第86話 狂信者
――――路地裏の宿屋。
「ね、眠い……」
体感で二時間寝れたかどうか。
寝ぼけ眼をこすり、身体を起こすとベッドの周りには使用済みのゴムが散乱してしまっていた。それらはゼル姉さんと日影さんの中で果てた物。
まさか異世界に持ち込んだ大量のゴムが尽きてしまうなんて……。
「らんなしゃまぁ~! なかよひで、たねぇつけしれもいいのは、わらひらけれす~zzz……」
ベッドですやすやと寝息を立ていたメルフィナが声を出したので、ビクッとした。
「なんだ……寝言か……」
彼女は全裸なので風邪を引くかもしれない。そっと乱れた掛け布団を肩までかかるよう直しておいた。
それにしてもメルフィナや日影さんの貞操観念に頭を抱えてしまう。ゴムありならメルフィナの目の前で他の女の子と仲好ししても浮気にならないとか、泡のお風呂さんもびっくりな詭弁なんじゃないかと。
ただその詭弁のお陰で俺たちの仲が絶妙なバランスで保たれているのは間違いない。
仲好しする前に三人でこそこそと話していたことが耳に入ったのだが、どうもメルフィナがご懐妊するまで他の女の子と生でしてはいけないという協約が結ばれたようだった。
もうこの状況を受け入れざるを得ないと覚悟を決めたものの、身体が持つか心配になってくる。
左に目をやると思わず絶句した。
完全にアヘ顔を晒すゼル姉さん……そこには帝国が誇る四魔将の面影はなく、ベッドにうつ伏せとなり、おしりと背中を丸出しにして、上下の口から露を盛大に漏らすだけとなってしまっていた。
「しゅ、しゅごい……トウヤのありぇがまだおにゃかのにゃかにあっれ、あばれてりゅぅぅ~!!!」
そこで不意に漏れた彼女の寝言に、俺は申し訳ない気持ちを覚えてしまう。一服彼女に盛られたとはいえ、処女とは知らずゼル姉さんと激しく仲好ししてしまったのだから……。
一方、日影さんの姿が見当たらない。
起きて、彼女の姿を探していると書き置きを見つける。書き置きはじんわりと俺の胸を打った。
【トウヤさまに愛でられ、異国で最高の夜を迎えられたことをただただ感謝申し上げます。また私のような日陰者を抱いてくださる日を待ちわびております。それでは敵状視察に行ってまいります】
三歩下がって歩くを地で行く控え目な日影さんに……。
宿屋の主人に「昨晩はお楽しみでしたね」とお馴染みのセリフをもらったことで恥ずかしくなってしまう。うるさくしてしまったのかと思い、チップを弾んでおくと「またのご来店をお待ちしております」と笑顔で返されてしまった。
――――皇宮。
仲好しのあと、ゼル姉さんの邸宅に招かれることになったのだが、その途中で近衛兵たちに呼び止められそのまま皇宮へ送り込まれてしまった。
どうやら、あのメスガキが俺を何がなんでもぎゃふんと言わせたいらしい。
ゼル姉さんと皇宮の廊下を歩いていると白い祭服にミトラと呼ばれる五角形の帽子を被った男性と出くわす。彼の後ろには同じく祭服を着た男女の一団が控えていた。
先頭の男性は目が糸目で歳は俺より少し若いくらいだが、とても穏やかな笑顔でゼル姉さんに語りかけてくる。
「これはこれは……ゼル将軍。いつもご苦労さまです」
「大司教殿!」
大司教と呼ばれた青年の笑顔とは真逆にゼル姉さんの顔がみるみるうちに青くなっていった。
「そちらの方は?」
「私の……婚約者だ」
えっ!?
俺が何を言ってるんだ、とゼル姉さんに言い返そうとしたら、
んぐ~っ!
彼女に口を押さえられる。
『……私の処女を奪ったんだ……恋人になる責任は果たしてもらわないと』
心外だ!
『いやいや、それはゼルが俺に捧げただけなんじゃ……』
どちらかと言うと逆レイプに近いように感じたのだが……。
『それに大司教の前で不貞がバレれれば、ただでは済まない。ここはそういうことにしてくれ』
ゼル姉さんの真剣な表情を見るとあながち嘘では無さそう。俺はこくりと頷き、反論しないでおいた。
大司教はゼル姉さんに祝福の言葉を贈ったかと思ったら、ヤバそうなことを言い出す。
「そうですか、そうですか、ようやくゼル将軍にも春が巡ってきたということですね、素晴らしい! 夫婦和合し、異端のクローディス王国に神の鉄槌をくだされることを望んでおりますぞ……」
気になったのであとでゼル姉さんに大司教について訊ねようと心に決めたときだった。
「人は生きているだけで素晴らしいのです。人として生まれただけで完璧なのでございます。しかしですぞ! 獣人もエルフも実に醜い! 人は神を模して造られたというのに……彼奴らは不完全極まりない!!! それらを人間と同等に扱うなど、家畜と母屋で家畜を飼うと同じ! クローディス王国は狂っているのですっ!!! いまが彼奴らを根絶やしにする好機なのですから」
なるほど……こいつらの信奉する宗教がエルフ狩りに関わっていた可能性が高そうだ。じっくり事実関係を調べて、関わっていたなら……。
―――――――――あとがき――――――――――
GWの合間の休みに草刈りをしようと思っていたんですが、生憎の雨! 残念ながら作業が進みませんでした……。お家がジャングルになる前に刈り尽くしてやらねば!
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