Acte 2-6

 全くこの人は相も変わらず失敬な。「見た通り一人です」と、つんと澄ます。「別にいいでしょう。男だって一人でもケーキは食べたくなりますよ」

「ごめんごめん、悪いこと言っちゃった」という言葉に反して悪びれる様子を全く見せないのがまたもや腹立たしい。田子山先輩はその粗相に輪をかけて、

「暑苦しい髪型も相変わらずだよねえ」と、亮をずけずけと酷評しだした。「寝ぐせじゃないの、それ。ちょっとくらいは身だしなみにも気を配ったら? その髪で背中丸めておひとり様スイーツなんて、傍から見るとあまりにも寂しすぎるよ。シノッチの行く末がとても不安になっちゃうわ」


 くるんと巻き上がった髪を触ろうとする手を、首を傾けてさっと避けた。

「何で先輩が不安になるんですか。寂しいも何も、自分の勝手です。放っておいてください。容姿はともかく趣味にまでケチ付けられたくはないんで」

「あはは、やだなあ、ケチ付けるなんてことあるわけないじゃん。シノッチってさあ、他人に手厳しいときがあるよねえ。もうちょっとさあ、優しく振舞ってほしいなあなんて、私としては思うわけ」


 田子山先輩は出した手をブラブラと振りながら亮の言葉を軽くあしらった。自分のことを差し置いて何を今更、と亮は眉をひそめる。

 田子山先輩と遥香とは、中学時代の吹奏楽部で切磋琢磨した先輩後輩の間柄である。二人とも亮の学年より一つ上だ。楽器は亮がオーボエ、遥香がフルート、そして田子山先輩はトロンボーンで部長も兼任していた。背が高くて、足が細くて、顔も小さくて、厚みのある唇が男どものフェロモンを大いにそそるであろう彼女の魅力は、限りなく短いショートヘアと意味なく穴の開いたジーンズと賑やかなその喋りとで、悲しいくらいにきれいさっぱり失われている。あっけらかんとした彼女の性格は金管の開放的な音色のイメージそのまんまで女子部員には何かと頼りにされていたようだが、亮には彼女の良さがさっぱり理解できない。どちらかといえば、まともに相手をしたくないというのが本音である。


 亮はシューに突き刺さったままのフォークに力を込めた。硬めのシューの皮に穴が開き、ざくりと小さく割れて崩れ落ちる。

「俺、まだ食べてる最中なんでもういいっすか。先輩たちも忙しいでしょ」

 煩わしい以外の何物でもないこの会話をなんとかして終わらせようと、丸めた背中を彼女に向けて煙たがる素振りを滲ませるものの、

「なんで、忙しいなんてことないよ」と、田子山先輩はけろりとしたものである。

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