魔柱顕現─②─

 ───人の身がこれ程にも脆いとは…。


 とある神は苦悩した。


 かつて同胞が生み出し、実験の為にある一族に与えた力───アマテラスの秘宝。


 その力は人の身で扱うにはあまりにも強大であった。


 故に、力を得た一族達はその力を利己的に行使した。故に人々から争いは絶えなかった。


 ───あぁ。そうか、私は一つ確信を得たよ、天照大御神。


 ───人の原動力はだ。知恵が欲しい、権能が欲しい、力が欲しい、羨望の眼差しが欲しい───


 人の身は脆い、少なくとも我々に比べれば。


 だが、人間は時に我々さえも超えた事象を起こす事がある。




友よ、私はこれに希望を見たのだよ。



───乱暴に破かれたノートより。


 ─1─



「うっ……痛って……。」


 将真がゆっくりと体を起こし、黒髪の短髪を掻き揚げあげた。


「あぁ……なんだこれ……。」


 将真が見上げた空は一面紫色になっており、時折遠くの落雷のような小さい音が聞こえる。



「──────魔界、とか言っておけば理解できるかな?──────」



「は?──────」


 聞こえる声に反応し、将真は視線を前方に移した。その先に居たのは───


「ワタシはスペルビア。下等生物よ、喜ぶといい。ワタシは目覚めて最初に出会った者には名を名乗ることにしている。運が良かったね。」


「あ……?」


 些か意識の混濁が見られるのか…前に立っているその人物は真っ青な顔をしており、頭には角のような物が生えている。大袈裟な程装飾されたローブの様な服を着たその人物を見て感じた第一印象──────そう、悪魔と呼ぶには相応しい見た目だ。到底この世のモノとは思えなかった。



「スピルビア…ね、キリスト教における七つの大罪…傲慢を司る悪魔か…興味深い。」


 将真よりも一足先に意識を取り戻していた蒼子がそう言った。


「蒼子…大丈夫か?」


「あぁ。全くもって問題ないよ。それより、私は君と話がしたいな、スペルビア。」



 蒼子は周囲に起こる異変にさほど興味を示す様子は無く、目の前の悪魔に対しても堂々たる態度であった。


「なんだね。正直私は今あまり機嫌が良くない。しっかり睡眠を取ろうと思っていたのに仮眠程度の睡眠時間で叩き起された様な気分だ。ましてやこんな土臭い所を寝床にさせられていたなんて…あぁ……で?何だねそこの人間。」


 目の前に現れた人外の様子にも差程動じること無く、蒼子が尋ねた。


「君は…という組織を知っているかい?」



「シチゲンキョウ……?あぁ、知っているとも。」


 スペルビアと名乗った男?が体の土埃を払いながら当たり前のようにそう答える。


「今どこにいる?」


 蒼子の堂々とした態度が気に入らなかったのか、スペルビアは少々眉をしかめて語気を強めた。


「君偉そうだね?何様のつもりだろうか。目の前に立つ者が─────────」



 ───突如、迫り来る悪寒。スペルビアが何かしたわけでは無いように見える。少なくとも将真と蒼子にはそう見えた、だが…まるで全身を氷漬けにされたような悪寒が全身を襲った。



「──────誰だと思っている?分を弁えろ。」



「失敬…怒らせてしまったかな?そんなつもりは無かったんだが───」


 蒼子がその言葉を吐いた瞬間、彼女の背後にあった木が突如として悲鳴を上げ、大きな音を立てて倒壊した。



「何も分かっていないな。と言っているんだよ人間。もういい、このまま死ね。他の奴らは……まぁチラホラだが……まぁあと二年位は眠っていてもいいだろう。」


「そうか、それは困るな───


 ───生憎、私達も暇じゃないんだ。」


 蒼子が力を解放する。彼女の足元から立ち上る目に見えない力───心力。それが彼女の羽織るトレンチコートをふわふわと浮かせている。


「なんだ使か。だとしても愚かだね。そんな程度の低い能力で何が出来ると───」


 悪魔、スペルビアが惰性で吐いた言葉の途中で、蒼子が右手から衝撃波を飛ばす。その一撃は───


 ───スペルビアの左腕を乱暴にちぎって吹き飛ばしていた。


「──────な…………何…………?」


 スペルビアの呼吸が不規則になる。突然の出来事に息は止まり、吐き出した途端に条件反射のように空気が吸い込まれる。


「もう一度聞くよ?悪魔スペルビア───


 ───七幻教は、?」




 ─2─


 蒼子は、次は無いと言わんばかりに掌の照準をスペルビアの顔面に合わせた。


「は…はは……どういう事だ………たかがアマテラスの秘宝だろう……?なんだ……その力は………。」



「人間というのは進化する生き物だ。その頭脳をもってな。それが我々の強みだよ。君が猛威を奮った時代がどうだったか知らないが、今のスピラナイト…あぁ、アマテラスの秘宝って言った方が伝わるのかな?───その使い手である我々は随分と進化した。──────


 ──────で?質問の答えになってないよ?悪魔スペルビア。?」



「は……ははっ………残念だがワタシも知らないよ………なんたってワタシは今目覚めたのだからね……どれくらい眠っていたのか今は知る由もないが………君達の格好を見るに差程時間は経っていないように見える………大体奴らは………」


「あぁ、もういい。」



「え?こいつまだ話の途中だぜ?いいの?」


「いい。どうやら本当に知らないようだ。君も端くれとは言えスピラナイト使いなら、を見てみなよ。」


 将真は苦い顔をしながら嫌々悪魔の方を向いた。この力を使うのは嫌いなのだ。


(ふぅ…習ったとおりに……力を抜く感じで……っ!)


 将真は一度瞑った目を開き、目の前にいる悪魔の表情を見た。


 彼の視覚から入った情報は、他の感覚を通り過ぎて特殊な感覚器官へと流れていく。平凡な人間なら持ち合わせていない、第六感───そこに流れ出た情報は彼の持つ特殊な力によって解析され、分析結果を将真の脳へと返した。


 ───そう、これが心の力───と呼ばれる、蒼子と将真の持つ特殊な能力である。


 今将真が行ったのはそのスピラナイトが持つ基本的な機能の一つだ。彼らは意識する事で、他人の心の色を読む事が出来る。読んだ色からある程度何を考えているのかを考察する事も出来る。もちろん何の制限も無い訳では無いのだが。



「あー…うん。そうだな、ホントの事は言ってんじゃね?」



 将真が少し不機嫌そうにそう言うと、その場をおひらきにする様にして蒼子が声色を明るく変えた。



「と、言う訳だ。本当は他にも色々聞きたいことがあるんだけどね───例えば、以降、今回の様な不可解な現象の相談が増えた事とか。私はが起因していると見ているんだが、実際のところどうなんだい?───


───まぁとりあえず今日は君の様な超常の存在が本当にいると分かっただけでも収穫だ。これ、解いてくれるかな?」


 蒼子が天を指さし、空を覆っている紫色の風景に対して要求をしたが。


「あぁ……いいとも………解いてやるさ……………──────」


 スペルビアの様子が変わった。顔は俯き、覇気が無くなったようにも見える。しかしその認識は大きな過ちだった。



「───ふふッ!」


 スペルビアが突然顔を上げ、鋭い眼光を蒼子に突き刺す。それと同時に吹き飛ばされたスペルビアの左腕が急速に再生していく───


「再生───!?」


 反射的に距離を取った蒼子が背後にいた将真の体を片腕で抱き抱え、そのまま後方へバックステップを繰り返した。



「ほう、いい判断だ、悪くない。生憎私も起きがけでね…本調子じゃないのだが、君もその様子だとまだ上があるのだろう?今やり合うのは面倒だ──────」


 スペルビアがゆっくりと宙に浮き上がりながら後退していく──────それに対し蒼子は無言を貫き、ただただこの場から退場を試みるスペルビアを見守っていた。蒼子もまた未知数の戦力を有する相手と戦う事を断念したのだ。


「それでは、これで失礼するよ。それと───


 ───七幻教を探すのは結構だが、悪魔を頼りにする事だけは止めておく方が身のためだと思うよ。そんな事をしていたら───


 ───君ら、…。そんなんじゃ七幻教には永遠に辿り着けない…。」




 周囲の風景が、蠢いていく。それと合わせてスペルビアの姿も曖昧になる。


 およそ5秒程して、蒼子と将真を囲う風景は先程と同じ草木に囲まれた山林地帯へと戻っていた。




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