第二十話 美しい華の領都ウィステリア


 ベルトロット侯爵の領都ウィステリア。藤棚の都と呼ばれる通り、広大な藤棚が存在する美しい都だ。


 特殊な肥料と魔法を使って一年のうちの半分くらいは藤の花が咲いているそうだけど、藤が咲いていない時期は結構さみしいとは聞いているね。


 今は藤の花が満開。領都の中央にある公園や、領主様などの貴族が住んでいるエリアは特に美しいって話だ。


「凄い街ですね……。迷宮都市フォーメイズも大きくて凄い街でしたが、この街は美しくて何処も綺麗な街です」


「美しさで王都に勝る領都ウィステリアって言われてる位の街だからね。人口ではやや負けるらしいけど、それ以外は本気で勝ってるんじゃないかと思うよ」


 この広大な都市をぐるりと囲む見事な城壁があるから防御も完璧って言われてるし、魔法使いギルドと協力して強力な魔法を使える者を百人単位で雇っているって話だ。


 おそらく俺の元居た世界からの転生者から技術を受け継いだんだろうけど、コンクリート製の建物も結構あるんだよね。


 迷宮都市フォーメイズでもコンクリートは使われているけど、ここまで大規模には使われていない。建物の強度を上げる為の鉄筋が作りにくいって話だ。


 これだけ使われてるって事は、何処かに大規模な製鉄所を作ってるんだろうな……。


「ガラスがこんなに……。迷宮都市フォーメイズでも、ここまで使われてませんよね?」


「あの街だと、木の板を板ガラス代わりにしているところも結構あるね。この街には材料が豊富なんだろう……。ん? ガラスに魔法がかけてあるぞ」


 なるほど、強度強化の魔法か。


 これだけの板ガラスを作れることも驚きだけど、その板ガラスに強化魔法をかけられるだけの魔法使いがいるってのも凄いな。


 この意味が理解できたら、この街に攻めようなんて考える奴はいないだろうね。


「街灯はよくある魔導灯だけど、設置されてる間隔が凄いな」


「これだけあると、夜も明るいですよね?」


「かなり明るいと思うよ。普通の街では夜間の外出が禁止されてるけど、迷宮都市フォーメイズは街灯が多くて衛兵の見回りも多いからある程度は認められてる。多分この街もそうなんじゃないかな?」


 夜間の外出は基本何処も制限されている。というか、禁止されていない街を探す方が難しい。


 陽が落ちた後に活動するのは、何処の世界でも盗賊って相場が決まってるからね。だから夜間に外出なんてしていたら、見つかった時点で殺されてもおかしくないんだ。


 迷宮都市フォーメイズだと冒険者ギルドのある南エリアの一部は夜間の外出が認められてるし、その少ない人間を相手にする飲み屋なんかも存在するけど、これはこの世界ではかなり珍しいケースみたいだね。


 ん? 二人組の兵士がこっちに向かってきたぞ。


「おう、兄ちゃんたち。領都は初めてかい?」


「はい。衛兵さんですか?」


「俺達は衛兵兼街の案内役って感じだ。この街は広いから迷う人も多くてな、こうして見回りをしながら案内をしているところさ」


「それは凄いですね。この宿の場所を探していたんですが」


 これだけ街中に兵士を配置しているのは、それだけの戦力がありますよって事だろう。


 領都は広いし、案内に関しては凄く助かるけどさ。


 領主であるベルトロット侯爵からの書状もあるし、これを見せれば宿まで案内してくれるだろう。駅舎には迎えが来なかったしな。


「こ……、これはベルトロット侯爵の紋章入りの手紙!! しかも探されている宿泊先のウィステリアホテルといえば、この都の名を関した最高級のホテル!!」


「……救国の英雄? 失礼を承知でお尋ねしますが、迷宮都市フォーメイズの近くに出現した魔族を討伐したライカ様で?」


「はい。倒せたのは他の仲間がいてこそですけどね。彼女も共に戦った仲間ですよ」


「そんな、私なんて殆ど何もできませんでした」


 鉄壁と剛腕が居なけりゃ、十分なダメージは入ってないと思うしね。


 あれは本気で死力を尽くした戦いだった。俺が力尽きててもおかしくなかったしな。


【本当にギリギリでした……。蘇生魔法のお世話にならなかったのが不思議なくらいです】


 マジでね。


 俺はまた力尽きたかと思ったくらいだしな……。


 って、兵士さんたちが急いで何かを鳴らして、周りの兵を集め始めた。あれ、呼子笛か? ……すぐに四人程兵士が駆けつけて来た。


「緊急事態ですか?」


「高速馬車で救国の英雄が到着していたみたいだ。駅舎からの連絡は?」


「ありません」


「ふざけてやがるのか? 普通は駅舎に着いた時点で俺達を呼ぶだろう? これが……」


 そうだね。他の領地から来た客とかだと大問題だ。


 特に貴族は名誉とメンツを重んじるから、放置して自分で向かってくださいなんてことをしたら責任者の首が飛ぶぞ。


 物理的にね……。 


「俺達は冒険者だから、そこまで気にする必要はないさ」


「そんな訳には……。いえ、今回はその御厚意に甘えさせていただきます」


「隊長……」


 何か言いかけた兵士の頭を抑えて、隊長らしい男が小さい声で何か言ってるな。


「この事が広まれば誰かの首が飛ぶ。ライカ様はそれを察してくださったのだ」


「そんな。冒険者がですか?」


「そうだ。それともお前は隊の誰かの首が飛ぶのを見たいのか?」


「いえ、決してそんな事は……」


 かなり小さな声で話しているみたいだけど、感覚も五割増しな俺には筒抜けなんだけどね。


 そりゃあ、領主が呼んだ客を出迎えもせずに放置して、街中で歩いているところを発見したら不祥事だろう。


 一応俺達もあの駅舎で一時間くらい待ったんだけどね……。


「それじゃあ、色々あったけど案内をお願いできるかな?」


「了解しました!!」


 護衛してくれるのはうれしいけど六人いるって事はこれで小隊な訳で、ここまで物々しいのはどうよって思うよな。


 道案内に関しては助かるんだけどさ。


「道が奇麗ですね」


「この大通りは特に綺麗ですが、街を作る際にかなり気合を入れて整備したそうですよ」


「流石は王都以上と言われるウィステリアですね」


「そういっていただけると嬉しいですね。我々も王都以上の美しさだと思っています」


 王都は王城の防衛とかそっちに力を割いてるって話だしな。


 美しい街の前に、王族の命を守ることを最優先に設計されてるんだから仕方がないだろうさ。


 こうして歩いていると、色々目に入るな……。ん? あの造りの建物はもしかして……。


「あれは領都ウィステリア名物の闘技場ですね。腕に覚えがある者たちが、安全な状態に刃先を加工した武器で戦う場所です」


「賭けてたりします?」


「そりゃそうですよ。組み合わせ次第で物凄い倍率になる事もありますので、一獲千金を狙う者が夢を求めて……」


 こいつは賭け事が好きなのか、闘技場についていろいろ詳しく話し始めた。


 賭け事自体を否定する訳じゃないけど、俺自身は殆ど賭け事はしない。


 自分で使う金は自分の腕で稼いでこそって考えてるからだけど、自分が戦う時には自分位には賭けさせて貰うけどね。


【マスターが出るのは反則では?】


 出れればね。出る機会は無いだろうけどさ。


「今はちょっと厄介な闘士が居ましてね。そいつのお陰でオッズが滅茶苦茶なんですよ」


「へぇ~。そこまで強いんですか?」


「どうして強いと思われたんですか?」


「こういう場所で厄介な奴って事は強すぎて対戦相手がいないか、相手が居てもオッズが付かないかのどちらかですからね」


 賭け事では困ったちゃんというか、扱いに困る存在ってのがいる。


 異常に強い奴がそれで、そういった意味では俺も闘技場では歓迎されないだろう。


 オッズが付けにくいし、そいつが相手と共謀して八百長をしかけてきたら大損害が出る時もあるしね。


「そうなんですよ。しかもそいつはちょっと特殊な事情がありまして、追い出す訳に行かないんです」


「気の毒ですが、倒せる闘士が出て来るのを待つしかないですね」


「……倒してみませんか?」


「俺の力は誰かを守る力です。理由も無しに戦いませんよ」


「噂通りのお方ですね」


 しかし、領都にも大手のグレックスはあるだろうし、そいつを倒せる実力を持った冒険者くらいいるだろうに……。


 それとも、そこにも何か事情があるのか?


 向こうにあるのは、俺が下りたのとは別の駅舎か。大きな都市だと、いくつもデカい駅舎があるって話だしね。


「あそこにも駅舎が……、周りに店が多いですが、あの辺りは歓楽街なんですか?」


「そうですね。やはり駅舎の近くには大小様々な歓楽街が出来上がりますよね。あの辺りのエリアは規制があるので、大規模な花街などはありませんが」


 迷宮都市フォーメイズの南エリアには花街や賭場もあるんだけど、俺は用が無いからほとんど足を踏み入れた事が無いんだよな……。


 特に花街はもう永遠に利用する事は無いだろう。無駄撃ちできるほど余裕がある訳じゃないしね。何がとは言わないけど。


「娯楽関係も凄く発展してるんですね」


「料理に関しては流石に迷宮都市フォーメイズには負けますが、大衆浴場や遊技施設に関しましては自信があります」


「それだけ余裕のある街って事ですよね」


「領主様の経営手腕が見事ですから」


 ホントにそこなんだよな。


 この国は優秀な領主が多いのが強みで、特に二大侯爵と呼ばれるベルトロット侯爵とリッツァット侯爵の存在が大きすぎる。


 リッツァット侯爵は西に広大な領地を持つ、食料生産に革命を起こした領主様で、俺が大昔に流した僅かな情報から肥料の改良などを行って穀物の生産量を十倍まで引き上げた実績を持っている。あの時、その情報源を探したそうだけど、俺の元に辿り着く事は無かったみたいだ。


 他の農作物の品種改良とかにも手を出して、この国の食糧事情を一変させた凄い領主だったりする。


 ……俺はリッツァット侯爵は異世界転移者じゃないかと疑ってるんだけど、真相はどうなんだろう?


 そんな事よりも、ベルトロット侯爵の方の話か。


「ダンジョンの管理が上手くいっているのは大きいですね」


「ダンジョンは資源の宝庫ですから」


「ダンジョンがあっても生かせない国もありますからね。入手できる素材をキッチリ使いこなせないと……」


 魔物から採れる素材。


 ダンジョンからドロップする物は品質が安定しているし、ドロップしたままの状態でも十分価値があるんだけど、ダンジョンの外で魔物を倒して入手する素材は処理したり加工しないと使えない物も多い。


 今まで入手した素材を研究し、なんにどんな形で使えるのかを研究しているのは冒険者ギルドと魔法使いギルドなんだけど、この国はその研究機関に優秀な人材送り込んだ上に莫大な予算を振り分けている。


 おかげで今はダンジョンから入手した素材を無駄なく使える事が多いし、新しく手に入れた素材などは高値で買取される事も多い。


 隠し部屋専門の俺にはあまり縁のない話だけどね。


「この間見つかった新素材の鎧や剣は大人気なんですよ。特にこの鎧に使われている特殊加工された素材は、金属というよりも特殊な魔物の皮膚の様な感覚でして、硬くて軽くて夏場でも熱くならないという……、おぶっ!! って、いったい何をするんだ?」


「すみません。うちの隊長、新素材の話になると長いんですよ……」


「武器マニアじゃありませんが、貯め込んでいた金をかなり突っ込んで新調したそうでしてね。通常任務にも使えるように色々と細工を……」


 なるほど、わかりやすい性格だな。


 最近見つかった新素材に新技術か……。確か金属や魔物の外皮や装甲を特殊な液で溶かして再加工する技術だった筈。俺もそこまで詳しくはないんだけどね。


 迷宮都市フォーメイズでも大人気で、金のある奴は全員新素材製の鎧に切り替えてるって話だ。


 俺の鎧は隠し部屋の宝箱からドロップした特殊な革鎧なんで、しばらく買い替えるつもりはないぞ。


【新素材と言いましても。今マスターが装備している鎧と比べますと、防御力的には若干劣りますしね】


 その僅かが明暗を分ける事があるしね。


 あと、使い勝手って面だとそれ以外にも理由はあるんだ。


 前に金属鎧を使ってた奴に聞いた話だけど、夏場には日差しで加熱されて熱いし、寒冷地に行けば冷たいしでいい事がないそうだ。防御力はそこそこ高いらしいけどね。


 元の世界の地下道入り口の手すりが、夏場に熱くて触れない事があるのと一緒だし……。


「でも、いい鎧ですね」


「分かっていただけますか!! いや、この鎧の良さを分かって貰えるとは思いませんでした」


「金属鎧は音がうるさいですし、攻撃を受けた時に不具合が発生しやすいって欠点がありますからね。新素材はその辺りの問題が全部解消されてるみたいですので」


「ほら見ろ!! やはり救国の英雄と呼ばれる方は新素材の価値を理解しておられる。やはり隊の鎧を全てこの新素材に……」


 流石にそれは予算が下りないだろう。


 ただ、近い将来金属系の鎧は魔銀や神銀製の特殊金属だけになるんじゃないかと思うよ。


 普通の鉄や鋼の鎧は問題点が多すぎるし……。


「あ、ホテルウィステリアが見えてきましたよ」


「……あの建物が全部ホテルウィステリアなんですか?」


「周りの施設も半分くらいはそうですよ」


「凄い。ほとんどお城ですよね……」


 ホテルウィステリアはファンタジーな世界には似ても似つかない鉄筋コンクリート製五階建てのホテルと、プールなんかの娯楽設備が全部一体化された、馬鹿でかい総合施設だった。


 そのホテルも何百人泊めるつもりだよって大きさだし、敷地も含めたらディアナの言う通りに本当に城みたいだ。


 ホテル内で迷わなきゃいいけど……。


「それでは、我々はこの辺りで失礼します」


「護衛と案内ありがとうございました」


「いえ、これが仕事ですので。それでは」


 綺麗な敬礼をして、六人全員が再び巡回任務に戻った。


 これだけ広大な街だけど、エリアごとに部隊を分けて見回りをしているんだろうね。


 さて、俺達の目の前には馬鹿でかいホテルの入り口が俺達が足を踏み入れるのを待っている。


 マジックバッグがあるから荷物は無いけど、この辺りが元の世界と大きく変わるところだよね。ホントにマジッぐバッグって便利だ。


「さて、行こうか」


「はい」


 フロントも広いし、喫茶店まであるからテーブルのあるスペースで何か飲んでる人までいるな。


 マジで元の世界にあったでかい一流ホテルのフロントその物だよ。


「いらっしゃいませ。宿泊ですか?」


「はい。侯爵様から招待状を頂いていますので、これを」


「侯爵様から? 拝見いたします」


 届いた時には蝋で封印して家紋らしきものが押されてたし、手紙の最後にもでかでかとその紋章が描かれてるんだよな。


 駅舎に着いた時やホテルの受付で見せるように書かれてたけど、どうなんだろうね。駅舎には結局誰も来なかったし……。


「確認いたしました。救国の英雄ライカ様とディアナ様ですね」


「その二つ名って、もう確定なんですか?」


「領都ウィステリアではかなり広まっていますね。流石に容姿までは知られていませんので、街中で呼ばれる事は無いとおもいますが」


 助かった、元の世界と違って画像の拡散能力は無いからか。


 でも、救国の英雄がほぼ確定っぽいのは勘弁してほしいぞ。


「魔族一匹倒しただけで大袈裟な」


「魔族タナトスネイルが二十年前に出した被害を考えれば、この二つ名は当然だと思いますよ」


「ライカさん以外には、あの魔族を倒せる人はいないと思います」


 俺一人だけの力じゃないけど、俺が居なけりゃ倒せていないのも事実だからな。


 共に戦った仲間、そしてあの戦いで命を落とした冒険者の名誉の為に、あえてその二つ名を受け入れるか。


【いい二つ名じゃないですか。そこまで的外れではありませんし】


 救国の英雄だぞ。俺には過ぎる二つ名だよ。


「最上階のロイヤルスイートルームをご用意いたしましたが、問題ありませんでしょうか?」


「あの、ライカさんと同室でしょうか?」


「ディアナ様は隣の同じクラスのお部屋ですが、どちらのお部屋のベッドも大きいですし、何処で寝ていても問題ありませんよ」


 何が目的の質問なのか、完全にバレてますね。はい。


 ふたりしてペアの祝福の指輪をしてりゃ、どういった関係かまるわかりだろうし。


「ありがとうございます」


「いえいえ。当ホテルをご利用いただきましてありがとうございます」


「部屋までご案内いたします。こちらへどうぞ」


 元の世界と違ってベルボーイの数は少ないみたいだ。荷物を持つ必要もないしな……。


 それでも部屋への案内とかあるから結構人がいるんだよな。……異世界のホテルも素晴らしいね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る