第63話 婚期を逃した敵将

――――【帝国四魔将ゼル目線】


 剣を交えた騎士が私に向けて言う。


「くっ!? さ、さすがは帝国四魔将が一人、【剣鬼のゼル】……。つ、強い……」

「貴様の名くらい耳に入っていたが、その程度か……クローディス王国最強の騎士グラッスス!」

「ここは退くぞ!」


 先頭の騎士は後続へ指令を伝えるとご大層にドラゴンの紋章の旗を掲げて、おめおめと逃げてゆく。


「将軍、追撃しますか?」

「いや、いい。それよりも拠点確保が先だろう」


 クローディス王国で血肉湧き躍る闘いをできると思っていたのに、拍子抜けだ。



 テントで果実酒を煽っていた……。


「弱い……実に弱すぎる! 少しは骨のある奴がいると聞いて駆けつけてみたが逃げてばかりではないか! おい、あの噂は本当だったんだよな?」


 私は隣に控えていた参謀のレリアに訊ねた。


「おっかしいですねぇ……この辺りで魔法をズッパーンと切り裂く騎士にやられたって言ってたんですけどね」


「やたらと長いサーベル騎士が手強いと聞いていたが、全然ではないか! 私を見るやいなや、おめおめと逃げていきおった」


 果実酒の入った瓶を傾け、手酌で杯に注ぐ。


「おい、もうないぞ。替わりを持ってこい!」

「将軍、それが最後の酒です」

「なにっ!?」

「我々の連戦連勝で、進軍が早く補給が間に合わないんですよ」


 レリアの言葉に急に興が冷めてしまい……。


「もういい。兵士たちの様子を見に行ってくる」

「あ、私もついて行きます」

「勝手にしろ」



 レリアを伴い、兵士たちが野営しているテントの周りを眺めた。


「レリア! いったいどいうことだ、酒はあるじゃないか!」


 兵士たちが空の星を見上げ、恍惚とした表情をしていたので酒盛りをしていると思った私は彼女に訊ねた。


「違いますよ、よく見てください。酒は飲んでませんから!」


 よく見るとレリアの言う通り、酒瓶はなく、なにか見たこともない透明なものが兵士たちによって火に焼べられているだけだった。


「つまらん、私は寝る」



 翌朝。


【セルフィーヌ将軍が消息を絶った。探索をすべし】


「ぐぬぬ……」


 起き抜けで、レリアから渡された指令書を握り潰した。


 まったく……なぜ私がセルフィーヌの尻拭いをしなければならんのだ。



 なんの面白みもないが、クローディス王国の攻略は着々と進んでいた。


 しかし……。


 テントの中でレリアと今後の作戦を練っていたが、地図を見て思う。


「もう王都まで七日というところまで来た。セルフィーヌが戦闘をしたであろう痕跡は見られるが、姿形はない! どういうことだ!」

「私に訊かれましても……捕虜になったとか?」


「ははは! レリア、おまえはいつそんな冗談が言えるようになったんだ? 逃げるしか能のない腰抜けどもにセルフィーヌがやられるはずがなかろう」

「お言葉ですが将軍はあの女騎士に……」


 レリアの言葉に思わず、私は顔を押さえた。


「そうだ、忘れはせんぞ! メルフィナ・フォルトナス!!! 奴にやられたこの顔の疵の借りは必ず返す! この疵のおかけで私は恋人に浮気され婚期を逃し、夢の玉の輿生活を失ったのだ! 奴を捕らえ、兵士たちの慰み者にしてやる」


「えっと将軍の顔の疵は……それと浮気されたのは顔の疵がつく前からのような……」

「なんか言ったか?」

「いえなにも」


 テントの外から足音が聞こえてくる。駆け足でテントの前に立った兵士が私たちに声をかけた。


「ゼル将軍、失礼します」

「なんだ? 私はいま作戦を練っている」


 伝えに来た若い兵士の顔は赤くなり、私から目を逸らしている。


「クローディス王国の補給部隊を襲ったところ、見たこともない菓子のような食べ物を見つけたようでして、将軍にもぜひご賞味していただきたいと献上に参りました」

「菓子だと!?」


 そんなものはいらん! と断ろうとしたが……ギュルル……。


「ふん、逃げてばかりのクローディスどものせいで腹が減ってしまったようだ。一つもらおうか」

「では、ご用意いたします」

「ふ~ん、これがクローディスどもの菓子ねえ……」


 ちょうどクローディス王国の金の延べ棒のような形をしている。


「レリア、おまえが毒味しろ」

「私がですか!?」

「おまえの他に誰がいる」


 恐る恐るレリアは兵士から渡された菓子を食べ始めた。


 パリ……パリ……。


「お、美味しい! ねえ、あなた! このお菓子まだある?」

「あ、はい。持ってきます」


 レリアは私の分を残すことなく、木の器に盛られた菓子をすべて平らげてしまった。


「将軍はまだ食べてはダメですよ! 私がちゃんと大丈夫か確かめていますからね!」

「くっ!? は、早く私に寄越せ!」

「ダメですよ、今、将軍に身体でも壊されたら、大変なことになってしまうんですからね~!」


 兵士から追加の菓子を持ってきてもらったレリアは私に見せつけるように食べ始めた。


「ああっ!? 私……こんなクセになるお菓子は初めて! 手が止まりません。なんでしょう、このお菓子にまぶしてある粉は……帝国一の料理人、菓子職人であろうともこの味は出せません。お、恐ろしいわ、クローディス王国! 征服した暁にはこのレシピを奪わねば……」


 はっ!?


 器の菓子を毒味をいいことにすべて平らげたレリアは数日前に見た兵士たちと同じどころか、男にイカされたように涎を垂らして恍惚とした表情になっていた。


「おい! 菓子はまだかっ!」

「先ほど、レリアさまに渡したもので最後です」

「なんだとーーーーーっ!?」


 若い兵士は私に無情な言葉を突きつけていた……。


―――――――――あとがき――――――――――

エイプリルフールじゃ、夢のある嘘つくぜ~! と思ったら午前中までだったと今初めて知ったオールドタイプな作者です……。

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