Acte 2-5

 注文したケーキは三種類。オペラフランボワーズ、ガトーフレーズ、シュー・ア・ラ・クレーム。注文に来た女性の店員は、三つ一気に注文しようとするただ一人の男性客に関心を寄せることもなく、淡々と注文を取る。


 程なくして三つのケーキが亮のテーブルに運ばれた。美しく何層にも重なる木苺色のケーキと正方形に切られたイチゴのショートケーキ、それに粉砂糖を雪のように降らせたシュークリーム。


 三種類のケーキの彩りを目で堪能し、光加減に注意しつつ写真を撮り、写り具合を液晶画面でチェックする。色目、採光バランス、ぼかし具合。脇役となるフォークと皿の位置だって重要だ。オペラフランボワーズとガトーフレーズを断面の形が崩れないようフォークで慎重に切り取り、それもまたカメラに撮る。それぞれ一切れずつ口に含み、味と香りと食感を舌と鼻腔に届かせて分析した結果をスマホに残す。



 オペラフランボワーズ:ビスキュイ生地にフランボワーズのジャム、スポンジ、ムースが交互に重なっている。トップにはホワイトチョコとラズベリーが飾られている。深みのある芳香は、ビスキュイ生地にバラの香りをしみ込ませているとのこと。ホワイトチョコの甘みをベリーの酸味が包み、上品な味わいとなっている。


 ガトーフレーズ:ジェノワーズに蜂蜜が入っている。層を減らしてスポンジを厚めにし、コクのあるスポンジの長所を存分に活かしている。フルーツは季節ごとに変わるようだが、今回はイチゴを使用。さっぱりとしたクリームとの相性が良い。



 インスタは使わない。誰かに紹介するとか自慢するわけでもないんだし、インスタフォローの遣り取りだってなにかと面倒だし、食事記録アプリで簡潔に残す方が自分の性に合っている。感想を一通り書き終えてから残りの部分にも手を付けた。


 中学生の頃、ケーキをたらふく食べてみようとクラスの友人を誘ってカフェ巡りをしたことがある。いつもカレーパンか菓子袋かコンビニで買ったホットチキンを片手に持っているような、食い意地の張ったやつだった。とにかくたくさん食べようぜと安っぽい店ばかりを選ぼうとする彼とは、食への拘りが元から違う。亮がケーキに求めるものはその小さな世界に凝縮されたパティシエ職人の信念と哲学だ。食よりも先に研究、研究また研究である。味と質を究極の次元へと昇華させるためにどこまでの努力を成しえたのか、気になりだしたら止まらない。その探求心と執着心が異常なほどに強すぎる。亮が一口食べる間に、彼はケーキを二つぺろりと平らげている。画像を撮り記録を残し丹念に味わいつくす亮の食べ方に彼は目を丸くするほどに感心し、心底辟易していたようだった。

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