地に落ちた夫と天から見守る妻③
『じゃあ、早速質問させてもらうわね。えーっと……そうね……』
早速と言ったそばから質問の内容を考え始めた灰の女性。
それに対して、亡霊少女は何も言わない。
急かす理由がなかったからだ。
生きる意味を持たない彼女にとって、時間とはただ過ぎていくだけのものだった。
無価値のものだった。
『はぁ……いざ質問するって気持ちになると、なかなか思いつかないものね。不思議だわ』
「好きなだけ考えるといいよ。ボクはどれだけでも待つからさ」
『そう?なら、遠慮なく考えさせてもらうわ』
再び灰の女性は眼を閉じて質問の内容を考え始めた。
これは長くなりそうだ。
亡霊少女は手に持っていた薙刀を壁に立てかけると、質問が来るまで地面に座ることにした。
太陽が昇った。
月が昇った。
雨が降った。
風が吹いた。
地上ではどれくらいの月日が経っただろうか。
『決めたわっ!!』
ある日、ウィスドルト王国地下墳墓で、この地に似合わぬ明るい声が響いた。
片目を瞑り、壁に寄りかかって寝ていた亡霊少女はその声で眼を覚ました。
亡霊の姿に似合わぬ大きな欠伸をすると、数日前から壁に立てかけてあった薙刀を手に取って、決意を固めた灰の娘に語りかける。
「質問は?」
『決めたわ。私の聞きたい質問はね——』
——あなたはこれから何をするの?——
「それは……ずっと前から決まってないかな」
亡霊少女は少し躊躇いながらも答えた。
ずっと前から……いや、生まれてから今日まで亡霊少女は自分の未来を考えたことはなかった。
死の匂いに誘われて歩き、この薙刀で縛り付けられた死者を送り届け、また新たな死の匂いに誘われる。
ずっとこのままでいい——亡霊少女は無意識にそう思っていた。
『えぇっ!そんなの勿体無いわよ!!せっかくの人生なんだから、もっと楽しまなきゃ!』
「……………え?」
自分とまるで正反対のことを言っている灰の娘に、亡霊少女は心の底から理解ができなかった。
変化を求めない自分と、変化を自分から探しに行こうとする灰の娘。
「どうして……そんなことを言うの?」
理解できなかった亡霊少女は、本人にこう聞かざるを得なかった。
それは灰の娘の思惑通りだったのか、はたまた困惑していた亡霊少女が与えてしまった撒き餌だったのか。
『私はね……生きてる時は病弱だったのよ』
過程がどうであれ、話の主導権を握った灰の娘は、静かに語り始めた。
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幼い頃の私は頻繁に体を壊したわ。
ある時は命に関わる高熱を。
またある時は、ただの軽い咳だったわ。
私の両親はとっても優しかった。
……そのおかげで、私はあまり外に出る許可をもらえなかったけどね。
きっと、私を失うことが怖かったのよ。
だから私は毎日、寝ても覚めても硬いベッドの上だった。
日々の私のやることといえば、窓の隙間から聞こえてくる外の喧騒を聴くか、お父さんの趣味で集めていた旅行誌を読むくらいしかやることがなかったの。
この旅行誌が意外と面白くてね……つい読み耽ってしまったわ。
この大陸には、たくさんの国があるのよ。
ここ、ウィスドルト王国の他にもキルン帝国とかウォザルーノ法国、ザレアノ共和国とかね。
国だけじゃないわ。
世界樹と呼ばれている、樹齢数万年の大樹が生えてるモールト大森林。
運が良ければたどり着ける精霊と妖精の都。
怪物と財宝と罠に溢れた黄金の移動要塞。
本当にあるかは分からないけど、外に出られない私は期待と夢を膨らませたわ。
私が何が言いたいのか分からない、と言う顔をしているわね。
つまりね、私はあなたが羨ましいのよ。
自由に動けるあなたが。
この大地を強く踏み締めるあなたが。
だから、もしあなたがこれからの未来に目的がないのなら、まずは自分の行動を知るべきだわ。
どうして私は死者を送り届けているのか。
“死”とは?”生”とは?
あなたには知らないことがまだ多い。
私を送り届けた後も、きっとあなたは私みたいな死者を葬っていくのでしょう?
この世界はとっても広いわ。
だから、あなたの求める答えもきっとある。
私の代わりに世界を旅してきて。
あなたが大切なものを見つけられますように。
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—あなたが助けてあげればいいじゃない!—
無茶を言うな。俺は非力な存在だよ。
—リューゼルは強いわ。少なくとも、この私よりもね!—
当たり前だよ。君は病弱なのだから。
—もう!そんなこと言ってると、人生のどこかで転ぶわよ?—
もう転んでるよ。全身ズタボロさ。
——貴方はもう大丈夫。一人になっても、きっと大丈夫だから……だから——
「ミナっ!!」
眼を覚ますと、そこはいつもと同じ曇った空。
横を見ても最愛の人はもういない。
石のように……いや、硬い石の寝床から上半身を起こすと、軽く伸びをして寝ている間に固まった体をほぐす。
「嫌な夢を見たな……」
あの死神と出会ってからというものの、俺はミナの夢や昔を思い出すようになった。
その度に、俺は自分の不甲斐なさを実感した。
彼女の存在は大きかったことを、俺の器が小さかったことも知った。
「今更ミナのことを一生懸命に考えて……今の俺は何か変えられるのかな」
顎髭を何度かさする。
昔は髭を剃っていたが、彼女がいなくなった途端にほったらかしだ。
……ほんと、何やってんだか。
馬鹿みたいに昔に縋って……今は亡き妻の残影ばかりを思い出して……
「少し頭でも冷やしてくるか」
俺は近くにあった布の切れ端を手に取ると、いつもの噴水に顔を洗いにいくのだった。
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