第4話 共同任務

「おはよう、諸君。」

 264との邂逅の翌日。第一課のオフィス、朝日が差し込むなかで藤原が部下たちに言い放った。彼らも答えるように頭を下げた。それを見届けると。彼女は続けた。

「さて、皆もそろったところで本題に入るとしよう。」

 藤原は腕時計に内蔵された通信型ホログラムを起動させ、ある画面を映し出した。そこには菅山の顔写真と増山種臣、その家族の写真が映し出されていた。

「この男が、昨日南波君達が逮捕してくれた菅山幸太郎だ。」

 藤原は菅山の写真を指さし、そして深刻な面持ちになった。

「菅山は今朝、留置所で死体となって発見された…。」

「なんだって?」

 南波は思わず声を出し、他の第一課の連中もざわめいた。

「死体って、他殺もしくは_」

 間田が眼鏡をかけ直して言う。すると藤原が首を縦に振った。

「自殺だ。菅山は隠し持っていた増山一家殺害に使用したウイルスを自分にも感染させたらしい。早朝、朝食を運んできた職員が菅山が動かなくなっているのを見つけた。」

「自殺って、情報は聞き取れたんですか?」

 林が聞く。

「昨夜、私が尋問を受け持ったが、いくつか有力なことが聞き取れた。」

 そう言うと、藤原は新たに画面を映し出した。そこには「EVC研究所」のロゴが映し出した。

「このロゴは、うちの研究所…。」

 南波の同僚の女性、松村が呟いた。

「そうだ、尋問の最中、菅山は今回の犯行は研究所の何者かに依頼されたと吐き出した。証拠もある。」

 藤原は次に画面に映像を写した。映像はEVCの尋問室で撮影されており、真ん中の白いテーブルに藤原と菅原が向かい合って座っている。菅原はひどく怯えた様子で、挙動不審に辺りに目を泳がせていた。続いて音声が聞こえてきた。

『俺はただ、金がほしかっただけだ!それが、、こんな目にあっちまって、、ふざけんじゃねえ!!、、“EVC研究所の連中”なんかと手を組むんじゃなかったぜ!!』

 ところどころノイズが走った。最新機器が揃えられるEVCのカメラで、これほどの温室は珍しいと思ったが、南波は耳を澄まして続きを聞いた。今度は藤原の声だ。

『EVC研究所に殺害を頼まれたのだな?』

『ああ、そうさ!、、奴ら、これからももっと殺すんだろうな!それこそお前ら、、EVCも潰されたりして_。』

『潰すだと?』

『ああ、ひひ、そう言ってたぜ、奴ら。EVCだけじゃなく東京全体に甚大なウイルステロを起こすってなぁ!ひひ、ひひひひ!』

 映像がそこまでだった。南波は狂った笑い声を出す菅山に背筋が寒くなって、藤原を見た。

「菅山の言っていることは本当なんでしょうか?」

「分からない。」

 藤原は首を振った。

「ただ尋問への緊張でうわごとを言っただけの可能性もある。しかし、否定までしきれない。EVC研究所はうちのビルに隣接している。直接的な関わりが少ない以上、独自に権力をもってよからぬことを計画し、実行しようとしていても不思議ではない。」

 南波は俯いた。頭のなかに小早川博士が映る。彼は普段から温厚で、研究所の代表として研究員からもEVCの者からも慕われている。もちろん、彼だけではない。南波が見てきた限り、EVCへの忠誠をもち、生粋のエリート達である彼らがEVCに対して威嚇することなど想像がつかない。いや、俺が思い込み違いか。。

 そこで藤原が口を開いた。

「とりあえず、研究所の件に関しては証拠が集まっていない。この件は保留にしておこう。今日は一先ず、菅山の供述を警戒して、EVC本部の周辺でパトロールを行うことにする。皆、念のためにもホログラムガンを忘れるなよ。」

「了解。」

 そうして第一課の面子は次々とカートからホログラムガンを取り出し、出動していった。

南波も一瞬、躊躇したが、仕方なくその持ち手を握ったのだった。


 EVCのビルを抜け、第一課は散り散りとなってEVC本部の周辺を練り歩いた。南波は気だるげに商業街を歩いていた。すると背後から声がした。

「名前、決めてくださいました?」

「うぉわぁ!?」

 後ろを振り返れば、すぐそこに264の顔があった。彼女は無邪気な笑顔でふわふわと浮いている。南波は頭をかいた。

「あのなぁ、昨日のこと、覚えていねぇのか?」

「もちろん、覚えていますよ。」

 264はクスクスと笑った。南波は首を傾げた。

「じゃあ、何でまた俺に近づく?昨日はあんなこと言われたくせによ。」

「264は差別など慣れています。小早川博士は優しかったですが、他の研究員の方からは“化け物”と呼ばれていましたから。」

「…ウイルスだからか?」

「ええ、264は最新型、いくら良性といえどもその性能は一度の感染で新人類の大量虐殺が可能なほどです。化け物扱いされても仕方ありません。」

 そう言うと、264は目を伏せた。南波はその隙を見逃さなかった。ウイルスにもそんな顔ができたのか。昨夜の表情とも合わせて、彼の中には衝撃のようなものが走っていた。内心は、悪魔のように感じていたウイルスが、新人類とそう変わらない特徴を持っていることに困惑していたのだと思う。

「…そうか。」

 南波はなんと答えればよいか分からず、ただその一言だけを返して歩きだした。その後ろを264は負けじと追った。

「でも264はご主人と仲良くしたいです。他のウイルスの皆だって名前をもらって主人達と良好な関係を築いています。私もそうしたいです。だから264は諦めません!」

「は、ウイルスが一丁前に。」

「分かりました、では賭けをしましょう。私の初任務が失敗すれば、好きなだけ私を差別すればいいです。でもうまくいったら私に名前をつけて__」

「きゃぁー!!」

 突然、布を裂くような女の叫び声が聞こえた。南波が身構えると、近くのショッピングモールから次々と人が出てきた。パニックのあまり、転倒する女性もあらわれ、南波は急いでその者に駆け寄った。

「大丈夫か!?何があった!」

 問いかければ、彼女は震えながら答えた。

「う、うう、着ぐるみが、着ぐるみが人を襲い始めたの!!」

 そこまで言うと、女性は南波を押し飛ばして逃げていった。

「着ぐるみ?」

 南波はショッピングモールを見つめ、急いで人の波に逆流して施設の中に走った。264もすぐにその後を追う。

 ショッピングモールの中は騒然としていた。店の中央にモールのマスコットキャラクターである巨大な熊の着ぐるみが商品の出刃包丁をもって、逃げ惑う人々を刺し続けている。床は義体に流れる人工血液でひどく汚されている。呆然とする南波に264が声をかける。

「リサーチによれば、あれはマスコットキャラクター、この『都心モール』が採用している自動可動式着ぐるみです。普段はモール内にある制御室でAIに委ねられた無人操作によって動いているらしいです。不具合か、それとも乗っ取られたか。」

 南波はすぐ近くに恐怖で動けなくなっている店員を見つけ、声をかけた。

「おい、あんた、騒動が起きた直後のこと、何か知ってるか?」

 すると店員はびくつきながら、頷いた。

「は、はい、私が棚に商品を並べていたら、さっきまで子供達と戯れていた着ぐるみが、急に、店の刃物を手に取ってお客様に襲い掛かったんです。」

「っち、どういうこったい。」

 南波はやれやれと首を振って、着ぐるみの方向へ駆け出した。

「おい、お前!」

「はっ、はい?」

 264が目を開いた。南波は走りながら、彼女を見つめた。

「お前は本当に、EVC、いや新人類の味方だと言えるか?」

 やれやれ、仕方がない。フラッシュガンも使えない上に敵は巨体の着ぐるみ。こうなってしまえば、己の宿敵であるウイルスを使うしかやむを得ない。あれだけ頑なにホログラムガンの使用を拒絶していたが、いまは緊急事態である。それに、このウイルス少女がどれほどの性能をもち、新人類の役に立つのか、若干見てみたい。

 264は目をぱちくりすると、次には引き締めた面持ちを浮かべた。

「もちろんです、264は新人類を裏切りません!」

「…分かった。」

 南波は頷くと、ホログラムガンを取り出し、暴れまわる着ぐるみに目標を定めた。着ぐるみはこちらに気づくと、もう動かない屍を投げ捨てて真っ向から爆走してきた。引き金に指をかけると、南波は言い放った。

「ならば264、あの熊野郎を壊せ!!」

「了解!」

 そこで南波は着ぐるみに向かって、引き金を引いた。データサーバーを埋めたその暗闇の鶯が空を舞う。弾丸は忽ち、向かってくる着ぐるみの眉間に当たった。するとそれは動きを止め、しばらくするうちに痙攣を起こして、最後には体内から火花を散らして倒れ込んだ。264のハッキングはうまくいったようだ。

「やったのか?」

 南波はホログラムガンを構えながら、着ぐるみに近づいた。着ぐるみは目を閉じて、微塵も動かなくなっていた。

「ふう、つっかれたー。」

 気づけば横に264が浮いていた。264は流してもない汗を拭く振りをすれば、主人に笑いかけた。

「命令通りやってのけましたよ?これで私のこと、見直してくれます?」

「ふん、どうだかな。」

 南波は着ぐるみのそばにしゃがみ、その様子を観察した。264もそれに続いた。

「単体で乗っ取られたのか、こいつ。」

「先ほどハッキングをした際、記録にない不明のウイルスを検知しました。それならば増殖して、このモール内にある他の電子機器に感染していてもおかしくないはず。」

「お巡りさん!!」

 声に振り返れば、先ほどの怯えた店員がいた。

「どうした。」

「モール内にはさっきの熊のほかにも着ぐるみが三体いました!あと倉庫にも十体…。」

「なんだって?」

 そこで三人は“音”を聞いた。きりきり、ぎりぎり、ボルトとボルトを擦るような。南波は固唾を飲んで天井を見た。

『ばぁ♡』

 そこには黄色いウサギの着ぐるみがこちらを向いて天井に張り付いていた。ウサギは口元を歪ませ、歯ぎしりをし続けていた。

『ボ、ボク、ノナマエハ、ジョ、ジョン!!アハハハ、アハ、ハハ、オニゴッコガ、ガ、ダイスキ、ナウサギダヨ!!』

 ウサギはそう言うと首を梟の如く回転させ、けらけら笑った。

「クソ!」

 南波はウサギにホログラムガンを向けた。しかし、そのとき、ウサギは動きを止めて店員に目がけて落下してきた。南波は急いで呆然とする店員を押し飛ばした。

「早く逃げろ!!」

 そう言う間もなく、着地したウサギが両手を広げて突進してきて、南波の首を掴んだ。

「っぐ!」

 ウサギは両手で南波の首を掴み上げ、力を込めた。

『アハハ、アギャギャギャ!ツカマエタ!ツカマエタ!』

「ご主人!」

 264が縋る様に叫んだ。南波は窒息に飲み込まれながら、なんとかホログラムガンを放とうとした。しかし、頭がくらんで力が入らない。するとウサギの側頭に閃光が煌めいて、何かがめり込んだ。その瞬間、ウサギは力なく倒れた。

「大丈夫か!?南波!」

 解放されて耳に入ったのは間田の声だ。咳き込みながら入り口を見れば、第一課の同僚達が走ってくるのが見えた。間田はホログラムガンでウサギを警戒しながら、南波に駆け寄った。

「間田?」

「ああ。通報が入って皆こちらに向かった。状況は?」

「都内モールのマスコットキャラクター達が急に大暴れ。死傷者も出てる。264が言うには着ぐるみのなかから正体不明のウイルスが見つかっただとよ。」

「一体、どこで感染したんだ…。」

 南波は顔を伏せて、情報を巡らした。突然の着ぐるみの暴動、ウイルス、このモール内の機器が操作可能な場所。南波はそこで顔を上げた。

「制御室、そうだ、制御室に行けば手がかりがあるかもしれない!」

「本当か?」

「ああ、あそこは着ぐるみの自動操作をやってる。何かが起こって制御室から伝わって着ぐるみにウイルスが渡った可能性がある。」

「制御室はモールの五階です。」

 264の声に、二人は彼女を見つめた。

「行きましょう、ご主人。」

「でも、間田、お前らは。」

「トシ、俺らは大丈夫や。はよ行け!!」

 林はホログラムガンを構えて奥から襲い掛かってくる着ぐるみに備えた。間田も頷くと、無言で後を託した。南波は獲物を持ち直し、走り出した。

「行くぞ、264。」

「イェッサー!!」

 二人は迫りくる着ぐるみ達を交わして、五階までの階段を駆け上った。そして、264のガイドに従って、制御室の前に辿り着いた。南波は室内から何も音がしないことを確かめ、重たい扉を開け放った。中には人はいなく、狭い室内にロッカーと椅子とモール内に取り付けられた監視カメラの映像を写したモニターがいくつも壁に掛けられている。その下には莫大な数のボタンがあり、どれもモール内の機器用らしい。南波はその前に立つと、目を泳がせた。

「着ぐるみを止める、電源ボタンは…。これだ。」

 南波は『AI無人操作機能 停止』のボタンを見つけて押した。すると、監視カメラに写っていた着ぐるみ達は皆、その場で停止した。264はそれを見て、胸を撫で下ろした。

「良かったぁ、一件落着ですね!」

「まだだ。」

「え?」

「まだウイルス感染の原因を見つけていない。」

 南波は操作パッドを見つめた。

「264。お前、さっき検知したウイルスの出元をもっと探れないか?」

「了解です、ええと、ふむふむ、確かに着ぐるみ達の感染はこの部屋からのようですが、そこから先は不明です。」

「もしや、何者かがここでウイルスを持ち出した可能性が。」

 ガタン!!二人は目を見開いた。軽い開閉音を辿れば、ロッカーが開け放たれて、中年風の男が立っていた。男はずれた眼鏡のかけ方をしていて、瞳の焦点が合っておらず、口からはシュウシュウと興奮した息継ぎを漏れ出している。

「EVCの南波だ。お前はここで何をしている?」

 南波は男に警察手帳を見せた。すると男は充血した瞳をかっと開いて、ポケットからナイフを取り出し、奇声を上げて突っ込んできた。

「まずい。」

 南波は一歩踏み出すと、降りかかる男の腕を掴んで背負い投げをした。男の体が仰向けになり、転がる。南波は男の手からナイフを蹴り飛ばし、そのまま馬乗りになった。興奮する男を押さえつけ、ホログラムガンを向ける。

「ご主人、大丈夫ですか!?」

「ああ。問題ない。」

 心配する264に相槌を打ち、獲物をじりじりと眉間に押した。

「お前、なにもんだ?着ぐるみ達をハッキングした犯人か?」

 男は顔を引きつらせながら、降参のポーズをとった。

「そ、そうだよ、着ぐるみを自前のウイルスで操って、一般人を襲わせたのさ!!」

 その瞬間、南波は血管が切れ、ホログラムガンで男を殴った。一発、いいや数発。そして朦朧とする男の襟をつかんだ。

「冗談じゃねぇぞ、死人だって出てるんだ。なぜ、こんなテロ紛いなことをした?」

 男は半ば白目を剥きながら、歪んだ口を開いた。

「め、命令、命令だよ。”あの方”、からの」

「命令?」

「そうだ。あの方は、あの連中は、いつだって俺達下っ端を見張って言うんだ、“ウイルスを使ってウイルスの恐ろしさを証明しろ”って。従わないと、殺される、ぐちゃぐちゃにだ!何度も見たよ、任務に失敗し、粛清としてバラバラにされたり、ウイルスで拷問された仲間を。あぁ!!ほらそこでまた俺を見てる!!」

 男が天に向かって指を差し、南波と264はその方向を見た。天井の隅には、先ほどまで気づかなかったが、蝶が空を泳いでいた。まだら模様の綺麗な蝶、昨日見た品種と同じだ。蝶は、じっとこちらを見つめるように舞っていた。

「どうして、蝶がこんな屋内に。」

 264が口を出したとき、南波の頭部に頭痛が走った。何故だ、蝶を昨日といい、あのまだら模様の蝶を見る度に頭が痛む。

「_人、ご主人!」

 264の呼び声に、南波は我に返って彼女を見た。264は「あれ。」と男を指さした。その瞬間、南波は瞠目した。

「俺はぁ、粛清なんてごめんだ。でもあの方から逃げるなんて不可能なんだ。だったら、ここで死んだほうがマシだよ!」

 男は自分の着ていたコートの胸元を開け、そこから大量の爆弾を覗かせていた。冷や汗を流す南波に、男は不敵な笑みを浮かべた。

「なぁ、お巡りさん、あんたもここで一緒に死ぬかい?」

 南波は焦って立ち上がると、制御室の扉に手をかけた。

「逃げるぞ。264!!」

 扉を開けた瞬間、爆裂音と熱風が轟いた。南波は吹き飛ばされる寸前、ホログラムガンをできるだけ遠くまで投げ放った。

咄嗟の行動だった。どうしてこんなことしたか、少しでも足掻けただろうに。264を守るためか、武器の修理費をケチったか。南波はそんなどうでもいいことばかりを考えて、爆風に飲み込まれた。

最後に耳に入ったのは264が自身を呼ぶ声だけだった。

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