邂逅の日─②─

 ─1─


「───はぁ!…はぁっ……!はぁ………。」


 将真は祭りの会場を逃げるように後にした。


 しばらく走って、走り疲れて、少し歩いてはまた走って。


 そうしているうちにこれからどうやって生きていけば良いのかわからなくなって。


 段々と自分が生きている意味すらも分からなくなっていく。


 もう何度目かの走り出しの時、それまで晴れ渡っていた筈の夕焼けの空が急に泣き出した。



 ザアザアと勢い良く降っている雨に、将真は些か慰められたような気持ちになって、思わず叫んだ。






「なんで……なんでこんな…!」



「こんな思いしなきゃなんねぇんだよ!!」



 空に向かって放たれた嘆きが、雨の中に溶けていく。



 「───あぁ、もう疲れた───。」


 では、溶けた嘆きは水を伝って何処へ向かうのだろう。


 あの時の彼にはそんな事知る由もなかったが、きっと…そう。ああやって剥き出しにした感情を乱暴に振り撒いたのにも意味があったのだと、今は思える。


 ───ピチャピチャと、雨が水溜まりを刺激する音とは違う、明らかに生きた者が水面を踏みしめる音が聞こえてくる。



 足音が止んだその瞬間、まるでテレビの音を消音にしたかのように、雨の音だけが止んだ。



 雨に打たれながら、その場で地面に縮こまる将真にかけられた声は、全く聞き覚えの無い、女性の声。そう、あの人こそが───




「───やぁ、少年。人の心が大好きなミステリアスなお姉さんはお好みかな?───」




 ポニーテールにした黒髪、黒のライダース。


 吸い込まれるような、蒼色の瞳。


 細身の体にフィットするような、スキニージーンズ。


 一回りくらいは歳上と思われる、その女性こそが───



 ───青峰蒼子。彼にとっては救世主と呼ぶべき存在だった。




 ─2─


 そして現在。2012年10月15日になって約1時間。


 ───時刻は午前1時を回っている。


 考え事に耽っていたら全く筆が進まなかった。正直学校の勉強についていきながらこうやって報告書をまとめるのは結構しんどい。それでも彼が蒼子の下を離れないのには大きな理由がある。



(俺は…普通に生きられるようになりたい…。この力を克服して…ちゃんと人と向き合えるように……なりてぇ……。)



 蒼子は言っていた。自分にも力の使い方が上手くいかずに人間関係に悩んでいた時期があると。だから、蒼子の下で力の使い方を学べばきっと自分も普通に生きられるようになる。将真はそう信じて彼女に世話になることになった。バイトは言わばその対価だ。とはいえ別途金銭はきちんと貰っているのだが。


 それに、蒼子の仕事は普通の探偵業以外に今回のような超常現象の調査を請け負う事もある。本人曰くそれがウリであり、自分の目的の為にも今は都合が良いのだという。なので彼女の仕事を手伝う事で力を行使する実践的な練習にもなる。だから将真にとっても都合が良いのだ。


 実際、蒼子の下で学び始めてから少しづつではあるが、他人と目を合わせても感情を読まなくても済むようにはなってきている。力のコントロールが出来始めているのだ。


(よし、ちゃちゃっと仕上げて寝よ。)



 将真は再び自分を鼓舞して机に向かった。少なくとも今は、蒼子がもたらしてくれた希望が彼の力になっていた。




 ─2─


 翌日の放課後。


(今日はシフト無いけど、ちょろっと顔出しとくか。)


 高校の正門をくぐった将真は自転車を押しながら蒼子の事務所に向かって足を進める事にした。報告書は無事書き終えて登校前に提出しておいたが、今日は特段やる事も無いので蒼子に力の稽古でもつけてもらおうと思っている。



 正門を出てほんの数秒───将真を呼び止める声がした。


「将ちゃん!!!」


 彼を呼び止めたのは将真の中学からの友人───瀬川駿一だった。彼とは中学の時在籍していたソフトテニス部で仲良くなり、たまたま同じ高校に進学した仲である。


「瀬川……。」


 だが、将真は彼に声をかけられることが重かった。声をかけてくる理由を知っていたからだ。


「なぁ、今日暇…?良かったらちょっと部活顔出してかないか?」


 瀬川は今も引き続きソフトテニス部で実力を奮っている。うちはそれなりに強豪校なので、弱小だった中学時代の部とは雰囲気も比べ物にならないのだが、彼は必死についていっている様だ。


「……悪い、今日はちょっと…。」


 こうやって断るのももう何度目だろうか。


「そっか……まぁ気が向いたらいつでも来いよ!先輩も一年のみんなも歓迎してくれるって言うからさ!」



「…そっか、それは嬉しいわ、ありがと。今度な…!」



 将真もテニスは大好きだ。


 スポーツは色々やってきたが、あれほどまでに熱中し、あれほどまでに強くなりたいと思えた競技は無かった。だが──────



(無理だよ…今は……俺は………先にやらなきゃなんねぇ事がある……。)



 いつか、瀬川も声をかけてくれなくなるかもしれない。そうなる前に、何とかこの力を…スピラナイトをモノにしたい。その気持ちが将真の焦燥感を駆り立てている。

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