第59話 初仕事

 メルフィナたちを見送ったあと、しばらくすると銀色のセダンが自宅へとやってきた。Xマークのエンブレムのついた車から降りてきたのは眼鏡にパンツスーツといういかにも仕事ができそうといった出立ちの女性。


 彼女に簡素な綿の袋に入った物を渡すと……。


「まさかもう仕上がっているとは思ってもみませんでした」

「お久しぶりです、沖津さん」

「久しぶり? 先週末にあったばかりだけど?」

「あっ、そうでしたね。あははは」


 笑ってごまかしたが沖津さんは眉をひそめて俺を訝しげに見ている。


 ヤバい……。


 俺からしたら彼女と2ヶ月近く会っていなかったが、こっちでは二日半ほどしか経過してないんだった。そりゃ、普通一、二週間かけて作る刀剣が二日で二振りもできてれば、素人でも驚くよな。


 こう怪しまれたときは相手のことを訊ねて話題を変えるのが一番いいとばかりに沖津さんへ気づかいの言葉をかけた。


「もうお怪我の方は?」

「ご覧の通り、今は内勤や他のメンバーのサポートです。まああと数日で完全回復ですけどね!」


 包帯こそ巻かれていなかったが、異能者のテロリスト襲撃事件から一週間も経っていないのだ、まだ完全に癒えてなく当然なのかもしれない。


 こちらはと言えば、週末の夕方から異世界に行っていたので時間はたっぷりあった。騎士たちに納入する分に加え、鍛冶ギルドのメンバーが帰ったあとにコツコツ異世界情報室へ収める分を打っておいたのだ。


 俺は『小説屋になれる』の事務所で受付をしていた沖津さんにお礼を述べた。


「先ほどはお世話になりました」

「いえ……構いませんが……取材に米菓を使うなどという言い訳はかなり無理があるかと……」

「そこは感謝しています。そのおかげでまた作刀ができると思いますので」


「伊勢先生って、おっとりしてる見た目と違って意外としたたかなんですね……」

「えっ!?」

「だって私が製菓会社の社員を言いくるめないと刀を渡さないだなんて……」


 さすがに警察庁の異世界情報室のエージェントという身分を明かすわけにもいかず、隠れみのである『小説屋になれる』の社員と説明しておいたのだ。


 俺からすれば訝しむ鶴畑製菓の社員さんをものの数分で説得した沖津さんの方がよぽど強かに思える。


「いや俺はそんなこと……」

「いいんですよ、じゃないと女の子を取っ替え引っ替えして遊べないですよね~」


 すごく誤解されてる……。


 まあ彼女たちにメルフィナと優希のやり取りを見られてるのだから、仕方ないことなのかもしれないが……。


「取っ替え引っ替えはしてないよ。むしろ俺は振られる方だからね」

「嘘ですっ!」


 俺の回答が不満だったのか、沖津さんは俺の目を見据えながら語気を荒げてしまう。


「も、申し訳ありません……ちょっと冷静さを欠いてしまいました」

「あ、いや俺の方こそ気に障るようなことを……」


 戦闘中でも冷静さを欠かず対処してしていた彼女が、あまりの剣幕だったので俺も釣られて謝ってしまっていた。


 これは邪推というものだが、もしかしたらもしかしたらだが過去に男性と交際していて苦い経験でもあったのかもしれない。


「先生、抜いて確かめさせてもらって構いませんか?」

「どうぞ」


 袋の紐を解いて、沖津さんは刀を手にする。


「ずいぶんと小振りになってしまいましたね」

「はい、先の戦闘を見て思ったんです。市街地や屋内でも戦闘を考えて打刀にさせてもらいました」

「賢明なご判断です」


 沖津さんは居合の心得があるのか、ブンッと血振りを行ったあと、見事な所作で納刀して見せた。


「女遊びが目に余る以外は……」


 納刀後に、俺に聞こえないくらいの声でぼそっとつぶやいた言葉が俺にグサッと突き刺さる……。


 完全に毒づいてしまった沖津さんに、俺は断じてヤリチンではないと弁明しても、逆効果なのは目に見えている。


 弁明は諦め、彼女がうちへ一人で来た理由を訊ねた。


「今日はお一人なんですね。しかし、襲撃に遭わないという保証はないのでは?」

「いえ大丈夫です、今日はもう一人と来ていますので」


 彼女はそう言ったものの助手席には誰もいない。車外にも人の姿は見当たらなかった。


 「誰も……」と俺が言いかけた瞬間だった。


 うっわっ!?


 俺は後ろを振り返りながら、大きくのけぞった。いつの間にか俺の後ろに誰か立っていて、ぼそぼそとつぶやき始めたからだ。


「学生時代に……地味だとか……根暗だとか……気配がないだとか……散々陰口を叩かれてしまいましたが……私の……能力が役に立っていると言われ……うれしい……」


 ぼそぼそと話す人物を見ると両目は黒々とした前髪で覆われ、表情は口元でしか分からない。


 本人を前にして、こんなことを思うのは失礼かもしれないが地味と根暗とかを通り越して、井戸やテレビから這い出てくるような感じがしてしまう。


 俺が慌てふためいていると沖津さんはくすくすと笑いながら、教えてくれた。


「彼女は日影妙子。私の後輩で異能は気配遮断。彼女が助手席に乗ってるだけでNシステムですら捕捉不可能になるわ」


「ご紹介に……預かりました……どうも日影です……。今日は……伊勢先生に……お会いできて……うれしいです……」


 彼女は基本無表情なのか、言葉とは裏腹に表情から感情の機敏は窺うことはできないんじゃないかと思ったら、口角が僅かに上がり微笑んでいるように見えた。


「沖津せんぱ~い。私にも……伊勢せんせ~の打刀……見せてもらって……いいですか~?」


 問われた沖津さんは俺の方を見る。もちろん構わないので頷くと沖津さんは日影さんに打刀を渡す。


 日影さんは沖津さんとは仲が良いのか、口調が少し柔らかい。


「むむっ! これは同田貫に似て、とても雄々しいです!!! この虚飾を排し、戦うためだけに生まれてきたカ・タ・ナ!!! 幅広の等身に反りの浅い作りは私好み、むは~堪らんです、はい」


 すると、どうしたことだろう、ギリギリ聞こえるか聞こえないかの声で辿々しく話していた日影さんは途端に饒舌になり、俺の打刀についてレビューし始めたのだ。


「好きなの? 日本刀……」

「大好物です」


 なんだか優希と気が合いそうな子だな。年格好からして……十七、八歳くらいなんだろう。日影さんは俺の打刀を誰にも渡さない、といった感じで胸に抱いていた。


 地味な見た目に反して、胸の主張はかなり強く抱えた刀でパイスラになっており、俺の股間の反りが強くなってしまいそう。


 耐えろ、俺とひたすら念じていると沖津さんは呆れた様子で言った。


「先生からも彼女に言ってあげてください。刀を抱いて寝たら、危ないって」

「えっ!?」

「これからは先生の打刀を抱いて寝ることにします」


「あ……うん」


 俺はよろこんでいいのか、よく分からなかった……。


 俺の戸惑いをよそに沖津さんはにやにやしながら、とある提案をしてくる。


「そうだ! 伊勢先生はお強いんですよね? だったら妙子と手合わせして見てくださいよ」

「えっ!?」

「私からも……お願い……します……」


 気配が遮断できる子と対戦って、普通にヤバくない?


―――――――――あとがき――――――――――

やっと暖かくなってきたぞー! と思ったら、もう4月じゃん(゚Д゚;) まだ作者の気分的には1月なんですけど……。時間が経つの早すぎない? 私も時間の進みの遅い異世界で執筆して、現代に戻ってきたいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る