精神世界


 流石に三日三晩も寝ていないと疲れもピークだったのだろう。あっさり眠りに落ちてしまった自分の体に同情した。


「って、あれ…?」


 間違いない。彼は今「眠りに落ちた」という感覚を覚えている。今眠ったという感覚がある───



 ───という事はだ。


 仰向けの状態で目だけを開けてみる。眼前に広がるのは真っ青な空───そして背中に伝わる感触は急拵えで用意された布団の柔らかさ…などでは無い。


「芝生…?いや、違うよな。」


 俺は緊張した。答え合わせをする事への不安と期待で、ただひたすらに心臓を震えさせた。


 ───ゆっくりと、立ち上がる。


 立ち上がった彼の視界に映ったのは、倭文家の大きな日本家屋の邸内の風景などではなく、どこまでも広がっていそうな広大な草原だった。


「ふっ……うぅー!!!!──────



 ─────やっぱ気持ちいいなー!!精神世界ここの風はー!!!」





────────精神世界編────────




 ─1─


「さて、と…。」


 心地よい日差しと柔らかい風に全身を包まれながら、十分に伸びをした後に将真は思考を整理した。


「───心装の作り方には心当たりがある。」


 昔この世界を冒険した事がある。その際、将真は何度も化け物に襲われては死にかけていたが、ある日を境に自由に武器を作り出し、戦えるようになっていた。恐らくあれが心装なのでは無いかと彼は考えている。


(もしあの力が心装なのだとしたら、多分話は早いだろうな。)


 将真がその事を宵や蒼子、誘に話していなかったのは、自分のかつての冒険譚で得た力が心装であるという確証が無かったからだ。「あ、心装ね。多分持ってますよー。」なんて言って、それが見当違いの産物だった場合大恥をかく事になる。それだけは気が引けた。



「にしても、ここは変わんねぇなぁ〜。」


 将真は周囲を草原で埋め尽くされた広大な平野を散歩する様な速度で歩いていた。現実では味わえない、まさに異世界といった風景の中を歩く事にはこの上ないワクワク感がある。それだけで堪らなく気分が高揚した。


「あ、そうだ!とりあえず町に出てみるか!レーベの町ならここから三日くらいだろ!」


 レーベという町はかつて将真が訪れた温泉街である。あそこには知り合いがいる可能性も高いので、まずはそこを目指すことにしたのだが───




『───精神世界は滞在しすぎるのも負担がかかるから…最低限の事をやったら帰ってきて欲しいんです…───』



 ふと誘の言っていたことが脳裏を過った。


「滞在しすぎって…具体的にどれくらい居たらヤベぇんだろうな。」


 以前の冒険ではで一年以上はこの世界にいたので、三日程度であればなんて事ないとは思っているのだが───


(でも確かに、現実に帰ってきてからなんか頭がぼーっとしたというか…しばらく無気力な状態だったんだよな、マジで3ヶ月くらい…)


 精神世界と現実世界では流れる時間が大幅に異なる。実際将真が一年以上の時を精神世界で過ごした後、現実に戻った時に経過していた時間は僅か8時間程度だった。丁度一晩眠った程度の時間しか経過していなかったのである。



(まぁ多分あれが良くねぇんだろうな。時間の感覚が違いすぎて心身に負担がかかるのかもしれない。)



 そんな事を考えながら歩く事数十分───将真の目の前に山林地帯の入口が見えた。



「ここを抜けたら大きめの街道があるはずだ。後は道沿いに進めばレーベにいける。」


 将真は懐かしさに胸を浸しながら、山林地帯へと足を進めた。




 ─2─


 ───山林地帯を歩くこと…恐らく1時間程。



「────迷ったー……!!!!────」



 この辺りは以前に来た事があるはずなのだが、如何せん記憶が薄い。道の指す先がどこへ向かうか、その一切が不明瞭だった。


「参ったなー、下手に動いても良くなさそ───」



 そう思って思わず困惑を言葉に乗せたその途中で、比較的近い位置から野太くてしゃがれた声が聞こえた。



「おい、おーい───そこの少年。」



 ふと声のした方を向いた。そこには───



「よう、なんだお前、迷ったクチか?」


 将真は声の主である男を見た。


「あ。」


 見たまま、少々硬直した。


(パンイチ…)


 少年はそう思った。見たままの感想を抱いた。


(服だ…)


 パンツ一丁で胡座をかいている男は少年を見てそう思った。見たものから得た希望を胸に抱いた。


(パンイチの、おっさん。)


 少年の脳に危険信号が送られ、緑色から黄色へと変わる。


(ジャケットだ…ありゃ悪くねぇ。)


 男は抱いた希望に胸を馳せてから、即座にこの最悪な状況の打開策をどう切り出すかに思考を切り替えた。また、それとほぼ同時に将真の脳内に送られた危険信号は黄色から赤へと変わり───



 ───将真は無言のままその場を後にした。




 ─3─



「ッ!?おぉい!!!おぉーーーい!!!──────


 ───ちょっと待ーてって!」


 早足で逃げる将真を慌てて追いかける男は焦りながらも何とか声を発すが…



「すんません、知らない人に声をかけられても話しちゃダメって俺の故郷では教わるんスよ。」


 将真は一切後ろを振り返る事をせず、逃げながらそう告げるが。


「もう話しちまってんじゃねぇか…それに別に俺ぁ怪しいヤツじゃねぇんだ…困ってんだよ〜、話だけでも聞いちゃくれねぇかなぁ…?」


「人気の無い森でパンイチのアンタをどう見たら怪しくねぇんだ!!アンタみたいなのを不審者っつうんだよ!!!」


 将真は思わず振り返って反論してしまった。


「あぁ…いやいや、事情があるんだよ〜…───


 ───ほら!別に怪しいものも持ってねぇだろ?パンツしかねぇんだから、な?」


 そう言いながら自分を守るように両手を挙げる男を見て、将真は何故か哀れになってしまい…。


「はぁ……んじゃ話聞くだけっすよ…?」



(いざとなったら武器を出せばいい…見るからに頼りなさそうだし、負ける事はねぇだろ…。)


「いやー!助かる!悪ィな!とりあえず…──────


 ───その服脱いでくれ!」




 将真は再び無言で走り出した。




 ─4─


「ち、違う!?違ーう!!!そうじゃねぇ!!!違くてだな!!!!?」


 そそくさと早足で逃げる将真を、男は慌てて追いかける。


「やだ、もうアンタとは話さねぇ…。」


「悪ィ悪ィ説明をすっ飛ばしすぎちまった……お前さんこの辺を根城にしてる盗賊団のことは知ってるだろ??酒場で騙されて身ぐるみ剥がされて…気がついたらここに放り出されてたんだよ!!だからその上着だけでも貸しちゃくんねぇかな!?なぁ!?」


 盗賊団というワードに将真は心当たりがなかった。もしかするとココ最近精神世界内でも色々変化があったのだろう。



「盗賊団…?知らねぇっすよ…でも……あーー───


 ───んーーー!!!あークソ!!!」



 将真は一通り頭を抱えて悩んでから、自分がTシャツの上に羽織っていた青色のネルシャツを丸めて男へ投げた。


 男はそれを受け取ると意気揚々とネルシャツを羽織る。少々サイズが合わないのか、裾からは手首が露出しており、全体的にぴっちりとしてしまっている。


「すまねぇーーー!!!恩に着るよ〜……お前さんイイヤツじゃねぇか………。」



「いいからもうどっか行ってください……なんか、このまま逃げても後味悪いって思っちまっただけなんで…行ってくださいもう……。」



「うん!着心地も悪くねぇ!こりゃ上等なヤツだなぁ…───にしても、アンタどこから来たんだ?盗賊団を知らねぇなんて…ココ最近この辺じゃその話題で持ち切りだと思うんだけどな…。」


 男の発言から将真は僅かな希望を見た。この男ならもしかするとこの状況を打開出来るかもしれない。


「もしかして、オッサンこの辺の道とか詳しいんですか?」


 男は自信満々に腰に手を当ててそれに答えた。


「まぁな、この森から出てねぇのだって、出られねぇんじゃなくて出たくなかっただけだからな、パンツ一丁で街になんかでたら騎士団に捕まっちまう───


 ───なぁ、お前さん道に迷ってんだろ?お前さえ良けりゃ俺が近場の町まで送ってってやる。服のお礼もしたいしな。」



 彼の言葉にどこか説得力を感じた将真は男の方へ体を向け、話を続けた。実際土地勘のある人間に案内してもらえるのは願ってもいないことでもあったからだ。



「え、それは助かります…んじゃあとりあえずレーベまでお願いしていいですか?多分ここから近いはずなんですけど。」



「ん…?レーベってどこだ……?俺は知らねぇ町だな……。」


「レーベを知らない…?いや、あそこはこの辺どころかこの国じゃ有名な温泉街でしょ?」


 将真の脳内に一抹の不安が過った。


「いやー…なんかどこかと勘違いしてんじゃねぇか…?」


(レーベを知らない…?この辺りじゃないだけなら俺の勘違いって思えばまだわかるけど…存在を知らないなんてことあるか…?)


 レーベはこの世界でもトップレベルに有名な観光地だ。現世に置き換えるなら、日本人に日光や草津、箱根のいずれかを知っているかと尋ねて存在を知らないと言われているようなものだ。



「まぁ、とりあえず町にいけば何かしら情報も入るだろ。お前さんの言うその…レーベってとこの情報も仕入れられるかもしれねぇ───


 ───俺はダインってんだ。よろしくな、少年!」


 ダインと名乗った男は上衣だけでは不足だと思ったのか、運良くその辺に落ちていた藁を腰に巻きながらそう言った。


「俺は──────


 ──────ショウマ…。ショウマって呼んでくれ!」



 ──────────────────────



───ショウマとダインが山林で出会ってから約2時間半。


「うし、着いたぞ。ここがサニーウェストだ。」



「サニー……ウェスト……?」



 2人が訪れたのは確かに活気のある町ではあるが、そこは少なくとも将真の知っている町では無い。



「何かがおかしい……少なくとも俺は…こんな町知らない……俺の精神世界にこんな町……無かったはずだ………。」


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