第84話 悲劇のヒロイン演出
――――【優希目線】
「んんん……」
私……拉致されて……眠ってしまったんだ。
目を覚ましたものの、周りは真っ暗だ。目隠しされていたことを思い出す。手足を縛られていたと思ったんだけど、もう拘束されていない?
自由に動く手で目隠しを外すと意外なことに私はベッドの上にいた。それだけじゃない、部屋の四方の内、二つは開放感のある窓がはめられている。そこから辺りを見渡すと手前に東京タワーがあり、その先にスカイツリーが見えた。
大きなベッドには肌触りのよいシーツに、軽いのにふわふわの羽毛布団が敷かれており、部屋の調度品はどれも自己主張は控え目だが、一流のブランド品で統一されている。
どこかのホテルの高級スイートにいるのは間違いないようだった。
拉致されたはずなのになんで!?
よくあるパターンだと廃ビルに連れ込まれ、飢えた野獣みたいな男たちに酷いことをされてしまうのに……。
いいえ、まだ安心するのは早いわ。
持ち物は……。
う~ん、やっぱりバッグがなくなっていて、外に連絡を取ろうにもスマホがなかった。
きょろきょろと広いスイートルームを見回す。重苦しい雰囲気にならないように天板と脚しかないデスクの上やベッド横のサイドテーブルにも、電話機はない。
場所はなんとなく見当がつくのに……。
ガチャガチャガチャ。
連絡手段がない上にここから逃げ出そうにも、ドアノブを捻ってもドアが開く気配がない。電子ロックのようだけど、その鍵となるカードがカード入れにないのだ。
ドアノブを取った手から力が抜けようとしたときだった。ドアからウィーンと機械音がした。
まさかロックが外れた!?
私はドアの後ろで息を殺し、身を潜める。拉致犯たちが部屋に入ってきた隙に、脱走しようと画策したのだ。
「水野さま、失礼いたします」
案の定ドアが開き人が部屋に入ってくる。
えっ!?
入ってきたのはスカーフを首に巻いて、スーツとタイトスカートを身につけた女性だった。
ホテルのコンシェルジュじゃない!
どちらにせよ開かずのドアは開いた。確実に逃げられる自身なんてないけど、私は師匠の下に戻るのだ。
コンシェルジュは私がドアの裏に隠れているなんて思ってないのだろう、部屋の中で私の姿を探している。
「み、水野さまっ!? なにをっ!!」
私はまんまとコンシェルジュを出し抜いて、ドアを閉めた。ドン、ドン、ドンとドアを叩く音が響いている。
部屋を出ると赤い絨毯に絵画の飾られた廊下に出た。おそらく廊下の先にエレベーターがあり、そこからロビーに降りられれば……。
「なんでっ!?」
私の前には信じられない人がいたのだ。
「キミが水野優希さんだね?」
ん???
声も見た目も明らかに師匠なのに、わざわざ私の名前を確認する?
「あなたは一体……」
「ああ、俺か? 俺は伊勢刀磨、刀哉の父親だな」
「えっ!? 師匠のお父さん……?」
行方知れずと師匠から聞いていたのに、なんでこんなところに。
「あんたがいれば刀哉は必ず取り戻しに来る。そのときに俺か、刀哉……どちらが優れた刀匠か分かるんだ。悪いがあんたには見届け人になってもらう」
「見届け人? いいえ、私も協力しますよ、お義父さんの作刀に……」
「んんん? それは……」
「女っ気のない師匠をたぶらかし、私から師匠を奪った憎い女……いいえ、人外がいるのです。私はあの女から師匠を守り奪い返さないといけないんです。だから……どうかお義父さんの下で働かせてください」
「そうか、そんなことが……分かった。本来ならば俺一人で打つつもりだったが、あんたは刀哉の弟子だったんだ。言わば俺の孫弟子、いっしょに刀哉を驚かせる業物を打ってやろうじゃないか」
「はい!」
あはっ! やった!
これで師匠を越える一振りを打てれば、あのクソ女は斬り殺されて師匠は目を覚ますの。師匠は私だけのひとなんだから!
「俺が知る限り刀哉は鍛冶の神に寵愛を受けてるんじゃないかってくらい馬鹿げた才能を持っている。親父が小さかった刀哉を溺愛したのも頷ける。あいつは観察した刀匠の技術をそっくりそのまま盗めるんだ。いやその上を行くかもしれん……」
―――――――――あとがき――――――――――
決戦になるかもしれません。これを書いてる現時点で30日の23時半なんですが、翌日の11時にまたブキヤで予約戦争が開戦しそうです。結果は1日にご報告いたします。
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