Acte 2-8
「へえ、でも浅尾先輩なら大丈夫っしょ。きっとオーディション受かりますよ」
「まさか……」
遥香はふるふると首を振った。
「先輩たち、ほんとに上手いから無理だよ。でもやるだけやってみるよ。亮くんに言われたら自信が出てきた、ありがとう」
桜の花が満開になったような微笑みが亮の方へと向けられた。遥香の周りで花びらがひらひら舞い落ちる。そんな妄想をする自分にげんなりする。眼鏡の縁で彼女の笑顔を遮断してフォークに突き刺さったシューの皮をかぶりつく。シュークリームは本来の形を失って、大量のカスタードクリームを皿にダラダラ流していた。プロのパティシエだったらもう少し食べやすい工夫をしろ、俺の方が巧く作れるなどと八つ当たりに近い感想ばかりが頭に浮かぶ。
「それよりお二人とも、店を出た方がいいですよ。他のお客がいるみたいだし」
店の外ではすでに客が何組か並んでおり客の入れ替わりを待っている。二人はじゃあまたねと挨拶を残して、そそくさと店を出ていった。
ようやくこれで一人になれた。シューの残骸をフォークで丁寧に掬い取る。遥香の笑顔がふいに脳裏に蘇る。柔らかな微笑み。バニラビーンズの香り。胸にわだかまる不穏な騒めきが静まりゆく。
落ち着こう。忘れよう。彼女のことはこれできっぱりお終いだ。
会計をすまして外に出た。ケーキの味はなかなか満足のいくものだった。完璧だと名前で主張する店の面目は一応立っているようだ。店の外観を写真に残してこれで今日の任務は無事終了となる。さてそろそろ帰ろうと駅の方へ向かおうとしたとき、向こうから走ってくる女性の姿があって唖然とする。
遥香だ。なんで。先ほど別れたばかりなのに。
「亮くん、よかった、まだ店に残っていてくれて」
遥香は大きく肩で呼吸して息を整えた。随分と走ったのか、額から汗が滲んでいる。
「どうしたんですか。田子山先輩は?」
「
伝えたいこと、という何某かの事案に浮つきながら、いやいや絶対ないよなあとその期待に諦める。遥香は息を整えて額の汗を指で拭い、乱れた髪を手で梳きながら亮と並んで歩きだした。
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