Code:Mind

幸村 京

Prologue

魔柱顕現

 ───これは、とおいとおいむかしのおはなしです。

このほしに、かみさまとばれるかたがたがおまれになりました。


 ───かみさまたちはそのけんのうを使つかい、広大こうだいみずたまりのうえおおきなおおきな地面じめんをつくりました。


───これで、これからまれてくるみんながいきてゆけるね!それから草木くさきや、かわ用意よういしよう!みんながよろこんでくれるように、おおいそぎでじゅんびしなきゃ!


かみさまたちはおおいそがしでじゅんびをしました───それからしばらくして、ちいさないのちがうまれると、かみさまたちは大よろこび!


やったー!やったー!


かみさまたちはそのいのち大切たいせつ見守みまもることにしました。


 ───しかし、うまれたいのちたちはたがいにころしいをはじめました。これにはかみさまたちもビックリしました。


あらそったことにおどろいたのではありません。きるためあらそうということが、かれらにとってはそうていがいだったし、とてもかなしかったのです。


 ───かみさまたちはなやみました。なやんだうえで、ひとつの希望きぼう見出みいだしました。


 ───みんなが、みんなのなかを、ることができたら…おたがいの気持きもちをつめえたのなら───



 ───かみさまは、ある権能けんのうし、えらばれた一族いちぞくに「こころえるちから」をあたえることにしました。



 ───それが、アマテラスの秘宝ひほう───


 ───のちに、そのちからっているひとびとから、ばれるようになった───こころ見通みとおし、こころちからえる権能けんのうのことです。




───童話 「神さまのうた」より一部抜粋。

 ──────────────────────


「チッ───!」



 またハズレか。



 超常的な現象の相談依頼はここ1年半で確実に増加した。だがそのどれも結局はブラフで、依然として手掛かりを掴むには至らない。


 2011年3月11日───一部地域を中心にこの国に甚大な被害を齎したあの震災は、世間にとっては文字通り最悪の出来事だったが、この女───青峰蒼子アオミネ ソウコにとってはあれ以来僅かながら収穫が続いた。調査が大きく前進した訳では無いにせよ、停滞し続けた状況が多少なりとも前進を見せた事は責務を考えるのであれば喜ばしいことだ。ただ…失ったものの重さを考えると素直に喜ぶ事が出来ないのがネックではある。


「とりあえず今日は帰ろうぜ、報告書もまとめなきゃだろ?蒼子。」


 蒼子の一歩後ろを歩く少年が、少々くたびれた様子で彼女に不機嫌そうな声をぶつける。


「あぁ、そうだね。想像以上に足元が悪かった。これ以上は私の運転する体力まで持っていかれそうだ。」


 少しだけ眉間に皺を寄せ、黒い前髪を掻きあげる。こんな場所に行くとしても身なりは整えたいと思って丁寧にヘアアイロンでセットした前髪が抵抗するように元の位置に戻ると、2人は踵を返し、草木を蹴った音をたてながら足元を確かめる様に坂を下ろうとした───



 ───その時だった────



「──────待て!将真!」



 蒼子は相方兼弟子である少年───菅生将真スゴウ ショウマを呼び止めた。背後に違和感…もとい不気味な冷たさを感じたからである。


「ん──────?」


 蒼子は恐る恐る、将真と呼ばれた少年は平然と。2人は背後を振り返った。



「おいおいあったぞ……あれは…───。」


 2人が確認した位置より少し奥の方で、草木に埋もれた土の中から僅かながら禍々しいモヤが立ち上っている。蒼子は切れ長の目を見開いて一目散にモヤの方へ走った。


「あっ…待てって蒼子!」


 将真が蒼子を制止しようとしたが、蒼子は一目散にモヤの位置まで駆けており───



「ようやく…ようやく見つけた……これで……──────



 ──────8年間止まっていた時間が……ようやく動き出す…!」


 無我夢中で草木を掻き分け、手を泥まみれにしながら蒼子は反応の元を探す。将真は一抹の不安を抱えながら彼女の背中を追いかけている。



「はぁ…はぁ………───


 ───あった………悪魔の痕跡だ……。」



 肩で息をし、手を膝につく。額から汗が頬を伝い、もみあげを濡らした。蒼子は体力はある方だが、正直もうメンタルの方が疲れ切っている。


 ぼんやりと紫色に光るモヤを眺める蒼子の喜びの一方で、将真はそれを見た瞬間悪寒がした。


「蒼子が探してたのって……これか……?」


「あぁそうだとも…悪魔の痕跡……早速調べ──────」



 ───蒼子の言葉を目の前の異変が遮った。



 ぼんやりとしていた昏い光が、徐々に光量を高めている。



「ヤベェ……これってもしかして………──────



 ──────あの時の………!」


 将真にはその光に心当たりがあった。彼の脳裏には今、思い出したくも無い過去の出来事が蘇っている。



 中学二年の終わり。親友だった男から現れた、信じ難い脅威。


───が、周りを使い、自分を貶め、挙句大切なものまで奪おうとした───思い出したくも無い過去の出来事を。



「蒼──────!」


 少年がその脅威を伝えようとした時には既に遅かった。


「離れろ少年!!!!」


 蒼子が反射的に将真を突き飛ばす。しかし───



 小さかった紫色のモヤは、急激にそのスケールを巨大化させ、蒼子達の周囲を覆っていく。





 栃木県真岡市のはずれにある山林地帯───到底人の踏み入れる事はないであろう地域に、2人の男女が足を踏み入れていた理由───


 ───彼らは、悪魔を追っていたのだ。




 記録──2012年10月14日(日) 17時34分。





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