第89話 素材集め
逸る気持ちからか俺は道も知らないのに馬を駆り、ゼル姉さんより先行してしまっていた。三叉路に差し掛かり、左の道に進もうとすると首が後ろに持っていかれそうになる。
「あっちだ、トウヤ」
「ああ」
振り返るとゼル姉さんが俺の後ろ襟を掴んで呼び止めてくれていた。
「……トウヤが私の下から去ってしまうと思ってしまったじゃないか……」
「なんか言った?」
ぼそぼそとゼル姉さんはつぶやいていたが馬の呼気でかき消されてしまう。
俺が気になり、聞き返すと……。
「なんでもない! 左に行くとSS級モンスターのクリスタルドラゴンの住処にたどり着いてしまうんだからな」
ゼル姉さんはぷいっと拗ねたようにそっぽを向いて、馬の進路を右に取って進んでいった。
「私を女にしたくせに……鈍感な奴め……」
俺がゼル姉さんに追いつき、馬を並べるとゆっくと身体を俺に預けてくる。
えっと……これって、デレてると思っていいんだろうか?
そう思っているとゼル姉さんは何かを見つけたのか、手綱を握り先行する。
「やはり私が先にゆく」
ゼル姉さんが振り返りながら、俺を手招きしていた。彼女の案内で帝国の領内を進んでいる。
「どこに向かっているんだ?」
「ゼーコック辺境伯領だ。そこは帝国でも指折りの鉱山を抱えている。私のレーヴァテインもそちらで産出された希少な金属を用いて、打たれた物らしい」
森の木々に囲まれ、適度に広い場所についたところでゼル姉さんが提案してくる。
「まだゼーコック領まで一日ほどかかる。今日はここで野営しよう」
ここをキャンプ地とすると決めたところで、幕営用の杭打ちもそこそこにゼル姉さんは立ち上がりながら言ってきた。
「暗くなる前に食料を確保しよう」
ゼル姉さんは俺の耳元でささやく。
「トウヤ、向こうの茂みからこちらに向かってきてくれ」
「ああ」
茂みから逃げるように飛び出してきた黒い影が見えた!
「【ニードルアロー!】」
ゼル姉さんは待ってました、とばかりに光魔法を唱え、黒い影に向かって指先から放つ。黒い影に光でできた針が貫通し、その勢いのまま地面に突き刺さる。
黒い影はピクピクとしばらく痙攣していたが、やがて動きを止めた。おもむろにゼル姉さんは黒い影の亡骸の長い耳を掴んで俺に見せる。
「ブリビニアというウサギだ。美味いぞ」
石を並べた簡易的なコンロに集めた枯れ草と薪を置いて、魔法で着火した。
「ゼルは意外と料理ができるんだな」
「意外とはなんだ! 私は母と死に別れてからは自分で家事全般をこなしてきたのだ。そこはお嬢さまなメルフィナとは違うぞ。私は家庭的だ……」
家庭的というか腹から切れ込みを入れ、豪快にウサギの皮を剥いでいるところを見るとワイルドにしか思えない。
「……そして夫には尽くそうと思う」
さっきからちょいちょいゼル姉さんの惚気たつぶやきが聞こえてきたような気がするが、フクロウなどの鳴き声が空耳に聞こえてしまうんだろうか?
そうこうしている内にゼル姉さんは馴れた手つきで腑を除くとウサギに串状にした棒を差した。火起こし担当の俺が集めた薪に魔法で着火するとくるくる回しながら焼いてゆく。
俺は素材集めの旅に出る前にとある物を用意していた。
「美味い調味料があるんだが、付けていいかな?」
「なんだと!?」
「いや……なのか?」
「そうじゃない、トウヤの国の食べ物は美味すぎる。だから好きにしてくれ」
ゼル姉さんの了解が得られたので、俺は刷毛で調味料をウサギの肉に塗ってゆく。
「なんだ!? この香ばしくて甘くて美味そうな薫りは!?」
「ああ、しょうゆっていう俺の故郷の調味料にはちみつを混ぜてみたんだ」
この世界の食べ物は素材としてはかなり美味い物が多い。だが塩中心の味つけがほとんどで、しばらくすると飽きてしまうのが難点だった。そりゃ塩ばかりなら、パリピーターンの魔性の粉にはまってもおかしくない。
「は、早く食べたい!」
「まあ待ってて」
軽くパンを炙り、水分が飛んだところでナイフで切れ込みを入れ、ウサギ肉と茹でた葉物野菜を挟む。さながらウサギ肉の照り焼きバーガーといった感じだ。
「いただきます!」
「い、いただきます……」
俺の仕草まで真似るゼル姉さんと一緒にパンにかぶりついた。
「なっ!?」
「う、美味いっ!!!」
照り焼きによりウサギの肉汁が閉じ込められ、噛むとパンに旨味が染み渡る。それだけじゃない、臭みがあるんじゃないかと思ったが、鶏肉よりも柔らかくて上品な味だった。
「くうーーっ! 塩気だけじゃなく、なんと言ったらよいのか……ワインとはまた違うコクがある……トウヤの故郷の調味料……恐るべしだな!」
あまりにも美味く、ウサギ肉バーガーをいくつも作って、舌鼓を打っているとすぐにウサギ肉はなくなってしまった。
「これでエールがあれば最高なんだが……」
「まあ旅だから仕方ないって」
「そうだな、またウサギを捕まえて、一杯やろう!」
「だな!」
なんて話ながら、食事を済ませると俺は、ゼル姉さん曰わく、帝国が誇る
「トウヤ、おやすみ」
「おやすみ、ゼル」
俺に媚薬を盛るほど情熱的なアプローチを見せたゼル姉さんだったが、今晩は妙に大人しい。まあ旅の途中だから体力を温存するつもりなのかもしれないな、と勝手に理由をつけ、俺は眠ることにした。
だが翌朝のことだった。
「はぁ、はぁっ、あっ、トウヤ……す、スゴいぃぃ……」
「ゼ、ゼル……なにをしてるんだ?」
「はっ!? こ、これは、たっ、たっ、ただのスクワットだ。毎日の鍛錬が欠かせないからな。トウヤにはこれがそれ以外に見えるのか?」
朝、元気になっている下半身の上でスクワットとしていると言い張るゼル姉さん。確かに手を頭の後ろに組んでいることはいるのだが……。
先日のように誘ったり、襲ってこないと思ったら冗談じゃない!
―――――――――あとがき――――――――――
やっとデスマなGW勤務も終わり、平常運転が戻ってまいりました。とりあえず家で本を読みながらゴロゴロしてやろうと思います! まあまた明日から勤務なんですけどねぇ……。読者の皆さまは良いGWを過ごされましたか?
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