第95話 暗殺者の悲哀【ざまぁ】
カチン。
俺が太刀を納めると、はらりと地面に真っ二つになった矢が落ち、線香のように赤い光を放って燃え尽きる。
「バカなっ!!!」
微かな声が木の上からしたような気がする。
「よくも私のトウヤを傷つけようとしたな!」
ゼル姉さんは漏れた声を聞き逃さなかったようで、矢が放たれた方向に向かって透かさず反撃に出た。
さっきまで俺に甘えるような表情と依存するような声色は消え失せ、殺意に満ちた顔つきのゼル姉さんがいる。彼女は無詠唱で炎の魔法を放ち、弓に矢を
「わっ!?」
火球が見えず、突如として弓が燃え上がったことに驚いて、弓使いは仰け反り、陣取っていた木の枝から転げ落ちてしまう。尻を強打してしまったのか、フードをかぶった弓使いは手で患部をしきりにさすっていた。
グラスランナー!?
弓使いがおしりをさすっていると、フードがずり落ち、エルフのように長くはないが尖った耳が露わになっている。顔立ちはまるで女の子のようにかわいらしいが、俺たちを射殺そうとしていたので油断は禁物だ。
「どうだ? 私の【
「ひっ!?」
ゼル姉さんは小柄な弓使いの顔面を片手で掴み、持ち上げた。
「イタタダダダダダダーーッ!!!」
グラスランナーは足をジタバタさせ、必死でゼル姉さんの腕を叩いたり引っ掻いたりしているが、ゼル姉さんの握力が弱まることはない。
ぽかぽか叩こうとしている、まるで子どもと大人の喧嘩である。
「か、顔が潰れてしまうぅぅぅぅーーッ!」
「ゼル! それ以上は良くない!」
「トウヤ、止めるな! こいつは私たちを殺めようとしたんだ。それ相応の罰を与えなければならない!」
「罰って何様なんだよ、神にでもなったつもりか!」
「トウヤ! 私はそんなつもりで言ったんじゃない! ただ命で償ってもらおうと思っただけだ!」
「止めろ! それ以上やったら、俺はゼルを斬る!」
「おい! 本当にそんなことを言ってるのか? 味方の私じゃなく、敵であるこいつを庇おうっていうのか!?」
俺が太刀の柄に手を置くと、ゼル姉さんもいつでも抜剣できるよう構えていた。それと同時にゼル姉さんはグラスランナーの顔面を掴んでいた手を離している。
「ど、どうなってるんだ? だけど今の内に……そーっとそーっと……」
にらみ合い、一触即発といった雰囲気をグラスランナーは何事かと事態が飲み込めないでいたが、しばらくして隙を見てグラスランナーは逃げてしまう。
「トウヤのせいで逃げしまったじゃないか!」
「俺のせいだって言うのかよ! ゼルは大体やり過ぎなんだ」
俺たちからどんどん離れてゆくグラスランナーを見て……。
「ぷっ! 上手くいったな」
「ゼル、演技巧すぎるだろ。迫真すぎて、怖いくらいだった」
「いや……最初は本気だったさ。トウヤに矢が当たったりでもしたら心配で心配で……」
「あ、いや……ごめん」
「謝る必要はない。ちゃんと二人とも無事なのだから……」
そんなこんなでまんまと俺たちの演技に引っかかり、逃亡するグラスランナーから距離を取りつつ、追跡を開始した。
二時間ほど追跡しただろうか、グラスランナーは牧歌的な風景には不釣り合いな宮殿の正門を避け、裏口へと向かってゆく。
雇い主は案の定……。
「あら、随分と早かったのね。ちゃんと成功したかしら?」
俺たちが物陰に隠れているとピンク髪にツインテールという如何にもざまぁされそうな令嬢が現れた。
読み通りグラスランナーの雇い主はミランダ。
俺たちが見ているなんて思ってもみないのだろう……。ということで俺はある物をポケットから取り出していた。
文明の利器、スマホである。
俺がなろう系主人公であれば太刀など使わず、スマホ一つで無双するんだが、残念ながらそんな恩寵はないらしい。
電源を入れたスマホの時刻は狂いに狂ってるっぽいが気にはしない。撮影さえできればいいのだから。画面に表示された白ボタンを押すと、撮影中を示す小さな赤丸が灯っている。
「スゴいな……トウヤはそんな珍しい魔法も使えるなんて……」
「いや、これは魔法なんかじゃなくて、誰でも使えるから」
隣にいるゼル姉さんが俺の真横に顔を寄せ、スマホに興味深々だ。俺はゼル姉さんのたわわを押しつけられ、珍々してるけど……。
ここは慎重に慎重に、と思っているとゼル姉さんのスキンシップは過剰になり、慎重どころか珍長してしまっていた。
いやそれより今はグラスランナーとミランダだ。
ミランダはグラスランナーの報告を訊いた途端に即決していた。
「失敗したですって? はい、死刑」
「は? そんなっ!!!」
グラスランナーはミランダの従者たちに両手両足を拘束されてしまう。
―――――――――あとがき――――――――――
※グラスランナー≒ホビッ○
商標とか著作権とか大人の事情でそのように書かせていただいております。
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