心装会得

倭文家



「───と、言うわけだから、しばらく私は出張するよ。」



 蒼子と将真がマルコの店で派手に暴れてから一週間程が過ぎた頃。


「どこまで行くん?」


「京都さ、少年は行ったことある?」


「いや、無いな。珍しいじゃんそんな遠くまで行くなんて。」



「この前のアレでさ、店の修理代でとんでもない額がうちの口座から消えたからね。高額バイトでもしないと正直君の給料も払えそうにない。まぁ、一応私の責任だし、自分で稼いでくるよ。」


「そんな一日二日で稼げんのか…?」


「その辺は心配いらない、子供はお金の心配なんてするものじゃないよ。あぁそれから───


 ───私がいない間だけど、君には行って欲しい所がある。」




 ─1─



「おぉ…ここが…。」


 蒼子の頼み(命令)で将真が訪れたのは県北に位置する比較的人里から離れた地域、車でだいぶ上まで登ってきたのでそれなりの標高はありそうな場所だった。


 今彼の目の前にあるのは、大袈裟な門と門前からも分かるほどの広大な敷地を有する日本家屋群である。一体どんな仕事をすればこれほどの大豪邸を建てられるのだろうか…。


「ぼうっと突っ立ってどうしたんだい?」


 ここまで車で送迎してくれた蒼子が将真に声をかけた。


「あ…いや、ちょっと想像以上だったって言うか……倭文家の当主さんって仕事なにしてんの…?ヤバくね…?家デカすぎだろ…。」


 将真は想像していた豪邸の10倍は規模が大きかった敷地の様子に興味津々だった。


「色々やってるんじゃない?神職とかね───まぁでも御三家のカネの流れはあまり知らない方がいいと思うよ、少年は一応部外者だし。」


 蒼子は平然とそう言ってのけたが、その言葉にはどこか壁を作られる様な圧力を感じた。蒼子の事務所も立ち上げの時には倭文家の援助があったので、彼女も無関係では無いどころかある程度はそのについては把握しているのだろう。


 凄みのある雰囲気に何となく入るのが躊躇われて将真が足踏みしていると、前方から短い歩幅でスタスタと歩いてくる女性の姿が目に入った。


「…ん?」


 将真は既視感の様なものを感じ、向かってくるその女性をじっと見つめている。


「おぉ…あの子は…。」


 蒼子は彼女の素性を知っている様で、何やら感心したような表情を浮かべていた。


「あ、あの…ご無沙汰してます…蒼子さん…。と…それから…───」


 目の前の少女が視線をスイッチして自分へ挨拶をするのとほぼ同時に、将真は目の前の少女が誰なのかを思い出した。



「きみ……祭りの時の………!?」


 そう、将真達を出迎えたのは、彼にとっては忘れもしないあの日───自分が祭りの日に柄の悪い男二人から身を呈して庇ったあの少女だった。




 ─2─


「あ、あの…その節は……その………ありがとうございました…。」


 少女は少し申し訳なさそうに将真へ頭を下げた。


「あ、いや…ども…。」


 将真はひたすら気まずさに耐えていた。少女を護った事は誇りに思って良いのだろうが、何せあの日、将真はこの少女の前でみっともない姿を晒してしまったのだ。


「?…なんだ君ら、知り合いだったの?」


 一体どういう経緯で知り合ったのか不思議だと言うような表情で蒼子は2人の顔を交互に見比べた後、何か意味深な微笑を浮かべてから門の方へゆっくりと足を進め、将真の耳元で囁いた。


「ふぅん…少年、私は君に対する認識を少し改めたよ。なんだ、君はその…さくらんぼちゃんかと思ってたけど、意外とやり手だったんだね。君の普段の私に対する態度はあれかな?カモフラージュって奴か。能ある鷹は爪を隠すって事だね。」


 蒼子の言いたいことを瞬時に理解した将真は即座にそれを否定する。


「違ぇよ!!うるせぇな!そうです!さくらんぼちゃんです!生まれてこの方あと多分あっちに聞こえてっかんな!変な誤解生む様なこと言うな!」


 2人の諍いを一歩離れたところで困った様な目で見ていた少女が恐る恐る声を発した。


「あ、あの……中に案内しても、いいですか…?」


 少女を気遣う様に蒼子は返事を返す。


「あぁ、ごめんね、サソイ。私も当主に挨拶だけしてから行くとするよ。」


 サソイという響きがどこか特殊な感じがして思わず将真は彼女の方を見た。


「サソイ…?」


「…!ごめんなさい…申し遅れました……倭文誘シトリ サソイと言います…よろしくです……。」


 少女が慌てた様子で将真へ名乗ると、将真もまた申し訳なさそうに名乗り返した。


「あぁ…俺は、菅生将真…よろしく…。」



「さて、少年。車の中でも伝えたけど、今日から君にはここで、本格的なスピラナイトの訓練を受けてもらう。ここでの修行はしんどいだろう、今まだ私がつけてきた稽古が遊びだったと思えるくらいね…。」


「あぁ…覚悟は決めてきたよ。少なくとも今のままじゃ俺は…蒼子の仕事についていけねぇ。ましてやこの力を完全に制御して───


───普通の生活を取り戻す事なんて出来ねぇ。」




 ─3─


「久しいな、蒼子や。」


 将真と蒼子は誘の案内で倭文家の中心に位置する最も大きいと思われる建物へ足を運んでいた。五十畳近くはありそうな広い空間で、彼らの目の前に立つ女性はどこか神秘的な様相を呈していて、身に纏う着物が見事にその煌びやかさを演出していた。


「えぇ、お久しぶりです、当主。」


 蒼子は目の前に立つ女性に対しどこかよそよそしくそう返すと、女性は僅かに視線を落として一呼吸置いた。


「君が菅生将真君かね。はじめまして、私の名は倭文宵シトリ ヨイ。この家の当主をしていて、そこの誘の母だ。よろしく頼むぞ。」


 女性が誘の母と聞いて将真は驚いた。恐らく誘の歳は自分と差程変わらないと思うが、あまりにも宵の容姿が若すぎた故に姉か何かだと思っていたからだ。その事実を知った上で彼女の容姿を改めて確認してみて、どんなに上に見積っても齢は三十代に見える。


(彼女、もう歳は50半ばだよ。)


 蒼子が小さく呟いた事で将真は反射的に反応を返してしまった。


(マッ……!?ジで……!?)


「それじゃ、悪いけど後のことは頼みますね。」


 蒼子はそう言うと踵を返してその場を後にしようとした。


「蒼子や──────」



 蒼子の背中へ宵の声が刺さって彼女の足を止めた。


 宵は少しだけ口ごもってから意を決した様に、それでいて慎重に言葉を紡いでいく。


「あまり、生き急ぎ過ぎるでないぞ…。」


 それに対し蒼子は目立った反応を示すわけでもなく、僅かに首を背後に回そうとした素振りだけを見せてから、無言のままその場を後にしていった。



「あ…え、蒼子……!」


 将真も理由の分からない気まずさに不安を覚え蒼子を呼び止めようとしたが、彼の思いも彼女には届かなかった。


 それを見ていた誘もまた、将真と同じ様な表情を浮かべ、それでいてどこかやり切れない気持ちを抱えながら俯いた。



(蒼子さん……。)




 ──────────────────────


「ふぅ…誘、すまぬが茶を持ってきてはくれぬか。」


「あ、うん…!」


 宵の頼みで誘がその場を一時的に後にすると、宵は少しリラックスした様子で将真へ謝罪の意を告げた。


「すまなかったな、少々困惑したであろう。蒼子とは長い付き合いだが…それ故に僅かながら軋轢もあってな。」


 将真は蒼子と倭文家の関係性を何となく聞いていたので、さっきの状況には困惑した。蒼子の事務所は倭文家の援助によって立ち上がったと聞いているし、蒼子自身も倭文家で力の使い方を学んだと言っていた。両者の関係性は良好だとばかり思っていたのだが…。


「気を取り直して、改めて当面の目標を擦り合わせよう。将真君や…。」


 宵のゆっくりとした言葉遣いには柔らかさがあったが、彼女のからはどこか力の圧力に近い何かを感じて身が引き締まった。


「あ、はい…。俺はここでスピラナイトの使い方を学びに…それから───


 ───の使い方を教えて貰いに来ました。」

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