心装
心装───それはスピラナイト使いが己の精神世界で作り上げた武器の事である。
スピラナイト使いは各々の心に精神世界を有している。それは彼らの心を形作る世界と同義であり、各々の経験や想像が色濃く反映された世界が精神世界の本質である。
スピラナイト使いはこの世界で作りあげた、あるいはこの世界に外部から持ち込んで格納した心装を現実世界に投影する事ができる。これがスピラナイト使いの持つ二つ目の能力だ。
他人の心の色を読む力も、心装を現実に投影する力も、全て精神世界という力の源泉があるが故に可能な芸当であり、その意味でスピラナイト使いにとっての精神世界はまさに力の心臓とも言えるであろう。
─1─
早朝───。
「おはようございます…昨晩はその…寝ずにすみましたか…?」
将真が倭文家で寝泊まりすることになった自室の前で、倭文誘がそう言った。
「あ、うん。大丈夫。何回か寝そうになったけど。」
将真は引き戸の外で話しかける誘に対し、穏やかな口調でそう言った。
「それなら良かったです…もし寝てしまっていたら…どうしようかと……。ちょっと中入りますね。」
誘は無事に将真が起きていることを確認すると、肩の辺まで伸びている少し癖のある白い髪を軽く整えてからゆっくりと引き戸を開け、中の様子を確認するが───
「あぁ、うん。おはよう。」
誘と目を合わせた将真の目はブルブルと痙攣しており───
「あ…あぁぁぁ………と、とりあえず立ちましょうか…!座ってたら多分寝ちゃいます…それ……」
いかにも体調が悪そうな将真を見て誘は慌てふためいたが、将真はもう心の中で何かが吹っ切れたのか、悟りを開いた様な表情で告げた。
「あぁいや。ほんとに大丈夫なんだ。誘が用意してくれてた映画が沢山あったから、3日くらい寝ないのなんて、大したこと無かったぜ。アニメに洋画に邦画…ほんと色々あって助か──────」
突如、将真の口が止まった。
「──────?──────」
誘は一瞬きょとんとしたが…。
「あぁぁぁぁ…!!だめ…!だめ!寝ちゃう!起きてー…!」
「!?あぁあぁ…!危ねぇー!!今イきかけてたー!セーフ?セーフだよね!?」
「せ、セーフですー…!も、もう行きましょうか…!このままだと将真くんが寝てしまうので……。」
将真が倭文邸に到着してから3日───
将真は睡眠をとることを禁止されていた。
─2─
「随分早いお目覚めだな、将真や。その様子だと寝ずにはすんだのだろうか?」
倭文家当主である宵の元を訪れた将真と誘に対し、宵は少々訝しげな様子で将真に質問を投げた。
「あぁ、はい。寝てないッス。」
いつ意識が飛んでもおかしくない状態で立っている将真が少し可哀想になったのか、隣に立っている誘は彼を庇うようにして───
「あの…多分ほんとに寝てないと思う……。」
───そう呟いた。
「良いとも、その様子であれば十分だな───
───将真や、私が君に科した最初の訓練はこれでクリアとしよう。よく頑張った。」
宵からの労いを受けた将真はマズいと思った。気が抜けて寝てしまいそうだったからだ。
「あぁいえ。大丈夫っス。でもなんでこんな事を…?」
「ふむ…君はスピラナイトを目覚めさせてからは差程月日は経っていないと聞くが、ちなみに精神世界へ潜った事はあるのか?」
宵の質問は将真の心に火をつけた。
「…はい。一度だけ。」
「それ以降、自由に精神世界を行き来した事はあるか?」
「いや…あれ以来一度も行けてないですね…やり方が分からないというか…。」
将真は過去に一度だけ精神世界に潜ったことがあった。それは厳密に言うとスピラナイトを覚醒させるのとほぼ同時か、或いはそれより若干前だった様な気もするが、どちらにせよ将真は以前に己の精神世界に潜り、一時の冒険───夢想の世界を旅したことがあった。
(それならもう何度も試したさ…精神世界、俺はあそこでやり残したことがある…。)
あの世界に再び戻れるのであれば、まだやりたい事は沢山あった。だから何度も精神世界への侵入には試行錯誤を繰り返したが、一度として成功はしていない。
「なるほど。であれば喜ぶと良い。君にはこれから己の精神世界へ入ってもらう───
───ちなみに君が今回求めている心装はどこで形作られるか、それくらいは知っているな?」
その質問の答えには自信があったので、将真の目は一瞬だけ冴え渡るような感覚がした。
「はい、心装は精神世界で作り上げたものって事は蒼子から聞いてます。つまりは自分の精神世界でまずは自分の武器を作って来いって事ですよね?」
「理解が早くて助かるよ。その通りだ。君に三日三晩寝ずに過ごしてもらったのは、過度な精神的ストレスを与える事と深い睡眠状態に入ってもらう為だ。精神世界へ入る方法は確立されている訳では無いが、正味慣れだ。慣れれば好きなように行き来できるようになる───
───良いか?私がよしと言ったら、君は寝て良いぞ。」
宵はいつの間にか用意してあった布団一式を指し、将真にそこで横になるよう合図を出した。
ふらふらと布団の中に入り込む。全身を安心感が包み込むような感覚がして、将真はあやうく「よし」と言われる前に眠りに落ちそうになった。
「あの、将真くん…。無事心装が手に入ったら…精神世界でこれを使ってください…。」
「ん?何これ?」
誘は何も無いところから突如小さな箱のような物を取り出し、掌に乗せて見せてこう言った。
「ばくだん…。」
「えぇ…俺に死ねってこと…?」
「そうじゃなくて…精神世界は滞在しすぎるのも負担がかかるから…最低限の事をやったら帰ってきて欲しいんです……でももしかしたら君は起き方が分からないかもしれないから、その時はこれを使ってみてください…。今君の精神世界にこれを格納するから…。」
そう言って誘は小さな箱を将真の胸に押し込むようにして、ゆっくりと掌を伸ばしてから最後に労いの言葉をかけた。
「あの…がんばって…!自分の武器を手に入れることは簡単じゃないけど…きっと、大丈夫です…!」
そう言う誘の薄い紫色をした瞳はどこか揺れているような気がした。
───あぁ、何度見ても神秘的な子だなと思う。白くて癖のある髪も、その瞳も。何だかまるで人から離れた存在を見ているようだった。
「あぁ、ありがとう………頑張って……くる…………。」
もう限界だ、そう思った時───宵の合図があった。
「───では、健闘を祈るぞ。特異な少年よ──────
──────よし」
スピラナイト使いの有する能力、その三つ目───
───それが、彼の今行おうとしていた精神世界への意識のダイブである。
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