第68話 師匠のたわわ

 俺の顔はムンクの叫びと同じようになっていたことだろう。


「ヤアァァァァーーーッ!!!」


 ジュリの両手持ちできる長柄のハンマーが打ち直したばかりのレーヴァテインに向かって勢いよく振り下ろされる。


 ダメだ! いくら鍛えたと言っても折れる!


 覚悟を決める間もなく、ハンマーはレーヴァテインのブレイド剣身に当たる。


 できたてほやほやでブレイクブレイドとか笑うに笑えねえ!


 ガッキーーンと火花が散り、金属同士がぶつかった甲高い衝突音が工房に鳴り響いた。


 しかし、なにかおかしい。


 ジュリはブレイドにハンマーを当てた反動で大きく仰け反り、腕が上がってハンマーが彼女の踵近くで地に着いてしまう。


 あり得ない。


 ジュリの臂力は並みの成人男性を遥かに凌駕するほど強いというのに……。それだけじゃなかった。


「なんだと!?」

「うそ……」


 ジュリの振り下ろしたハンマーは確実にレーヴァテインのブレイドを捉えていたが、傷ひとつついていなかった。


 さらに……。


「曲がってもいないなんて……どうなっている?」


 俺はレーヴァテインを手に取り、片目で刃が波打ってないか確認したのだが、結果に驚くばかりだった。


「ジュリ、試し斬りの準備してもらっていいかな?」

「う、うん……」


 ジュリは何が起こったのか把握できてない様子で戸惑いつつも、俺の要望に応じていた。



 ジュリたちが試斬用の巻藁を用意している間に、俺はレーヴァテインの研ぎを済ませ、騎士団の訓練場へ移動する。


「ありがとう、ジュリ」

「ごめんなさい……」


 準備してくれたジュリにお礼の言葉をかけると、彼女はさっきの俺の驚き様を見て、悪いことをしてしまったと頭を下げ反省していた。


 そんな彼女の頭を撫でながら、告げる。


「なんともなかったからもういいよ。でも次からはあんなことしちゃダメだからね」

「分かった……悪いことした分、トウヤにお仕置きされたい」

「そんなことしないから、安心して」


 深く反省しているジュリに俺が笑顔で答えると彼女は上目づかいでこちらを見ながら、なぜか残念そうにしていた。


「してくれないの? お仕置き……」


 なんで!?


 もしかして、お仕置きって叡智な方向のお仕置きなんだろうか……。


「えっと……今は忙しいからまたあとでなら……」

「うん、トウヤの太くて硬いもので、しっかりお仕置きされたい……」


 ジュリは珍しく頬を赤らめて、走り去ってしまう。やっぱり俺の想像通りのお仕置きなんだろうな……。


 気を取り直し、俺はレーヴァテインの柄に手をかける。ブレイドの長さは太刀より短いが、幅広く重さはレーヴァテインの方が重い。


 剣を担ぐように引き上げ、重力に従い振り下ろすとフラーの効果でヒュッと音を立て、空気を切り裂いた。


 悪くない。


 昔、師匠と交流のあったバケツヘッド倶楽部という西洋剣術愛好会で少し触っただけの西洋剣だが、日本刀にも勝るとも劣らぬバランスの取れた重心に満足が行く。


 続いて試し斬りをしてみたが……、ボテッっと鈍い音を立てながら、切れた巻藁が地面に落ちた。


『刀哉違うな、ちょっと貸してみ』


 それと同時に甦ってきた師匠の言葉。俺が西洋剣で上手く切れなかったときに師匠は声をかけて教えてくれたのだ。師匠は俺から剣を受け取ると事も無げに巻藁をスパンスパンと連続で叩き斬ったあと、 ニカッと白い歯を見せ笑う。


『あたしといっしょにやってみっか!』


 俺が師匠の剣技に感心していると、剣を俺に返し、二人羽織りのように師匠は後ろから手を添えてきていた。


『薫姉さん……恥ずかしいって』

『いまは刀哉の先生だろ、師匠って呼びなって』


 俺もそのときは多感なお年頃で、男勝りの師匠なのに彼女からは女性特有のシャンプーのいい香りが漂ってくる。それだけならまだドキドキするだけだったが、背中に当たるたわわの感触に俺は女の子は卑怯だと感じた。


『剣ってのは反りがない分、しっかり引いて斬らねえとなんねえからな』


 まさに師匠から手取り足取り教えられ、そのときは上手く巻藁を斬ることができたのだ。


『どうだ? いまの感覚を忘れんなよ』

『う、うん……』


 残念ながら俺が覚えていたのは師匠の香りとたわわの感触だけだったらしい。


 あーだこーだ、試行錯誤したのち、『引き斬れ』との指導を思い出した。斬ってみるとスパンッと快音が響き、巻藁が地面に転がる。


 初めて打ったけど、満足の行く仕事ができて充実感を覚えていた。


 いけねっ!


 俺はゼル姉さんが魔法剣士ということを失念していた。顧客の満足度を高めてこそ、シン・刀鍛冶を名乗れる。


「エルエスタ・パロ・フォン」


 レーヴァテインの柄を握り魔法を唱えた。するとまたルーン文字みたいな刻印が眩いばかりに発光し出した。


 魔法を吸収し限界を迎えたレーヴァテインの切っ先からズドンと魔法が放たれ、巻藁に向かって……。


 えっ!?


 巻藁を瞬時に消し炭と化して、駐屯所の壁へ当たるとぶわっと大きく広がる。


 あわわわわっ!!!


 炎は火災旋風となり騎士団の隊舎まで迫る勢いに本気で慌てた。


「エレメンタル・ウォーター!!!」


 そこへメルフィナが駆けつけてくれて、精霊魔法で火炎旋風を押さえ込もうとしてくれていた。


「ありがとう、メルフィナ……そしてごめん……」

「くっ、ぅぅっ、旦那さま……。火の勢いが強いで……す、手を握ってもらえませんか?」


 水の壁で火炎を封じ込めているが、水は火勢に負けてどんどん蒸発してゆく。手を握れば、どうなるか分からなかったが俺は彼女に従った。


「旦那さまに助けてもらった私が負けるはずがありません!」


 今度はメルフィナの身体が輝きだして、放つ魔法は勢いを増して、炎を津波のように飲み込み何事もなかったかのように炎と水は蒸散してしまった。


 あとには虹だけが残っていた。


「旦那さま! 虹が!」

「ホントだ!」

「綺麗……」


 メルフィナはじっと虹を見つめていたが、俺は水しぶきを浴びた彼女を見つめていた。



――――工房の寝室。


 レーヴァテインを宝箱の中に仕舞い厳重に鍵をかけて保管し終えた。


 俺程度の使い手ですら、制御困難なあの威力……。あれをゼル姉さんに引き渡して良いものかと悩んでしまう。


 ベッドに転がり思い悩んでいると寝室のドアが開く。


「旦那さま……先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありませんでした……」

「いや俺の方こそ……」


 深々と頭を下げて、俺に謝罪するメルフィナだったが、今度は俺が取り乱してしまう。


「メルフィナっ!? なんて格好を!?」

「お詫びにお仕置きして……ください……」


 俺が驚くのも無理はなかった。


―――――――――あとがき――――――――――

狙って書いたわけじゃないんですが偶然にも次は69話www 刀哉とメルフィナの仲好しはいつ書くの? いまでしょ!

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