
「迷宮都市フォーメイズの冒険者は、最近礼儀を重んじるようになったのか?」
「そのような話は聞いておりませんが……」
「しかし……」
俺達の作法は間違ってなかったみたいだけど、ここに鉄壁とか剛腕の二人が来てたらかなり流れが変わると思うよ。
俺の
逃げたのは英断だったな。
「ライカ卿が特別なのではありませんか?」
「で、あるか」
「これにて
ベルトロット侯爵が部屋から去って
本当に男爵になったんだな……。
ん? さっきからベルトロット侯爵に進言したりしていた初老の男が近付いて来た。手にした杖で判断すると、伯爵なのか……。
「ライカ卿、男爵への
「ありがとうございます」
「私はアンティオコ・アルタムーラ。ベルトロット侯爵家で相談役をしております」
「アカイ・ライカです。相談役と言いますと、宰相様ですか? 失礼いたしました」
いや、一瞬で目を細めるのはやめようね。
冒険者がその辺りに詳しかったら警戒するだろうけどさ。
「ライカ卿の出身はどこかの貴族ですかな?」
「いえ、グアルダド男爵領にあるレスキネン村の農家の三男です。田舎の農家ですと、三男より下は冒険者になる者が多いですから」
「グアルダド男爵領の農家……、ですな」
「はい。見るも物も無いド田舎です」
もうちょっと繁栄してりゃよかったんだけどな。
農家一件に三男の俺が耕す畑すら無かったし。
「いや、先ほどの受け答えが見事でしたので、どこかで習ったのかと思いまして」
「
「
「はい。色々ありまして、今は辞めておりますが」
「なるほど。一流レストランですと、礼儀作法も必要ですからな」
実際、
あのクラスの店になると普通に貴族とかも来店するし、無礼を行えば店の格が落ちる上に最悪誰かが責任を取らされる羽目になるからな。
その場合は最悪首が飛ぶし。
「マルキーニ伯爵とも何度か会わせていただいております」
「おおっ、マルキーニ卿はグルメで有名だからな。今は迷宮都市フォーメイズとその周辺を治めておられるが……」
俺から言わせると直接の領主様はマルキーニ伯爵なんだよね。
エッツィオ家の次男で、迷宮都市フォーメイズの周辺の安定で功績をあげて伯爵にまで出世した有能な領主様だ……。
その伯爵位は元々ベルトロット侯爵が持ってたものらしいけど。
「美味しい物がお好きな方ですので、今や迷宮都市フォーメイズは美食の街です」
「ライカ卿の功績も大きいのでは?」
「私は幾つかの料理を流行らせただけですので。後は料理人たちの研鑽の賜物です」
だからこそ、ここ数年で本気で他の街や国とは別物まで進化したからな。
領都ウィステリアですら、あそこまで差がある位だし……。
「今日はよき人材を出来た事を喜ばしく思います」
「有事に際にはぜひ声をお掛け下さい」
「……ここからは他言無用だ。あの男を見て貰えるか?」
視線だけでなんとなく誰か察して、こちらも視線だけで確認した。
なんとなくだが、敵意に満ちた男がいる。
「あの殺気立った男ですね」
「流石だな。奴はサミュエル王国から今回の件の確認に来たゴドフレド・ダントン男爵で、魔族タナトスネイルを発生させた領地を継いだ男なのだ」
「自国の不始末の確認ですか。なるほど、それで討伐した私を恨んでいる訳ですか」
「その通りだ。奴は腕の立つ用心棒を連れてきておってな。そ奴が今闘技場で暴れておる」
あの衛兵が言ってた困ったちゃんか。
諸事情ってのはそういう事ね。他国の貴族の用心棒だと無碍には扱えないよな……。
「排除しろという事ですか?」
「晩餐会の時におそらくその話が出るだろう。出来れば頼みたいのだが」
「わかりました。その依頼をお受けいたします」
「おおっ!! 流石は救国の英雄。では、頼んだぞ」
アルタムーラ卿は上機嫌で何処かに行った。
よほど頭を抱えてたんだろうな……。
「戦うんですか?」
「流石にあそこまでして頼まれればね」
まず世間話をして俺の為人を観察し、頼めそうだと判断して普通に頼んでくれたんだ。
アレで俺が傍若無人な態度を取れば、呆れながらも正式に命令してきた筈。
アルタムーラ卿とのファーストコンタクトは成功したと思っていいだろう。
「ライカさんは凄いですね。今の方、かなり位の高い貴族様ですよね?」
「伯爵様だね。しかも宰相だから、実質この国で二番目の権力者だ」
「にっ!! そんな方とあんなに気軽に話が出来るんですか?」
「上司や上官と話す事は多かったから……」
先輩ブレイブもそうだけど、総司令とかね。
ああ、何度か大臣クラスもきた事があったしな。
主に俺達が破壊した施設に対する苦情を言いに来ただけなんだけど。
ちょっと脅すとすぐに分かってくれるいい人が多かったな。その辺りは司令達も容赦なかったし……。
「やっぱり凄いです……」
「大した事は無いさ。さて、晩餐会に呼ばれるまで待つとしようか」
「わかりました」
晩餐会まで待つ為の待機部屋まで用意してくれたんだよな。
ホントに至れり尽くせりだよ。
今日に限っては主役ってのが大きいんだろうけどね。
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