第60話 婚約の掟

――――【刀哉目線】


「どうぞ!」

「あ……はい……」


 沖津さんは稽古用の木刀を車のトランクから引っ張り出してきた。俺と日影さんに渡してくれたのだが……。警察だから許されるんだろうけど、一般市民なら職質されてややこしいことになりそう。


 ノリノリの沖津さんに対して、俺の気持ちは重たい。沖津さん曰わく「私は刀剣よりも銃火器の方が得意なんです。刀剣は妙子の方が優れてるんですよ」らしい……。


 俺の考えが偏ってるのかもしれないが、手合わせという名で女っ垂らしの俺を制裁しようとしているんじゃないかとすら思えてくる。


「先輩……お願いします」

「先生だからって遠慮しなくていいからね! やっちゃって!」

「手を……抜く……つもりは……ありませんが……」


 日影さんはスーツのジャケットを沖津さんに預け木刀を脇に持ち、ぺこりと俺に礼をする。俺も彼女に合わせて礼を返した。


 俺と日影さんはお互いに木刀を手にして構えたのだが、日影さんと対峙すると圧というものを感じない。


 ただ彼女が前にいる、それだけ。


 初めて味わう、不思議な感覚だ。切っ先をこちらに向けられると弱い強いに関わらず、多少なりとも圧を感じるはずなのに……。師匠と対峙すると冷や汗がだらだら流れ、喉から胃酸が逆流してきそうになってきてたけど。


 「始め!」と沖津さんの合図で稽古が始まってしまったが、不思議なことが起こる。


 日影さんが間合いをただ道を歩くようにして詰めてくるのに俺の身体が反応しないのだ。どちらかと言うとジャケットを脱いでブラウスだけになってしまい、パツパツになっている胸元にだけ下半身が反応しそうになっている……。


 腫れ上がってしまうことだけは避けなければ、沖津さんに本当に軽蔑されかねない。


 そんなことよりも彼女は見た目と裏腹に間違いなく強い……いやヤバいと思う。こちらに警戒心が生じなくて彼女を安全だと認識してしまい、気づいたら刀が喉元に刺さって死んでるというパターンじゃないか。


 異世界へ行く前の俺なら確実に死んでた。


 だが今なら充分抗うことくらいはできるだろう。俺は二人に悟らないように魔法を詠唱する。


「アラバラ・ジース・ノラ」


 俺が木刀の切っ先を地面に突き立てると、砂色の地面はサッと白く染まり一面に氷の層が広がっていた。


「えっ、えええーーーーーーーーっ!!!」


 日影さんは突然地面がアイススケート場のように変わってしまったことで、歩を進めた瞬間つるんと足を滑らす。


「こらー! 妙子、何でもないところで転んでなにやってのー!」


 沖津さんから檄が飛んでいるが、氷の魔法を途中で解除しておいたので、二人には俺が魔法を使ったことはバレていないはずだ。


 つつーっと尻餅をついたまま俺のところへ滑ってきたので日影さんの手を取り、助けようとしたときだった。


「あ……」


 思わず声を発した日影さん。彼女が転んでしまったことで厚いヴェールどころか簾のようにかかっていた前髪がはだけてしまっていた。


 俺は頑なに隠されていた日影さんの目を見てしまったのだ。


 つぶらな瞳の彼女と目が合い、時間が止まってしまったかのようにしばらくそのままでいた。


 地味とか根暗とか言われいたことが嘘のように思えてならない。


 なぜなら彼女は信じられないくらい綺麗だったから……。


「先生……私の目を……そ、その……見ちゃい……ましたか?」

「あ……うん……」

「は……恥ずかしいです……」

「ごめん」


 日影さんの不健康とも言えるくらい白い肌が完熟トマトくらい赤く染まり、慌てて前髪で美しい瞳を覆い隠してしまった。


「でも……見られたのが……先生で良かった」

「俺で良かった?」


 助け起こした日影さんは俺から視線を外し、指をもじもじとこすり合わせている。時折俺を見て、恥ずかしくなって、また視線を逸らしているけども。


「はい……日影家の女は掟で最初に目を見た男性を伴侶とするのが慣わしです」


 メルフィナの耳と同じじゃねえか!!!


 思わずツッコミそうになってしまったが、堪える。


「私みたいな地味な女なんて嫌い……ですよね?」

「あ、いや……嫌いではないけど……あの、俺は……その……メルフィナと……」


 逆に俺が答えあぐねていると日影さんがヤバいことを口にしだす。


「日影家の掟で目を見た男性を伴侶にできなかった場合は……その男性を自ら手にかけるか……もしくは自死を選ぶか、そのどちらかしかありません……」

「えっ!?」


 日影さんは懐に忍ばせた短刀を抜き、自らの喉元に突き立ててしまう。


「うわぁぁぁぁーーーーっ!? 早まらないで!」

「こんの女っ垂らしーーーっ!!!」


 沖津さんの金切り声がしたかと思ってそちらを見てみたら、拳銃の銃口を俺に突きつけてくる沖津さんの姿があった。


―――――――――あとがき――――――――――

やはり刀哉にはちゃんと責任を取って、メルフィナも妙子も幸せにしてあげないといけませんね。作者の応援は適当で構いませんが、目隠れで健気な妙子ちゃんを応援してあげてくださいね~!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る