第93話 絶対に笑ってはいけない令嬢【ざまぁ】

「なんで開けられないのよ! 誰か出てきなさい!」


 突如、俺たちの前に姿を現したパワハラ令嬢。歩哨についていない兵士たちはすでに眠っていたり、休憩に入っているというのに実に騒がしい。


「はあ……」


 世界が違おうがパワハラ、モラハラ上司というものは常に存在することに思わず溜め息が出ていた。この手の輩は叩き起こしたせいで、兵士たちの体調が悪くなろうがお構いなしに解雇するに決まってる。


 俺が窓際にいてるとゼル姉さんがやってきて、外を見た途端に強く拳を握り締めていた。


「あいつ! またドグマに無理難題をふっかけようとしてるな!」

「知ってる奴なのか?」


「ああ! ゼーコック伯令嬢ミランダだ。伯爵も大概だがあいつはそれ以上に領民たちに酷いことする」


 ギリリっと歯が軋む音がする。ゼル姉さんが嫌悪する相手であるということは容易に分かった。


「ゼル、あれ!」

「ああ!」


 窓から様子を見ていると砦の内側に据え付けられた階段からドグマさんらしき人物が降りてゆく。


「トウヤ! 鍛錬はまたあとだ! いまはあいつにガツンと言ってきてやる」


 ゼル姉さんはポールハンガーからマントを取ると手慣れた仕草で纏った。部下がクレーマーに絡まれると見るや即断即決で守りに来てくれたりしたら、性別を問わず……。



 惚れるだろ。



「トウヤは先に寝ていてくれて良かったんだぞ」

「ゼルに案内してもらっているんだ。ゼルになにかあったら、俺が困る」



 頼もしいゼル姉さん


「私は領主の娘なの! ドグマ、そこを分かっているの?」

「存じておりますが……夜間の開門は伯爵さまから固く禁じられております」


「ドグマ! あなた、パパか私か、どっちの味方なのよ?」

「そんな、どちらもなにも……」


 答えあぐねているドグマさん。そこへゼル姉さんは何の躊躇もなく介入する。ドグマさんはゼル姉さんを崇めるように見た、まるで救いの神が現れたように。


「性懲りもなくミランダは領民いじめか」

「ゼルっ!? なぜ、あなたがここへ?」

「ちょっと付き合いでな」

「監察官を辞めたあなたの出る幕じゃなくてよ。それに爵位はパパの方が上!」


「はは! 将軍職が監察官を兼ねていることを忘れたのか? いや不勉強と言うべきか? お子ちゃまのミランダちゃん」


 ゼル姉さんは無駄に縮地のような絶技を繰り出しながら、ミランダのおでこを指で弾いた。


「痛っ! こんな無礼を働いて、パパに言いつけてやるんだからっ! って、あなたみたいに男から相手されない女に腹を立てた私が馬鹿でしたぁ」

「んん?」


 激高していたかと思ったミランダだったが、口角を広げて、いやらしい顔つきになる。


「あなたみたいな暴力女に恋人なんかできるはずないですよねぇ? その点、私みたいにぃかわいい愛され天使はモテモテなんですよ! 昨日なんて婚約者のルインさまからすぐに会いたいってお手紙をもらっちゃいましたぁ!」


 痛い。


 実に痛い……。


 自分のことをかわいいなんて言ってしまう女子は間違いなく地雷だ。地雷系女子のように実はいい子だったなんてパターンはほぼない!


 政略結婚とはいえ、こんな令嬢と婚約させられた令息が不憫でならない……。いや似た者同士という線もあり得るか。


「トウヤ、済まない……」


 俺の肩に触れたゼル姉さんが耳元で囁いたかと思ったら……。


 ゼル、なにを!?


 そう口にしようと思ったときには彼女に俺の唇は奪われ、口は塞がれてしまっていた。


 まるで遠距離で数週間ぶりに再会した恋人同士が交わすガチキス……。


 半開きになった俺の口へゼル姉さんの舌が入ってきて、強制的に唾液の交換が行われてしまっていた。


 ゼル姉さんはキスしながら、ちらちらとミランダに目線を送り幸せカップルムーヴをかますことを忘れない。


 ミランダは婚約者と上手くいっていないのだろうか?


 俺とゼル姉さんの情熱的なキスシーンをまざまざと見せつけられ、半泣きになってしまっていた。


「わ、私だって……私だって……それくらい、で、できるんだからっ! あなたたちに見せつけて……」


 どてっ。


 彼女は相当焦っていたのか、スカートの裾を靴で踏んづけてしまい、顔面から地面にダイブしてしまう。


「誰っ!? いま誰か笑ったでしょ! 素直に言いなさいよ!!! 笑った奴は解雇してやるんだから!!!」


 周りにいた兵士たちは絶対に笑わない24時のように必死で笑うのをこらえていた。


 しかし!


「あーはっはっはっはっ!!! ミランダ、おまえの顔は泥の化粧が施されていて、ずいぶんとかわいく見れる顔になったじゃないか! いやお肌パックの間違いだったかな? 済まん、済まん」


 ゼル姉さんがミランダを指差しながら、腹を抱えて笑ったことでドグマさんたち兵士の我慢は限界を迎えて、みんなでミランダを笑い飛ばしてしまう。


「か、勘弁してください、ミランダ……さっまあーはっはっはっはっ!!!」


 判定! あんな泥塗れの顔を晒したミランダが悪い!


「お、覚えていなさい! あなたたちには絶対に報復してやるんだから!!!」

「お、お嬢さまぁぁーーーっ」


 まるで三下の悪役が捨てゼリフを言い、おめおめと逃げ帰る様子に俺はなんだか溜まっていた腹の虫がすっと降りたような気がした。


―――――――――あとがき――――――――――

寒い……。本当に5月なんでしょうか? まだ3月だったりしたらうれしいですけどね。作者、ようやくヴァイレットエヴァーガーデンの上下巻を読み終わりました。京アニは原作とアニメは違うとは知っていたのですが、差異があったことに驚いています。

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