第2話 新人類とウイルス

『はぁい!こんにちはぁ!!新人類の皆!』

『もう、“MCネオちゃん”ったら!いまは夕方の五時だよ!』

『えへへ、そうだっけ?ごめんね、“DJニュージェネシス君!それじゃ、気を取り直して、こんばんわぁ、新人類達よぉ!私はこの”新日本ラジオ協会“ラジオパーソナリティのMCネオちゃん!』

『同じく“新日本ラジオ協会”ラジオDJ、ニュージェネシスだよ!楽しんでってくれよぉ、ヒェイヒェイ!』

『みんな!今日一日どうだった?楽しかった?最近は悪性ウイルスが流行ってるから死なないよう気を付けてね!』

『さてさて、ネオちゃん、今宵のトークテーマはぁ?』

『今回はねぇ、お茶の間のキッズ達に賢くなってもらおうと新人類の歴史について話そうと思います!』

『うっへー、勉強?それも歴史ぃ?おれ、勉強きらーい。』

『文句禁止!はい、それじゃニュージェネシス君!新人類誕生のきっかけは?』

『ええと、ええと、旧人類達が人類滅亡を予感して、肉体の義体化を始めたから?』

『正解!今から数百年前旧人類はしょーもない理由で核戦争を起こして、滅びの一途!そのなかで人類保護のため、インテリ科学者どもが集まって旧人類を皆ロボットに変えちゃったってわけ!』

『それが僕たち新人類のはじまりだね!』

『それから生身の肉体の旧人類は皆死んじゃったの!シクシク…。』

『その結果、義体の新人類が地球を支配したんだよね?』

『うん!私達は旧人類を模倣して核爆弾で破壊されたこの星に文明を築いたの!皆が新しい体で今度こそ平和になろうとした。けどね…。』

『僕たちはまた争った!』

『大正解!新人類は今度は義体を破壊できる凶悪コンピューターウイルスを開発して、また殺し合いを始めちゃった!全く、人間ってお馬鹿さん!』

『だから世界各国はついに“アレ”を作ったんだよね?』

『そう、世界中のお偉いさん方は治安維持のために、旧来の警察組織に加え、ウイルス犯罪を撲滅する公安組織”Eliminating Viral Crime"《ウイルス系犯罪の撲滅》、略してEVCを作ったの!EVCの方たち今日もウイルス系犯罪を取り締まろうと東奔西走しています!』

『毎日ご苦労様です、お巡りさん!』

『はい、歴史の授業はここまで!』

『お次はDJニュージェネシスおすすめの最新JPOPを__。』


「おい、南波、いつまで寝てんだ。起きろ、着いたぞ」

 ラジオから音が消え、間田の声により南波を目を覚ました。あの後、パトカーに菅山を乗せた三人はEVC東京都本部へと向かった。南波はその道中、うっかり仮眠をとってしまったのだ。気づけば目の前にはEVC本部のビルがそびえ立っていた。林は頬杖をつきながら南波をニヤリと見た。

「おねむやったなぁ、トシ。」

「うるせぇ、早く留置所にこいつぶちこむぞ。」

 南波は後部座席にいる気絶中の菅山を指さした。するとその途端、無機質な通知オンが車内に鳴り響いた。それは間田の耳についている通信機からだった。彼はすぐにそのスイッチを入れた。

「はい、間田です。え、藤原課長?」

 間田の声に同僚二人は彼を見つめた。彼は通信機を押さえ、通信相手の声をよく聞こえるようにした。

「_はい、はい。_了解しました。では行かせます。」

 そう言って間田は通信機を切ると、南波に向き直った。

「藤原課長からの命令だ。報告はお前一人でいいらしい。」

「え、俺?」

急な指名に首を傾げる南波に、林はニヤニヤした。

「トシぃ、なんかやらかしたんやない?課長の下着盗んだとか__痛ぁっ!」

 南波は重い義体の腕で林の頭を殴った。間田はシートベルトを外しながら言った。

「まぁ、そういう訳だ、南波。俺と林で菅山を運ぶから、お前は課長に報告に行ってくれ。」

「へいへい。」

 南波は気怠そうに返事をすると、煙草にもう一本火をつけて車のドアを開けた。

「ちょ、ちょっと、トシ、仮にも警官やのに殴るのは__。」

「ライター、返しとくぜ。」

 林の嘆きを聞く間もなく、南波は借りたライターを後部座席に投げて降車していった。ライターは無機質な音を立てて、林の顔に当たったのだった。


  ※


 EVCの本部は旧人類が建設した警視庁の建物を改造して、東京に位置している。内部にはウイルス系犯罪専門のEVCの部署と、旧来にも存在した対人の犯罪専門の部署に分かれている。そのため、旧来より施設は拡大されており、内部には公安の携帯武器を開発する研究所まで増設されている。

 南波は煙草をふかしながら、EVC本部に入ってエレベーターに乗った。館内で彼の禁煙が許されるは誰もが肉体を持っていないからであろう。それからエレベーターは課長室のある五階に辿り着いた。少し進んで、目当ての部屋に着くとドア隣の呼び鈴を押した。じりじりと機械音が鳴ったのち、呼び鈴の下にあるスピーカーから声が聞こえた。

「入り給え。」

 女性の声とともに、扉が自動で開かれ、南波は入室した。

 白く飾られた部屋の真ん中には、いまどき珍しい重厚な木製机と不似合いな黒の回転椅子に腕を組んで鎮座する女がいた。女はスーツの上に優美な小顔と泣き黒子を兼ね揃えている。

南波は煙草を携帯灰皿に押し潰して、女の前に立って敬礼した。

「南波俊之巡査部長、ただいま戻りました。」

「ご苦労だったな、南波君。」

 この泣き黒子の女は、南波達を束ねる捜査第一課課長の藤原涼子である。彼女はどこかミステリアスな雰囲気をもつも、同時に部下思いとも知られていた。南波も彼女の命令は聞くようにしている。

 藤原は両手を絡めるように組みなおすと、続けた。

「さ、まずは今回の政治家・増山種臣一家殺人事件の報告をしてくれ。」

「はい、まず犯人の菅山は__。」

 南波はそれから菅山逮捕に至るまでの話をした。藤原は相槌をうち、「ふむぅ…。」と顎に手を当てた。

「なるほど、では菅山は何者かに依頼され、金銭目的で一家を殺害したと。ウイルス製造の技術はきっと、奴が以前勤めていたEVCの研究所で得たものだろう。真犯人の依頼者とやらは菅山の技術を知って近づいたということか。その依頼者は自由新人類党、あるいは増山に恨むを持つ誰か…。こればっかりは菅山が起きて自白するまで分からないな。」

「はい、ただ、殺された政治家・増山はEVCの携帯武器に、ウイルスを使用することに肯定的な主張していました。その依頼者はウイルスに対して否定的であり、増山に反発して殺害した可能性があります。」

「ふむ、まぁ歴代のウイルス犯罪史を辿れば、ウイルスにそのような感情を持つのも無理はない。しかし、まだ証拠が十分に集まっていない。憶測を語るのはここでやめにしよう。」

「あの、課長。」

「なんだね?」

「なぜ、俺だけ報告に呼んだのですか?いつもなら全員か、クソ真面目な間田だけじゃないですか?」

「ん?あぁ、そうだった、そうだった。」

 藤原は目をぱちくりさせて、膝を叩いた。

「南波君、君に大事な話があったんだ。」

「大事?」

 藤原は「そう。」と頷くと、机の引き出しから何かを取り出して、机上に置いた。それは南波も使用するEVCフラッシュガンだった。

「これが何か分かるかね?」

「見ての通り、フラッシュガンですけど。」

「そうだ、EVC発足以来から開発されて組織で百五十年間愛用されてきた義体用麻酔銃だ。これが使用禁止になった。」

「マジですか?」

 南波はこのときばかりは目を見開いた。自分がEVCに入ってからずっと使用していた獲物である。思い入れがないはずがない。藤原はそれを気にせず、フラッシュガンを器用に回しながら続けた。

「君も使ってきて分かるだろうが、最近の義体は強力だ。七十年前よりもタフになっている。だから、こんな銃では気絶して連行させるのが困難になった。」

 南波も今日の夜の逮捕現場を思い出した。菅山は一度フラッシュガンで撃っても、完全に気絶しなかった。思い返せば、こういうことが幾度か起きていた気がする。

「思い当たるか?」

「ええ、まぁ…。」

「そこで、組織の上層部はフラッシュガンを廃止し、正式に“あるもの”をEVC携帯武器として認めた。」

 そこで藤原は話を止めて、時計を見た。「そろそろだな。」と呟いた矢先、扉が開き課長室にカートのようなものを押して何者かが入ってきた。

「よく来てくれた、小早川博士。」

 入室者はEVC研究所所長を務める小早川博士だった。彼は禿げ散らかした頭に大きなゴーグルで顔を覆い、その巨体を抱え、日夜研究所に泊まり込んでEVCの武器の開発に勤しんでいる。EVCの者達とは食堂でよく会うため、彼らとは親交が深い。

「博士、なんであんたがここに…。」

「やぁやぁ、南波君、こんばんは。藤原さん、例のものです。」

「ありがとう。」

 藤原はそう言うと、立ち上がってカートに近づいた。カートには布がかけられているが、何かが浮き出ており、明らかにそこに“いる”。南波は藤原を見た。

「課長?…。」

「南波君、ついに君に、これを渡すときがきた。」

 そう言うと、藤原は布を取り払った。

「これは_」

 そこにあったのは、銃である。旧人類が使用していたものやフラッシュガンとは違う。全体的に大きく、銃口は広く、リボルバー式になっているが、装弾数は三発しかない。形状はハンドガンというよりはライフルのようにも見えた。

「クールだろう?これはEVC特製、良性ウイルス入りの“EVCホログラムガン”だ。」

 藤原がそれを持って、天井の照明に照らした。

「いまは、林君や間田君にテスト運用してもらっているから、君も話ぐらいは聞いたことあるだろう?」

「…例の自我をもったウイルスが入ったやつですか?」

「その通り。」

 小早川博士が前に出た。

「昨今のウイルス系犯罪は激化してきている。義体のコアを完全停止させるウイルスが増々溢れているよ。そこで、だ。目には目を、ウイルスにはウイルスを。という名目で僕達が開発したのがこのホログラムガン。」

 小早川博士は藤原からそれを受け取った。

「中には正式所有者の命令だけを聞いて対象を鎮圧させる、こちら側に“味方”の良性ウイルスが入っている。このウイルスを、僕が作った小型データサーバーを内包する弾丸に感染させ、対象に打ち込めばあっという間にそいつをハッキングして制圧完了。あら簡単、倒せちゃった。」

「ふん、下らない。」

 南波は自身の“潔癖症”がうずいて、唾を吐きたくなった。藤原は彼の肩を軽く叩いた。

「まぁまぁ、南波君、まだ話があるよ。」

「そうだ、君にはこれを見てもらいたかったんだ。」

 そう言うと小早川博士はホログラムガンに顔を近づけて、何かに呼びかけた。。

「さぁ、EVC‐264、出ておいで。」

「はぁい!」

 軽やかな少女の声とともに。碧色の光が課長室全体を煌めかせた。光はホログラムガンから溢れ、やがて糸を紡ぐようにホログラムの何かを形作っていった。南波は眩しい光に目を覆いながら、出来上がっていくものを覗き見た。

 それは少女の姿だった。まだ十代後半のあどけない顔をしており、髪は白髪のボブで黒いカチューシャをはめていた。服装は綿毛のようにふわりとしたワンピース、両手には黒い手袋。下半身はワンピースの裾と長ブーツで覆われている。一言でいえば「可憐」だった。触らなければ新人類と見分けがつかないほど精巧なホログラムだった。しかし、彼女らの世界には重力など存在しないようで、ふわふわと体が床から浮いている。

「264、この人がお前のご主人になる南波俊之さんだ。挨拶なさい。」

「ごきげんよう。」

 264と呼ばれたホログラムはワンピースを持ち上げ、お辞儀をした。小早川博士は南波を見た。

「どうだい?南波君、この子は自我を持つれっきとしたウイルスだ。」

 南波はふわふわ浮かぶホログラム少女を一瞥した。

「どうしてウイルスなんかに姿と自我を?」

「いい質問だ。」 

小早川博士は指パッチをした。

「ウイルスの恐怖とは、旧人類の頃からもそうだったように『未知』だ。味方であってもどこにいるのか、どうやって迫ってくるのか分からなければ完全支配はできない。ミイラ取りがミイラになることだってある。」

「つまり、姿や意思を明確にさせることでウイルスの『未知』を解決するということですか。」

「そうだ。それにただ相手を制圧することがウイルスの仕事じゃない。この子たちは通信の媒介やリサーチもしてくれ、会話相手にさえなってくれる。いい相棒だと思わないかい?」

「…俺はこんなの使いませんよ。ウイルスなんて真っ平だ。」

 南波は藤原を睨んだ。藤原は溜息をついた。

「南波君、君の“ご両親”のことは知っている。だからこそ、ウイルスを憎むのも。だけど、これは規定なんだ。従ってくれないと困る。」

「規定も何も、今までだってフラッシュガンで対処できていたじゃないですか。俺なら大丈夫__。」

「規定、だ。南波。これは課長命令だぞ。上層部は従わない者には解雇処分も考えている。」

 藤原は声音を低くして、彼を横目で見た。すると、南波ももうどうしようもないという風に肩を落とした。

「了解です、課長。」

 小早川博士は空気が悪くなったのを察知し、急いで南波にホログラムガンを渡した。

「ま、まぁ、そういうことだ。南波君、264と仲良くね。あ、使わないときは第一課オフィスに設置したカートに戻しといてね。それじゃ。」

 それだけ言うと小早川博士はカートを押してそそくさと出て行った。残された三人は沈黙になり、藤原がそれを破った。

「とりあえず、今日はここまでだ。もうオフィスに戻ってもいいよ、南波君。」

「はい。」

 南波はホログラムガンを一度見つめて頷いた。そして課長室を去ろうとした間際に、藤原から声がかかった。

「あ、そうだ。“妹さん”にもよろしくね。」

 南波は返事の代わりに手を振った。そして彼は264を後ろに漂わせながら、オフィスの帰路を辿った。

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