素晴らしくて憎たらしい世界
マルコ───本名田中啓太。
ワタシは力が欲しかった。
いや、正確には強さが欲しかった。強い存在を欲していた。
強い存在に相見える事。それこそが今のワタシの最上の悦び。そういう存在との力較べ。その為に───
───ワタシは、この
─起源─
ワタシは京都府京都市で産まれて、それから大人になるまで京都で過ごした。
親父は借金抱えて蒸発、ワタシはまだ3歳だったわ。
だから、ワタシの記憶にある親って存在はお母さんだけだった。お母さんは市内でホステスをやってたから、毎日夜が近くなると家を出ていったわ。でも優しい母でね、クソ親父の事なんて一言もワタシには話さなかったし、弱音も聞いたことがなかった。
1人で子を育てる苦労は想像を絶していたと思うわ。おまけに家には頻繁に恐ろしい男達が訪問してきていたし。ワタシが1人の時だって構いやしないのだから、彼らは。
ある日、ワタシはお母さんが仕事から帰ってくると家にいる時よりキラキラした雰囲気を纏っているのがとても気になったの。お母さんの変身の秘密を知りたくなって、こっそりお母さんの化粧台を漁ってみてね…それがきっかけかしら───
───ワタシは、オンナに憧れた。したたかでありつつも強く生きていたあの母に憧れた事もあったけれど、何より女性はみんな、それぞれのシンデレラに変身できるんだ!って、幼心に目を輝かせていたのを今でも覚えているわ。
まぁ!家の事情もあったし、ワタシが体はオトコのくせに女の子みたいな格好をしてる事に対しては随分周りから心無い言動を受けたけどね。でもワタシにはそんな事どうでもよかった。だってワタシはシンデレラになれるんだから。むしろ可哀想よ、この魅力に気づけない憐れなオトコたちがね。
─変貌─
ワタシとお母さんは貧しかったけれど、それなりに幸せに暮らしていた。
お母さんの稼ぎが悪かった訳じゃないの。父が残していった借金があまりにも大きかった事と、それに掛けられた法外な利息がワタシ達の生活を苦しめていた。
これじゃいけないと思ったわね。母が身を粉にして必死に稼いできたお金のほとんどが、あのクソ親父の置き土産に吸い取られていくのは見ていられなかったわ。だからワタシも中学を出てすぐに働くことにした。お母さんは「高校には行きなさい、うちの事を気にする事だけはやめなさい」って、結構強めに怒られちゃったけど。
ワタシは休み無く働いたわ。稼ぎの殆どは生活費に入れて、残ったお金は極真空手の道場への月謝に使った。そう、強くなる為よ。
心はもう立派にオンナだけれど、体はそれなりに丈夫だったから。だからもしまたあの怖いお兄さん達が母に不要な危害を加えるようなら、ワタシが護るんだって思ってね。
そういう生活を15から三年ほど続けたある日───えぇ、培った技術は早速役に立ったわ。
あの日、母は体調が悪くてね。とてもじゃないけれど来客の対応なんてできる状態じゃなかった。
だと言うのに、男達はお構い無しにズカズカと家に上がり込んできた。ワタシも腹が立ったけれど、3人の男を押し返すことは出来なくて。母の病床まで彼らが乗り込んできたところで事件は起こった───
「あんたら……いい加減にしなさいよ……───
───帰らないならワタシも容赦しない…!」
そうやって凄んだワタシを彼らは小馬鹿にする様に見下してきて、何も言わずに一発殴られた。
一瞬クラっとして、気がついたら地面に倒れてた。
多分、それがワタシの変なスイッチを入れちゃったのね──────
──────ワタシは、枷が外れたように暴れた。理性を失ったようでいて、どこか冷静に培った技術を駆使していた。
何発も、何発も、何発も何発も何発も───
──────何発も。
───ワタシは疲れ果てるまで男達を殴り続けた。
ワタシの手が止まったのは、周囲が妙に静かになってからしばらく経ってからだった。
静けさに感じた違和感がワタシの意識を現実に戻した時に気づいたの。ワタシが馬乗りになって殴り続けていた男ね、死んでたのよ。それを見て他の2人は逃げちゃってたみたい。
─意味─
えぇ。それからはお察しの通り。ワタシは警察に連れていかれて、紆余曲折を経て少年院への送致が決まった。2006年4月の、少し肌寒い日の出来事だったわ。
面会に来た母は泣きながらずっと謝っていた。「ごめんね、ごめんね。あなたに業を背負わせてしまった。こんな事になったのは全部お母さんのせいだよね、本当にごめんね───」
母はいつもそうやって一通り謝ってから帰っていくの。まるでワタシを通して違う何かに許しを乞う様に、ただひたすらに謝ってから帰っていくの。
人を殺してしまった事に関してはどう思ったのかって?そうね───それに対するワタシの答えが、きっとこのエピソードの結末になるのかもね。
──────高揚したわ。でもね、決して人を殺した事に快感を覚えた訳じゃない。そうじゃないのよ───
───ワタシはね、自分にとって脅威的な存在を打ち負かした事に対して、この上無く昂ったのよ。自分でも不思議なくらい…取り返しのつかない罪を犯した罪悪感を帳消しにしてなお有り余る程に、ワタシは悦んでしまった。
その時、ワタシは生まれて初めて生きる悦びを覚えたわ。
今日のところはこんなものかしらね。ワタシの事をもっと知りたいのであれば…そうね、彼らの追い求める存在が何なのか、それを知る事が不可欠な様に思えるわ。えぇ、菅生将真と青峰蒼子…あの二人が追い求める存在に、ワタシがこの力を手にした理由があるはずよ。
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