第二十一話 豪華なホテルでディアナと話でもしようかな



 これが部屋?


 俺が今日宿泊する部屋に案内されて、まず頭に浮かんだのがその言葉だった。


 いや、完璧に家じゃん。部屋にあるとは思えない豪華なバスや無駄に広いトイレは当然として、簡易キッチンまであるんだよ? 一人部屋なのに内部の部屋数は驚異の七部屋。


 部屋の中にまた別の部屋があるってのが凄まじい。リビングは滅茶滅茶広いし……。


「これで一人用の部屋なんですか?」


「はい。護衛用の待機室や緊急時のパニックルームも完備しておりますので」


 なるほどね。本来は俺みたいな一般人が泊まる様な部屋じゃない訳だ。泊まるのはひとりだけど、周りに護衛とか御付きの人が山ほどいる人用の部屋って事か。


「それは一番奥のあそこですね。恐ろしい数の魔導具が設置されてる部屋ですよね……」


「一目でそれを見抜くとは流石でございます。一応分からないようにカモフラージュされているのですが」


 使うことは無いだろうけど一応説明してくれた。あの部屋に入ると部屋自体がまず何重にも結界で守られるそうだ。その状態になると生半可な魔法は通用しないだろうし、この建物が崩壊してもあの部屋だけはおそらく無事なんだろう。


 ブレイブだと破壊できるだろうけど、必殺技クラスじゃないと厳しそうだ。


【クラッシュ系かブラスト系ですと余裕ですね。特にクラッシュ系ですと、対象物に防御力や魔法的な防御結界がいくらあろうと無駄ですから】


 そうなのか?  これだけの魔導具で防御しても無駄っては恐ろしいな。


 ブレイブの力は結構異常だと思っていたけど、やっぱり人外の力だよね……。


 というか、そんな技を使ってよく無事でいるもんだ。


【変身後のスーツの防御力もそうですが、必殺技発動時のヴリル神力プラーナのお陰ですね】


 俺はバーニングクラッシュを使っただけで力尽きただろ?


【マスターが使ったのは、プロトタイプのバーニングブレイブ用ブレスでしたので……。新たな敵に対応する為に強化する事には成功したのですが、防御面での最終調整前でした】


 あの時、周りの人に止められたのに俺はそれを承知で変身した訳だしな。


 おかげで多くの命を救えたし、謎が解けてよかったよ。


【マスターでしたらそういいますよね。私も、もっとマスターに本来の姿で戦って貰いたかったです】


 それは俺もそうだけど、お前もそう思ってくれてたんだな……。


 っと、部屋の案内中だったね。


「向こうの簡易キッチンは護衛用ですか?」


「護衛の方は任務終了まで任務中に食事をされる事は滅多に無いですよ」


「それはそれでキツイな……」


「交代で護衛をされていますから、その時に済まされるみたいですよ。あのキッチンを利用するのは、温かい飲み物を用意する時くらいですね。マジックバッグがありますので、あまり機会はありませんが」


 マジックバックの弊害というか、どこかで大規模に生産したら家にキッチンすら必要ないんだよね。


 完成品を買って帰って、食べる時にマジックバックから出せばいい訳で……。


 この世界でキッチンを利用するのは、料理が出来る本当に一部の人だけだ。


 調味料すら無い家まである位だしな……。


 料理を売っている店の無い田舎だと当然各家庭に台所があるし、料理が出来る人も多いんだけど。


「魔導具とマジックバックが便利すぎるんですよね」


「無いと思うとぞっとしますね。……それでは失礼します」


「あ、ちょっと待って。これ」


 チップとして千ゴルダ銀貨一枚を差し出した。


 日本円にして一万円。この世界基準でも多いけど、これだけの規模のホテルだからこの位は受け取るだろう。


「ありがとうございます!! 何か御用がありましたら、そちらの館内用の通信システムをご利用ください」


「わかりました」


 館内用通信システムがあるのか。


 これも結構面倒なシステムだって聞いた事があるし、意外にコストがかかるらしい。


 もてなし亭には当然ながら無いし、あいつは宿が相当デカくなっても導入しないって言ってたな。


「広い……。隣の部屋でディアナも同じ事を思ってるのかもね」


 下の階に普通の部屋が二十部屋以上ある面積に、この最上階だけは三つしか部屋が無い。


 もう一段階だけ安い下の階は、八部屋位あるらしいけどね。


 廊下はふかふかの絨毯で敷き詰められてるし、照明もおしゃれで趣のいい物を使っていた。


 やっぱり一流どころは細かい所まで違うよな……。


「俺達は侯爵様から呼び出しがあるまで、ここで缶詰か……」


 とりあえず晩餐会や授与式が終わるまで、ここから出る訳にはいかない。ホテル内の移動くらいは良いだろうけどさ。


「ん? 各種サービス一覧? って、これを見たら本気でここから出す気が無いってわかるんだけど」


 館内用通信システムにルームサービスの一覧があった。食事なんかは当然として、なにか必用な物があれば、言えばホテルの外まで買いに行ってくれるそうだ。というか、出入りの商会がその辺りは全部対応してくれるらしい。


 晩餐会前に散髪や着付けまでして貰えるそうだ。


 細かい所まで気が利いてるけど、いち冒険者に報酬を渡す為にかける予算じゃないよな……。


 他に何かあって、ついでって事だったら違うんだけど。


「思わずベルトのスマホを取り出そうとしちまう辺り、これも癖になってるよな」


【アレは変身用のシステムですから必要時以外には取り出しできませんけどね。現代人のサガなんですかね……】


 ブレスと連動した変身用システムのベルトには、変身前に色々と入力とかする為のスマホが付いてるんだ。


 で、その事を知ってるから、何とな~く暇な時にスマホを取り出そうとしてしまうんだよね。使える訳じゃないけど……。


 だって、暇じゃん。


【この世界にも暇つぶしもいくつかありますよ。意外に本も売られていますし】


 意外に小説も売られているんだよな……。人気なのはやっぱり恋愛小説で、貴族と恋に落ちた少女がその横に並ぶ為に努力して結ばれる話とか、その逆パターンの話もあるらしい。


【特殊インベントリ内には、雑貨屋で買われた玩具類もありますが】


 殆どパズルとかのアナログな暇つぶしなんだよな……。


 いっそのこと、ディアナの部屋を訪ねて……。


「ライカさん。今よろしいですか?」


 ディアナも同じ考えだったみたいだ。


「はい。大丈夫だよ」


「失礼しま~す。ホント、まるで家ですよね」


「家だね~。この世界の建物って収納スペースが無いからホントに広々してるし、空調も高性能な魔導具があるから快適だ」


 普通の家でもタンスとか倉庫的なスペースが無いから、同じ敷地面積でもホントに広いんだよね。部屋にあるのは椅子や机類と、エアコン型魔導具などの設置型の大型魔道具だけだし。


 これだけ広くても余裕で快適な状態に保つ、高性能なエアコン型魔導具。


 魔法的な技術で部屋を暖めたり冷やしたりするから、何処にでも設置できるし壁に穴をあける必要すらない。


 他にもいろいろとこの世界ならではのチート魔導具があるんだよな……。


「私、この世界に来てから驚かされっぱなしです。元の世界にいた時に、こんな世界があるんだよって教えて貰っても信じられない位に……」


「食料事情はそうだろうけど、後は男の人の数とか?」


「あ、それはかなり早い段階で慣れました。冒険者には粗野な人も多いですが、そういう人を見る度にライカさんってすごいんだな~って実感するんですよ」


 そういう男を見る時のディアナの表情って、怖いくらいに冷たいしな。


 迷宮都市フォーメイズの冒険者はまだましな方というか、この辺りの冒険者は余裕があるからなのか意外に紳士なんだけどね。


 俺が故郷を出た直後に立ち寄った町の冒険者は、元の世界にいた時に読んだ小説に出る冒険者みたいなのも多かった。粗暴なならず者崩れというか……。


 そういった冒険者の寿命は短いし、周りに嫌われると結構早い段階で人生が詰むからね。 


 最悪、怪我ひとつで冒険者として働けられなくて死ねる世界だし。


「迷宮都市フォーメイズは割とマシなんだぞ。ギルマスやグレックスが厳しいからさ」


双翼の天使デュアル・エンジェルさん達ですよね。そんなに厳しいんですか?」


「あの一件以来、何度か顔を合わせる機会があってね。その時に色々聞いた」


 勧誘もされたけど、やんわりと断っておいたよ。


 向こうも断られるのを分かってたみたいで、一応確認というかグレックスとしては誘わない訳にはいかないからって事みたいだ。


 ある程度名が知れた冒険者の場合、正式に一度も誘わない事が失礼になるんだとか。


「ダンジョンの件の時はかわいそうでしたね。ダンジョン前の準備って間違えるものなんですか?」


「持ってくるマジックバッグを間違えたそうだよ。中に収納されている物はこの中央の宝石で確認できるけど、大丈夫だと思い込んで確認せずに持ち出したらしい」


「それは……」


「事故ってのはこうした小さな確認不足で起きるからね。しかも発覚したのが結構下の方の階らしくて、そこから急いで戻ってきたらしい」


 ダンジョン内には転移用のポーターもあるけど、西のダンジョンは基本的に隠し部屋にしか旨味が無いから、転移用クリスタルを持って行く事すらしないんだ。


 普通の冒険者だと精々十階の隠し部屋までしかクリアできないのに、それ以上深い階に潜っても意味が無いからね。深く潜る時はあの時のレナルド達の様に新人を鍛える目的なので、それこそ転移用クリスタルなんて持って行かない。


 という訳で、地下三十階あたりから急いで地上を目指したって話だ。


 水に関しては魔法で何とかなるし、ダンジョン内のセーフティゾーンにも必ず湧水がある。


 だけど食糧はダンジョンだと本当にどうにもならないからね。


 魔物を倒してその肉を食おうとしても魔物は倒したらすぐに消えちゃうし、肉なんかの食える物をドロップする魔物は本当にレアだ。


 あの西のダンジョンだと、二十五階に出現する突撃兎チャージラビットくらいかな? あのダンジョンは特に食える魔物が出現しない事でも有名だから……。


「この世界にも食べられる魔物がいるんですか?」


「という事は、元の世界にも食べられる魔物がいたんだね」


「贅沢は敵ですから……。鼠や蜥蜴でも、お肉である事には変わりません」


 小さな肉ひと切れが数日に一度出てくればいい世界か……。


 ブレイブの仲間が聞けば、助けに向かいたいっていう世界だな。


 今の俺にはその力もないし、そんな資格はないんだろうけど。


【マスターでしたら十分に資格があると思いますが】


 俺は女神様の加護で異世界転生してきた身だからね。


 この世界をそれなりに良くする事で精いっぱいさ。


「あのダンジョンで手に入る肉は突撃兎チャージラビットってこのくらいの大きさのウサギの肉でね。倒しにくい上に、手に入る場合でも肉は本当に少ないんだ」


「ウサギですか。かわいいですけど、元の世界でもよく食べていました」


「兎は可愛いんだけどね。実家が農家だったから、畑を荒らす害獣としか思ってなかったけど」


 ウサギ、鹿、茶豚鼠スロマ灰色土猪グレイマッドボア


 苦労して作物を植えた畑を荒らす害獣たち。


 灰色土猪グレイマッドボアは魔物でもあるから、殺した後で牙とか皮を冒険者ギルドに売りにいったもんだよ。


「ライカさんは、実家に戻ったりしないんですか?」


「もう二度と戻る事は無いと思うよ。悪い村じゃなかったけど、あまりいい思い出もないからね」


「そうですか」


「この世界だと十四歳で成人した後は家から独立するからね。後を継ぐ長男以外は、家を出た後で実家を訪ねたりしないかな」


 冷たいようだけど、成人した後はほぼ他人なんだよね。


 もし仮に俺が貴族になっても実家には何の関係もない。


 確か領主はグアルダド男爵だったかな?


 有能な貴族が多いこの国には珍しく、凡庸な領主だった気がする……。


 税金も他より高かったし。


「意外と身内に冷たい世界なんですね」


「俺が前にいた世界よりも冷たいかな。この国はまだマシな方で、酷い国もあるから」


「酷い国……、ですか?」


「奴隷制度が残ってたり、税率が馬鹿みたいに高い国とか? この国はかなり前に奴隷制度は廃止されたよ。税金も他の国に比べたら半分以下だし」


「え? 奴隷制度が無いと、犯罪を犯した人はどうなるんですか?」


「犯罪者は奴隷制度が無いから犯した罪を償う為に鉱山送りなんかの懲役刑か、相手に与えた損益と慰謝料を全額支払う罰金刑に服する事になるね。罰金を払えない時も懲役刑になるけど」


 レア鉱石を採掘する鉱山送りは帰ってこれないけど、普通の鉱山とかだと何とか戻って来れるらしい。


 王都や領都をはじめとする、大都市で行われている日々の清掃活動なんかも犯罪者の仕事だ。ゴミ拾いや細かい修繕作業とかだね。


 後は街道の整備、新しい耕作地の開墾作業、湾岸設備の見回りとか整備なんてのもある。


 刑期が終わった後も真面目に仕事をしていれば、それまでしていた作業に近い仕事場で雇って貰えるらしい。


「私の元居た世界でも奴隷制度はありました。ですが、命が軽い世界でしたので……」


「まともに扱って貰えない?」


「魔法の人体実験とか、魔物退治の囮ですね。奴隷落ちして数ヶ月生きてたら奇跡らしいですよ」


「それもう死刑じゃないか。……法律も厳しかったの?」


 犯罪者っては法を犯した者の事だからね。


 法律が緩けりゃ、犯罪者が捕まる事なんてないし……。


「階級次第ですね。私は聖女でしたからかなりマシでしたが」


「一般人は生き辛い厳しい世界か……」


「女神様が言うには、あの状態からでも世界を再生できるそうなんですよ。その方法は教えてくださいませんでしたが」


 マジか?


 女神様の言う事だし、本当にあるんだろうね。おそらく、相当に困難な道なんだろうけど。


「まあ、この辺りはそんな感じかな。ディアナ、昔より今だよ」


「そうですね。私の未来は明るそうですし」


「この後の状況次第な面も大きいけどね。例の話がどう転ぶかが問題だ」


 俺が叙爵じょしゃくされて貴族になった場合、ディアナも貴族の一員だ。


 面倒事に巻き込みそうな気はするけどな。


「時間はありますし、色々とお話しをしませんか?」


「いいね。スコーンと紅茶を用意するよ」


「流石はライカさん。美味しそうなスコーンです」


「ジャムと蜂蜜を最初の時よりも数ランク上げてみた。最初のジャムは割と安物だったしね」


 流石にディアナ相手でも、最初の時のジャムはちょっと安い物を出させて貰った。イチゴは形がみえなくなるまで煮込んであるし、使ってる砂糖もちょっと安い物だ。


 このイチゴジャムは旬のイチゴを使ってるから砂糖はかなり抑えてあるし、イチゴの形もしっかりと残ってる。


 他のジャムも同じレベルだ。


「本当に、ライカさんは凄いです……」


「ディアナに美味しく食べて貰いたいからね」


「はい。美味しく頂かせていただきますね」


 楽しいお茶会がこうして始まり、このお茶会は晩御飯の直前まで続いた。


 ホテルの晩御飯はルームサービスとして部屋まで運んでくれたので、俺の部屋で一緒に食べる事にしたんだけど、流石にもてなし亭と同レベルの料理じゃなかったのが意外だ。というか、領都の一流ホテルでこんなレベルなの? って、逆に驚いたくらいだ。


 という訳で、迷宮都市フォーメイズの料理の水準がいかに高いかを知る事となった。


 このホテルのレベルでこの位なのか……。


◇◇◇


 その夜、美味しく頂かれたのは俺の方でしたという話……。


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