老婆と大樹と翠の石②

——私とレザちゃんが最初に出会ったのは、今から五十余年前だ。


あの大樹以外に何もないこの村に生まれた女子二人。


常に人手不足で悩むこの村にとって、人口を増やせる女が産まれたことは喜ぶべきことだ。

しかし、力仕事を任せることができる男が産まれなかったことを悔やむ者もいた。

だが、よほどのことが起きない限り、後者の感情は普通の人間には芽生えないものだ。



だって、子供は奇跡なのだから。



「まぁ、色々あって私とレザちゃんは、いつしか互いを親友と呼べる存在になったのさ」


それにしても、目の前に座った死神に昔話をするとは、この歳になっても思いもよらなかったよ。

家に連れて帰ると否や、死神本人から”君と墓の下の娘の昔話を聞きたい”と言い出した時は焦ったものさ。

私はお茶を啜り、平然を装う。


「最初に言った通り、そんなに面白い話じゃなかっただろう?」


「うん。私の意見としては、もう少し波乱を含めた脚色を加えてもいいかもね」


「そんなものは私の昔話じゃなくて、ただの死神の作り話さ。それに、そんなくだらないものを語って何がしたいのさ」


少し妙だ。

随分と私の話を真剣に聞いている時もあれば、まるで別の何かと会話しているような、気の抜けた瞬間もある。

目線も右に左へ移動している。


「何か気になることがあるのかい?」


「……少しだけね。でも、君が気にすることではないと思うよ。悪さもしていないようだし」


私は試しに周囲を見回してみたが、何かが空中を飛んでいる気配はなかった。

それどころか、私と死神以外に何かがいると考えてしまい、自らの細い膝が震えてくる。

………ほんと、歳はとりたくないね。

私の隠居生活は、平穏の二文字から最も遠いところにある。

私が大きくため息を吐くと、死神が声を出す。


「ねぇ、さっき言ってた”よほどのこと”って何?」


「それは私達が十歳の時に起きた、この村に起きた凶作のことさ。その際、やがて食料が足りなくなることを恐れた大人達が、口減しのために私を殺そうとしたんだよ」


私は飢饉の少し前に、野盗によって両親を亡くした。

レザちゃんをはじめとして、村のみんなは喪失感に暮れる私を助けてくれた。

でも、あの飢饉が始まってから、多くの村のみんなの態度が一変した。

何も出来ない。

何もやらない。

それなのに、自分達と同じものを食べている私に余裕の無い大人達は矛先を向けた。


「君は殺されたの?」


「馬鹿いえ。私は今もここで生きてるよ。殺されそうな私を守ってくれたのは、前の村長とレザちゃんの家族だけだったよ」


私はとても苦しかった。

村の心無い連中から嫌がらせをされることよりも、私を庇ってくれた前の村長やレザちゃんの家族にも嫌がらせが行われたことがさ。

——まぁ、そんな嫌がらせはある日を境に無くなったけどね——


「私への嫌がらせが始まって半月が経った頃に、村に野盗が来たんだよ。奴らは僅かな食糧には目もくれず、ただ多くの村の人間を殺していった。生き残ったのは私とレザちゃん、前村長一家を含めた十数人だった」


「あなたを虐めた人は全員死んだの?」


「不思議な話だけど、それが事実だ」


折り重なって積み上げられた死体。

その中にはレザちゃんの両親の姿もあった。

両親の遺体を見たレザちゃんは泣いていなかった。


……私も両親の訃報を聞いた時には、不思議と悲しみという感情は浮かばなかった。


レザちゃんも私と同じだったのだろう。

あのしっかり者の少女でも、心は年相応。

支えを失った家はやがて倒壊する。


人は身近な者の死を体験した時、何を想うだろうか。


殺した者への恨みか?


将来の不安か?


私にとって、どちらの意見も否だ。


「沢山の人が死んだあの日、私は何も感じなかった。何も考えることができなかった。唯一覚えていることは、誰もいない静かな家でレザちゃんと二人で眠ったことだけさ」

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亡霊少女は死りたがる @namari600

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