Acte 2-16
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定期演奏会までニ週間、吹奏楽コンクールまであとひと月残すところ、M高校吹奏楽部では月に一回行われるプロの講師を招いての合奏をしている。昨年行われた吹奏楽コンクールでは金賞はかろうじて獲れたけれども、全国への切符は叶わなかった。東京の吹奏楽部は溶接された鉄板のように層が厚く、これを超えるにはもっとがむしゃらな練習が必要だ。
今日の合奏の講師は音大卒の速水という先生で、絶対音感を持つピアノ奏者だけあって音程やピッチをかなり厳しく手直ししてくる。一に和音、似に和音、三四なくて五に和音。講師の理想とするものはとろけるような和音であり、そのイメージへ辿り着くまでが大変だ。早朝から夕方まで弁当を持参しての全日練習であり、終わったあとは気力も神経も耳も口も擦り切れるほどにヘトヘトになる。はあやっと帰れる、とフルートを片付け終わった矢先に面倒な用事が舞い込んだ。職員室で顧問の的場先生が呼んでいる、と後輩が遥香に伝えてきたのだ。時間は夜の七時に近い。帰宅できるのはもうちょっと先か。ふうと肩で大きくついて、的場先生の元へ向かう。
「あの、先生、用件って」
「ああ、浅尾さん」と、七三分けにされた大きな額が遥香に向き合った。
的場先生は歳が三十代前半というところか、数学教師ながらも数字から離れた和菓子のような癒しの雰囲気を持っていて、トバヤンという愛称で女子たちからの人気は割合高い。普段は真面目なくせして演奏会では性格が一変し、踊るような指揮をしたりコスプレをしたりと妙ちきりんな方面へ振り切ってしまうこともある、根っからの吹奏楽パフォーマンス大好き人間である。
「今日の速水さんの音合わせ、どうだった?」
広い額に横皺を作りながら的場先生は問いかけた。
「結構絞られました」と、厳しい指導に苦笑いしかない。
「だろうね」と的場先生は相槌を打った。「吹いてる方は大変だけど、あの指導があるからこその金賞なんだよねえ。実際うちだってそうだし。万年銀賞レベルだったここの実力が上がったのは、あの人の熱意ある指導の賜物だ」
そうですね、と遥香も同意する。
「それで用件のことなんだけど」と、先生は顎に手を遣りながら、
「来年二月の定期演奏会のプログラムね、もう一度フルートのソロがある曲をしたくてさあ、是非とも君に任せたいなって思ってる。浅尾さん、どうかな。やってくれる?」
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