非凡を望んだもの

強襲



 校門で瀬川からの誘いを断り、引き続き自転車を押して将真は蒼子の事務所を目指していた。


 蒼子の事務所は少々入り組んだ路地の中に入っており、道中は狭い階段を降りていかなければならないので、自転車があると向かいづらい。高校からは差程距離も離れていないので、いちいち自転車を乗り降りするのも面倒だ。



「っし……ふぅ。相変わらず疲れるな、この階段は……。」


 なんとか階段を降りきって狭い路地を歩いていた将真の眼前に、スラっとしたスタイルの良い男が立っている。


「……?」


 明らかにこちらを見てその場に立っている男の姿は将真の目には少々異様に映り、避ける様に足を進めた。しかし──────



「───コンニチハ♡キミ、スピラナイト使いよね?」


「───!?」


 この男は知っている、スピラナイトのことを。しかも自分がその力を有している事を。


 日本の人口に比べれば本当にごくごく一部の人間しかその存在を知らないはずのこの力の事を、この男は知っている。それだけではなく、自分がそれを有している事を知っている。それは将真の警戒心を最大限まで高めるのに十分すぎる理由だった。


(御三家の人間か…?だとしたら蒼子のとこか…倭文シトリ家…あるいは…瀬上家……?)


「必死に色々考えてるみたいね…ん〜もぅ───」


 ───刹那。男は将真の動体視力が察知するよりも速いスピードで将真の目の前に迫っていた。



「あら…?よく見たら可愛い顔してるわね…じゃあお顔はやめときましょう………か!」


 突然ノーモーションで繰り出されたリーチの長い蹴りで将真は突き飛ばされる。


「ごほッ……!!?」


 背後にあったコンクリートの壁に叩きつけられるほどの威力。やはりこの男はただの人間では無い。


(こいつ……強ぇ………ッ!)


 絶妙なバランス感覚で蹴りを放った足を浮かせたまま片足で男は立ち尽くしている。二発目を打ってくる気配は無い。しかし───



(…?いくら何でも弱いわね…。スピラナイト使いでしょ?あれじゃ一般人を蹴った時と変わらないじゃない…。)


 男は刈り上げている左側の側頭部から、長い髪を掻き上げて尋ねた。


「アナタ名前は?」


 将真は何とか立ち上がってその問いに答えるが。


「不審者に名前なんか名乗る訳ねぇだろ…。」


 蒼子の事務所までここから100m程度。目の前の男がスピラナイト使いであれば運良く彼女が気づくかもしれない。スピラナイト使いは一定の範囲内であれば心力の放出を察知できると聞いている。将真はそれを期待して少しばかり時間を稼ぐ事にした。


「ん〜、確かにそうね…。じゃあワタシも名乗るわ、それでフェアじゃない?」


「ならテメェから名乗れ……。」



「状況わかってる?交渉ってのは立場を弁えてするものよ?」


 その言葉に反論するだけの機転を効かせることが出来ず、将真は少し躊躇ってから名前を名乗った。


「……菅生将真……。」


 しかし、謎の男はその答えに眉をしかめた。


(菅生……?御三家じゃない…。であれば分家…?いや、スピラナイトを有する一族が他の姓を名乗るとは思えない。)



「アナタ、それ偽名じゃないわよね?」



「本名だよ……なんなら学生証見せてやろうか…?」


 将真が学ランの内ポケットに手を伸ばした所で、男は吹っ切れたように言葉を返した。


「………いいわ。分かった。今日は帰ろうかしらね──────



 ──────ワタシはマルコ。覚えといてね、将真ちゃん♡」



「おい…ふざけてんじゃねぇ!!」


 男は髪こそ青色という奇抜な色をしているが、顔立ちは日本人そのもの…偽名を名乗っている事は明らかだった。これではフェアでは無い、そう思った将真は苛立ちを抑えきれなかった。



「じゃあね。きっとまた会えると思うわ───


 ───それまでに…もう少し強くなってくれていると、お姉さん、とっても嬉しいかな。」


 そう言ってマルコと名乗った男はその場を後にした。


「───チィ……!!」


 張り詰めていた警戒心が解かれたことで、蹴られた腹部と叩きつけられた背部に強い痛みが走った。痛みに顔をしかめ、思わずその場にしゃがみこんだ時、頭上から飛び降りるような形で蒼子が姿を現した。


「少年!」



「蒼子……ちょっと遅いぜ………もう逃げられちまった……。」



 しゃがみ込む将真を介抱する形で、蒼子は事務所へと歩いていく。




 ─2─


「一体何があった…あぁ、これは痛いね…少し我慢できるかな?」


 上裸になった将真の背中に消毒液を含んだガーゼを当てながら、蒼子は状況の確認をした。


「痛──────ッッッ!!!?───


 ──────なんか……よく分かんねぇオネエに襲われた………。」


「よく分かんねぇオネエじゃ私もよく分からないな…もうちょっと詳しく。」


「あぁ…俺もよくわかんねぇよ……心力は感じたのか?」


 将真の問いに蒼子は答えるどころか逆に質問を返した。


「君は?」


 質問したはずなのに同じ質問が飛んできたことに将真は少々虚をつかれ、思わず感情的になりかけるが───


「……それどころじゃなかっ───いや…正直わかんなかった…あの蹴りはすっげぇ強い一般人って言われても納得できるし、ただスピラナイト使いの事を探してるっぽかったから、スピラナイト使いかもしれねぇ───あ、そういや俺が能力者って知ってた…。」


 この女には全てお見通しだ。強がって言い訳をしたところで通じない。将真は素直に分からなかった旨を伝えた。いつもならと褒めるところだが、将真が放った最後の言葉に蒼子は反応せざるを得なかった。



「なに…?」


 将真の事はごく一部の信頼を置く人物を除いて基本的に外部に伏せている。もちろんスピラナイト使いであると知れないよう普段から細心の注意を払っている筈なので、その存在が得体の知れない人物に漏れているとなればそれは一大事であった。



「少年、前に話したと思うけど、スピラナイトという能力は、ものすごく昔、それこそ紀元前の時代にある三家の人間が与えられた力だ。そしてそれは今も変わらない。原則血の繋がりによってのみ与えられるこの力は、今現在も原初の御三家───青峰アオミネ家、倭文シトリ家、瀬上セガミ家の三家のみが、正当な力を有している。」


 ───御三家、スピラナイトという超常の力を持つ一族達───将真も以前に説明は受けているが、蒼子は話を整理する為に敢えて最初からおさらいをした。


「だから、あいつもスピラナイト使いだとしたらその御三家の人間なんだよな?」


 将真はそこまで言ってから自分の答えが半分しか正解していない事に気づいた。答案用紙を提出した直後にあの回答が部分点しか貰えないものだったと思い出す様な感覚だった。



「どうだろう…私の一族である青峰家は昔酷い争いに巻き込まれてね。今はもうほとんど絶滅したと言っても過言では無い。元々三家の中でも規模の小さい一族だったから、青峰家の線は薄い。」



「それから、倭文家は私が今手を組んでいる一族だ。だからあそこの当主には君の事は伝えてある。とね。だが彼らである線もほぼ無いだろう。あの人達は乱暴に力を使う様な一族じゃない。彼らは自分達を神の遣いであると信じている一族だ、故に神の道に反する様な力の使い方はしない───



 ───となると、最後の可能性は瀬上家だ。」



「瀬上家は少々厄介でね。一族の中でもスピラナイトを使用した戦闘技術に長けている一族だ。しかも、目的の為なら手段を選ばない思想を持っている集団でもある。」


 そこまで蒼子が話したところで将真は何となく分かっていた。分かった上で恐る恐る確認をした。



「なら…瀬上家の人間ってこと?」


 それに対する蒼子の答えは、おおよそ予想通り。


「いや、無いだろうな。瀬上家はその危険性故に何度も他の一族と対立してきた一族だ。だから私としても常に監視の目は光らせている。あの一族には1人知り合いがいてね、彼女がパイプ役になっているから、なにか不穏な動きや人物がいれば先に情報がある筈だ。」



「じゃあ誰なんだよ……。」


 将真は答えを確かめるようにそう聞いた。知っている話の中では思い当たる節はひとつしかないが、何となく間違える事が不安だったからだ。



 蒼子は一呼吸置いてから彼の質問に答えた。



「………さっき私は使は御三家以外にありえないと言ったね?───


 ───じゃあ、正当じゃないスピラナイト使いもいる訳だ。前に話したと思うけど。」


 ───当たりだ。将真はそう思った。


「…デミ・スピラナイト……。」



「正解。百と数十年前、瀬上家の起こした禁忌の実験───血族以外にスピラナイトの力を伝播させる実験によって生まれた悲劇の一族、デミ・スピラナイト使い達…彼らの線なら有り得るかもね。それか、少年のような、本来先天的な能力であるはずの力を後天的に目覚めさせた、特異体質の可能性…───




 ───まぁちょっと調べてみるよ。悪いが今日は泊まっていってくれ。ご両親には私から連絡しておく。またいつ襲われるか分からないからね、おいそれと返す訳にはいかなくなった。」

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