第二十二話 ありえないレベルな驚きの報酬


 領都に到着して三日経過した。侯爵様にも都合があると思うし、この位は予測済みだ。今日、ようやく領主様の使いが来て、俺の叙爵じょしゃくが正式に決まったという事を伝えてくれた。その辺りまでは予想通りなんだけど……。


「騎士爵じゃなくて、男爵なんですか? 法衣貴族とはいえ、いきなり男爵とか可能なんです?」


「私は使者なので詳しい事は知らされておりませんが、侯爵様の依子としてでしたら男爵位の叙爵じょしゃくは可能だそうです。少ないですが、前例もありますので」


「書状を読む限り、これって相続可能な爵位ですよね?」


「当代限りの男爵位の方が珍しいですよ。侯爵様はそれだけライカ様を評価されているという事です」


 マジか?


 下位貴族とはいえ、いきなり男爵なんてありえないだろ。


 貴族の爵位は上位貴族と下位貴族に分かれてて、子爵以下を下位貴族。伯爵以上を上位貴族として明確な差がつけられている。


 子爵以下は公爵や侯爵が自分の派閥に所属する寄子として叙爵じょしゃくが出来るけど、伯爵以上は国王でないと叙爵じょしゃく陞爵しょうしゃくはできない。


 しかもその時は王都で行われるかなり大規模な式典がセットで付いてくるって話だ。この位の爵位になると、領地を持たない法衣貴族は宮廷貴族って呼び名に変わるらしいけどね。どうでもいい話だけどさ。


「謹んで拝命いたしますが、法衣男爵という事ですと兵を雇ったりしにくいですよね?」


「迷宮都市フォーメイズに戻られる場合は、今まで通りの生活で問題ないそうです」


「……個人の武勇に期待という事ですね」


「その通りです。正直、一騎当千の英雄が居れば多少の兵数など問題ではありませんので」


 これはサミュエル王国に対する嫌がらせの一環だな。


 この国があの国と戦って負ける事なんてまずないけど、いろんな面で嫌がらせをされてるからね。


 国同士としては敵対してるけど完全に交流が無い訳じゃないから、事あるごとにちょっかいを出してくるって聞いている。


 魔族タナトスネイルも元々はあそこの国で発生した魔族なのに、こちらの国で出た被害に対する補償すらしてこないからね。それどころか、謝罪の言葉一つないって聞いてるしな。


 あの国には金銭的や人間性に、それだけの余裕が無いのも分かってるけどさ。


「了解しました。詳しい話は直接侯爵様からあると思いますので、その時に聞くとします」


「期待しておりますよ、ライカ卿」


「少し早いですが、ありがとうございます」


 侯爵様の使者は帰ったけど、正直俺は混乱している。


 この国には準騎士爵まで存在するから、爵位を三階級すっ飛ばしての叙爵じょしゃくって事になるんだよな。


 給金は最低でも年に三百万ゴルダは出るだろう。家臣を雇ったりしないでいいんだったら貰いすぎな気がする。


「あの……、ライカさんは男爵様になるんですか?」


「そうらしいね。そこまでは確定っぽい」


「凄いじゃないですか!! 男爵様ですよ!! 本物の貴族様です」


「騎士爵でも一応貴族だけど、あまり貴族っぽくないしね。男爵は完全に貴族の一員だ」


 男爵は下位貴族ではあるけど、一般人からすると本当に雲の上の存在なんだよね。一般人が下手な真似をしたら、相手次第では簡単に首が飛ぶ。


 この国の貴族は高潔な紳士が多くて多少の事は見逃してくれるし、一般人に対しても優しいんだけどね。


「まさかいきなり男爵になるとは思わなかったよ。騎士爵とは訳が違うしさ」


「そうですね。騎士様は貴族ですけど、どちらかと言えば兵士の偉い人って感じです」


「騎士だからね。騎士爵はほぼ法衣貴族だから……」


 領地持ちの騎士爵なんて、本当に数える位しかいないって話だ。


 国王とか領主様に余程気に入られてて、領地経営が出来ると判断された者だけらしい。いきなり領地なんて渡されても困るパターンが多いからね。


「ライカさんも法衣貴族なんですよね?」


「領地なんて渡されても困るしね。領地経営が出来ないとは言わないけど、人材の確保が大変そうだ」


「流石はライカさんです」


 男爵位の領地となると文官や武官が結構必要だし、どうやって利益を確保するのかが一番問題だ。


 この世界には俺より前に来た転移者や転生者がいたみたいだから、楽な金儲けのアイデアは軒並み潰されてるし、俺が持つチートも無いから地道に稼ぐしかない。


【私のサポートも、領地経営ではそこまでお役に立ちませんし】


 索敵用の衛星を打ち上げて、天候を先に知れるだけでもかなり有利だけどね。


 それでも、領地を渡されなくて助かったって思ってるよ。


「貴族としての作法とか色々あるから、これから覚えなきゃいけないよね」


「大変ですね……」


「他人事の様に……。ディアナも同じ立場なんだぞ」


 結婚したらディアナも貴族だ。


 爵位は無いけど、男爵位を持つ俺の妻って事になるとそれなりの地位になるしね。


 領地が無いからする事は少ないだろうけどさ。


「そうでした。祝福の指輪も頂いていますし……」


「正式な結婚式とか婚姻の手続きはまだだけど、そっちもそのうち済まさなきゃいけないからね。男爵位になったから面倒事が増える可能性があるけど」


「もしかして、ライカさんが他の誰かと結婚を?」


「ディアナに祝福の指輪を渡してるから、いきなり結婚話を勧めて来るような人間はいないと思う。もう少し爵位が上がったら面倒な事になるだろうけど、今は大丈夫だよ」


「私の元居た世界ですと、結婚自体がほとんどありませんでしたので。一応王族の一部の方だけには、結婚が許されていました」


「そりゃそうか。こっちだと正妻の他に第二夫人とかを持つ貴族が珍しくないんだ。養うだけの財力がある場合だけど。あ、俺はディアナ以外の女性と結婚する気はないよ」


 貴族になると何人も嫁を持つ事が珍しくない。


 正妻だけって人も偶にいるけどさ。俺もそのつもりだし。


「私はそう言ってくださるだけで十分です。もしライカさんに上位貴族から婚姻のお話が来た時には……」


「断るよ。どうしてもって時には、ディアナが正妻って事を納得してくれるなら受けてもいい」


 相手が上位貴族だった場合、その子を正妻にしてディアナを第二夫人にしろとか言い出されるらしいからね。形式上だけの問題だけど、俺が嫌だしな。


「それって、大丈夫なんですか?」


「知らない。いざって時にはこの国にこだわる必要もないだろ?」


 東のサミュエル王国は論外だけど、西にあるセネルネテウス王国はマシなだって聞いた事がある。


 あそこにもダンジョンはあるし、冒険者が暮らしていくには十分だ。


【分かります。その時は全力でサポートいたしますので】


 サンキュ。


「わかりました。その時は私も覚悟を決めます」


「絶対に身を引くとかは無しだからね。大丈夫、セネルネテウス王国も似たような言語だし、そこまで苦労しないよ」


「そこまで思い切れるんですね……」


「俺は冒険者になってあちこちを転々とした時期があるから。住んでた期間は短いけど、結構いろんな場所にいたんだ。だからかもしれないけど」


 故郷のレスキネン村を出て、二年近くはいろんな場所を拠点にしてたからね。


 拠点となる村からダンジョンが遠かったり、治安とかの問題で永住を諦めた場所も多いけどさ。


 この辺りは住みやすかったけど、望まない相手から結婚や婚約を強要される場合は仕方がない。


「まだ仮の話ですし、この辺りにしておきましょうか」


「そうだね。男爵位持ち以上に大きな話が来る可能性は低いし」


 幾ら魔族を倒す力を持つとはいえ、俺は一介の冒険者に過ぎないからね。


 そこまで大貴族が出てくる事もないだろう。


「問題は叙爵じょしゃく式と晩餐会だね。特に晩餐会」


「何か問題なんですか?」


「料理だよ。迷宮都市フォーメイズよりもかなり劣るみたいだし、まさかこのホテルの料理があんなレベルだとは思わなかった」


「確かに、食事はもてなし亭の方がおいしいですよね」


 あいつの腕だって相当なレベルだから、あそこより劣る店が多いのは仕方がない。


 魅惑みわく星天せいてん亭の元シェフってだけでも、料理人としては相当な名誉なんだぞ。


 普通の腕だとまず雇って貰えないしね。


「レストランだけに集中できたら、あいつの店は一流店だからね。宿屋のオーナーも夢だったらしいから仕方ないけど」


「そうですよね。このホテルの料理だって昔よりは遥かにマシなのに、私も贅沢になりました」


「毎日おいしい料理を食べてるからね。というか、もてなし亭どころか普通の店といい勝負だしさ」


 この街の料理は迷宮都市フォーメイより劣るとは聞いていたけど、まさかここまでとはね……。


 初日は何かの間違いかと思ったけど、同じ様なレベルの料理が数日続けば、この辺りはこんな水準なんだと分かるよ。


「直前にライカさんの絶品料理を食べたのが大きいと思います」


「流石にあれと比べられると困るけど」


「そうですね。でも、どうしてここまで美味しくないんですか?」


「材料は悪くないみたいだし、味付けの差かな?」


 魚が生臭いとかそんなレベルだったら流石に驚くけど、材料は多分問題ないんだよね。魚は新鮮な物を使ってるみたいだし、下拵えも丁寧で問題なさそうだった。この辺りが悪いと、出された時点で流石に気が付くからさ。


 調味料の使い方というか、香辛料の使い方が全体的におかしい気はする。


 この味付けがここの流行りって可能性もあるけど、流石にそれは無いだろう。


「元の世界に比べるとマシなんですけどね」


「流石に塩スープと比べるのはかわいそうだよ。骨で出汁をとってたらそれなりに美味しいと思うけど」


「骨ですよ?」


「手間はかかるけど、骨で出汁をとる料理は結構あるしね。出汁を取る時に沸騰させるかどうかとかで色々見た目や味も変わるし」


 骨で出汁を取ると言えば、鶏ガラスープや豚骨スープなんかがいい例かな?


 使う材料は骨だけじゃないけど、いい鶏ガラや豚骨を使ってるかどうかで仕上がりの味はかなり変わるし。


 料理で使う材料の品質が悪くていい事なんて何一つないけどさ。


「豚骨ラーメンとか食べて貰った事は無いよね? というか、ラーメン自体も食べて貰った事が無い気がする」


「ラーメンですか? 元の世界にはそんな名前の料理はありませんでしたね」


「うどんはあったのに? 意外におかしい世界だな……。中華そばは?」


「あ、ありました!! 中華そばがラーメンなんですか?」


 なんとなくなんだけど、ディアナの世界に転移した人間は昭和の頃の日本人辺りの様な気がする。


 でも、ディアナが中華そばを知ってるんだったら話は早い。 


「食べた事は無いの?」


「二度だけ食べた事があります。中華そばは結構高級品でしたので、聖女の地位でもなかなか食べられませんでした」


「聖女でも食べられないの?」


「何不自由なく食べられるのは、本当に一部の貴族だけでしたから」


 ものすごく遠い目をしているけど、アレは中華そばの味を思い出してるんだろう。意外にお茶目なディアナの性格が少しは理解できてきたから、その辺りは何となくわかるぞ。


 早くいってくれれば、うどんの時みたいに作ってあげたのに……。


 いや、この世界にラーメンを流行らせるのは危険か?


 あれは麺料理の頂点の一つだしな。なんでもありって面で考えても、究極の料理のひとつだろう。……でも、なんとなく作ってあげた方がよさそうだね。


「戻ったら中華そばも含めて、幾つかラーメンを作るよ」


「本当ですか!! 貴族では人気の料理だそうですが、私たちでも本当に何年かに一度くらいしか口にできませんでしたので……」


「……多分細かい部分は別物だけど、素材の組み合わせは近いラーメンを出せると思うよ」


 俺はいた世界のラーメンでもそうだけど、大昔の中華そばとは出汁に使う鶏ガラの時点で別物だったしね。


 ラーメンの出汁に使う鶏か……。一番いいのは毛長鶏けながどり辺りかな?


 使うのは鶏ガラじゃなくて、一匹丸々使う丸鶏だけどさ。っていうか、当然ながらこの世界だと鶏ガラなんて売ってないんだよな。需要が無いから、全部捨てられてるみたいだしね。


 以前なんとなく食べたくなって作ったラーメンは色々と材料や時間が無くて、完成したラーメンは俺の中では今一つだったし……。だからマジックバッグ内にも試作品がない。創るんだったらほぼ一から作り直しだぞ。


「楽しみが一つ増えました」


「期待して貰ってもいいよ。さて、そろそろ晩御飯だな」


「そうですね。美味しい料理が出ればいいんですが」


 全部が全部だめって訳じゃないんだよね。


 意図的においしくしてない気がするというか、旨味を押さえられてる気がするんだよな。十分に食べられるレベルなんだけど、こんな高級ホテルが出す料理とは思えない。


「パンは美味しいし、ホント謎だよね」


「本当ですね」


 パンが美味しいって所がおかしんだよな。それに、細かくチェックすると焼きのレベルは高いし、盛り付けなんかもかなりセンスがいい。ダメな店はこの辺りが既にグダグダだから、この店のレベルが高い事はこれだけでもある程度は分かる。


 出される料理が今一つなのは、やっぱり何か理由があるとみて間違いないだろう。


 どんな理由があっても、俺達はあきらめて出された料理を食べるしかないんだけどさ。


 残すとこのホテルのシェフに悪いしね……。



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