第87話 鍛冶師対決

 大司教は拳を握りしめ、不満を口にする。


「私は陛下をお諫めしたというのに聞き入れてもらえなかったことが悲しい。あのダークエルフの女狐めを四魔将に据えるなど、猛反対したというのに……。あの女狐は陛下の寵愛をいいことに好き放題した上に恩ある帝国を裏切り、王国に寝返ったのですぞ!」


 ちょっとセルフィーヌに同情した。パワハラ上司メスガキに加え、こんな差別主義者と一緒に仕事をさせられれば、寝返りたくもなるだろう。


 今ごろ工房でパリピーターンを摘まみながら、ごろごろしてるんだろうけど……。


「大司教殿はどちらへ?」


 ゼル姉さん曰わく、大司教はほとんど皇宮に顔を出すことはないようで、なにか要望があるときだけにメスガキに許可を取りに来るらしい。そんな大司教と出くわしたことでゼル姉さんは彼の行動を訝しんで訊ねたと思われる。


「ええ、我らが母たるユフィアの啓示がくだりましてな、その啓示が正しいことを証明しにゆくのですよ」


 この大司教という男……若いくせに妙に年寄り臭い喋りをする。


 こちらの世界での人権意識の標準の感覚は推し量りがたい物がある。だけどゼル姉さんが大司教に向ける眼差しや態度を見る限り、大司教がヤバい奴であるということは外部の人間である俺にも手に取るように分かった。


 こいつは碌でもないことを実行しようとしていると……。


「そうですか……。では女神ユフィアの加護が得られんことを……」

「ゼルさまとご婚約者さまにもユフィアの加護が得られんことを祈っておりますぞ。では失礼」


 大司教は信徒たちを引き連れ、俺たちと別れた。不穏な空気を醸し出しながら。



 俺の身長の二倍くらいはありそうなくらい大きな観音扉の前に来た。その前で警護する兵士たちはゼル姉さんと目が合うと即座に敬礼している。ゼル姉さんが敬礼を返すと兵士たちは重そうな扉を額に汗しながら扉を開けた。


 色々ポンコツなところはあるが、ゼル姉さんは兵士たちには慕われているらしい。


 玉座の間に入ると玉座に向かって瀟洒な赤絨毯が続いている。その先には左の肘かけにもたれ、不機嫌な顔でこちらを見下げるメスガキがいた。


 ゼル姉さんと共にメスガキの玉座に歩み寄る。メスガキは親骨に螺鈿細工の施された扇子を俺に差し向け、眉間に皺を寄せながら言い放った。


「余がわざわざ雑魚で無能のおまえを呼んでやったというのになんじゃ、その嫌そうな顔は!」


 朝っばらから皇宮に呼び出され、いきなり年端のいかないメスガキに罵倒と叱責を受ければ、誰だって嫌な顔の一つくらいはしたくなる。


「そんな嫌そうな顔してますか? 元々こういう顔なんですが、お気に障ったら仕方ないですね」

「ぐぬぬぬぬ……余をバカにしおって! そのつけ上がった鼻っ柱をへし折ってやるのじゃ! アッセン、彼の者を呼ぶのじゃ!」


 フレッド殿下のように聡明な方なら俺はよろこんで頭を下げる。だが……メスガキのように明らかに人を見下し、人を敬う気持ちのない者にこうべを垂れるのは我慢ならない。


 別に態度を悪くしようと思っているわけではないが、つい顔に出てしまったようだ。


 だが俺とは違い、メスガキに従うことを歯牙にもかけない奴はいる。その代表と思われる摂政のアッセンは恭しくメスガキに跪いていた。


「御意に」


 メスガキの命を受けたイケメン摂政が気障ったらしい仕草をする。アッセンがパチンと指を鳴らすとあの大きな扉から壮年の男性が現れた。


 ドワーフではなさそうだが鍛冶師を名乗るだけあり、がっちりとした足腰にずんぐりした胴体、目つきは猛禽類のように鋭い。


 アッセンは壮年の男性を鼻を鳴らすように紹介を始める。


「我が帝国が誇る宮廷鍛冶師キッテルだ! どうだ、畏れ入っただろう?」

「誰です? そちらの方は……」

「なっ!? キッテルを知らぬだと!? あのキッテルだぞ!!!」


 俺の素直な返答にアッセンは焦ったように驚いていた。どうも壮年の鍛冶師のネームバリューでビビらす意図があったらしい。しかし俺は異世界の人間なので、彼がいくら帝国で名が通ろうが知らない物は知らないのである。


「ずいぶんと若造だがオレと張り合おうってか? 流石に陛下のご命と言えど、冗談がきつ過ぎて堪んねえな」

「キッテルよ、陛下の御前であるぞ。口を慎め」

「す、済みません……」


 なにかメスガキか、アッセンかに弱みでも握られているのか、注意を受けた鍛冶師は恐縮していた。だが振り返ると鍛冶師は俺の前に立ち、指で差してくる。


「負けた方が弟子になる! それでどうだ!」

「是非、それで!」

「ほほう、余程余裕があると見える……そのつけ上がった増上慢、この帝国、いやこの大陸一の鍛冶師であるキッテルめが叩きのめしてやるっ! 覚悟しろっ!!!」


 俺は増長などしていなんだけどなぁ……。俺の親父よりも年上で帝国一の鍛冶師というのであれば、学ぶことは多いはずだ! そんな師について学べるならよろこんで弟子になりたい。


 とうやら俺の学びたい姿勢は自信があるように誤解されてしまったようだ。まあ腕を試すつもりで巨匠に挑んでみようと思う。


―――――――――あとがき――――――――――

あの伝説のアニメ、ヨスガノソラをYou Tubeで配信していた勇者なチャンネルがあったそうですね。色々配慮の結果、中止になったようですが……。

作者も色々配慮しながら、カクヨムで健全な作品を書いていこうと思いますw

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