第58話 ヤバい粉の秘密工場

――――鶴畑製菓、東京工場。


「は、はあ……小説投稿サイトにお勤めの方がうちにどのようなご用件で……?」

「はい、取材に必要な物ご用意していただきたいのです」


 俺は応接室に通され、社員証を見せると担当社員はハンカチで汗を拭いて明らかに動揺していた。


「取材に必要と仰られても、うちはこの通り製菓の製造と販売をしている会社でして……」


 応接室の棚の上には鶴畑製菓の製造するお菓子のラインナップがズラリと並んでいる。主に米菓中心だが、どれも日本人に馴染み深いお菓子ばかり……ソウルフードと言っても過言ではないお菓子もある。


 メルフィナは出された柿ピーに手を伸ばして、口に運んでいた。


「刀哉さん! これ、すごく美味しいです。この三日月型のお菓子とナッツをいっしょに食べると辛さと甘さが調和して、たまりません!」


「ありがとうございます。我が社の製品を誉めていただいて……よかったらソフトせんべいもどうですか?」

「わあっ! こちらもとっても美味しいです!」


 警戒心が明らかに見て取れた応対した社員さんだったけど、スーパーモデルともハリウッドスターとも取れる類い希な容姿のメルフィナが屈託のない笑顔で彼らのお菓子を誉めるものだから、雰囲気は一気に柔和モードとなっていた。


 メルフィナのおかげで社員さんの不信感がある程度拭えたところで俺は話を切り出す。


「今日お伺いした理由は簡単です。御社のパリピーターンのライン買いがしたいのです」


 要望とともに袋に入ったお金を差し出した。


「こちらに五〇〇〇万円あります。これで作れるだけパリピーターンを作ってほしいのです」

「えっと……その……小説投稿サイトなのですよね?」

「はい!」


「では確認させてもらっても?」

「もちろんです」


 社員さんは一旦離席し、応接室を出てゆく。


「このお菓子、ぜんぶクローディス王国に持って帰りたいくらいです!」

「大量には買えないけど、あとで買って持ってかえろう」

「はい!」


 差し出された柿ピーに舌鼓を打っていると社員さんは息を切らして慌てて戻ってきた。


「大変申し訳ありませんでした。いま伊勢さまのご確認が取れましたので、すぐに製造のご用意をいたします。もしよろしければ工場の見学は如何でしょうか?」


 メルフィナに目をやると、祈るように手を重ね合わせた彼女が瞳をキラキラさせていた。


「旦那さま、見たいです! パリピーターンができるところを」

「うん、俺も作るところを見るのは初めてだから、見学させてもらおう」



 俺たちは社員さんの案内で応接室から製造工場へ移る。ガラス越しに見える光景を見た途端メルフィナは子どものようにガラスに手を当てて、中を覗き込んでいた。


「刀哉さんの世界は本当にすごいものばかりにあふれています! 鉄の塊が勝手に動いたかと思ったら、焼きあがったお菓子が出てくるなんて! あっ! 見てください、あの魔法の粉がかかってます!」


 メルフィナは無邪気に粉をまぶす工程を指差して、じゅるりと口の端から漏れそうになった涎をすする。


「よろこんでいただいて光栄です、よかったら向こうに出来立てのパリピーターンがありますので、いかがですか?」

「いただきます!!!」


 俺たちに工場の案内をしてくれている社員の提案にメルフィナはさっと手を挙げて即答していた。


「さあ、召し上がれ」

「「ありがとうございます」」


 ビニールの包装に包まれてないパリピーターンをラインを管理してる工員にお願いして、持ってきてくれる。


 あふっ!?


 もう冷めてるかと思って、一口で食べたら中にまだ熱がこもっていて熱かった。


「温かいパリピーターンも美味しいですね!」


 カリカリとパリピーターンをかじり、食べ終わるとメルフィナは指についたヤバい粉を舐めとっていた。常習性のある粉を夢中で舐める彼女の姿にドキッとする。


「お客さま?」

「あ、いやなんでもありません」


 ぼーっとしていた俺に社員さんが声をかける。俺はメルフィナに目を奪われていた……。

 


 代金を支払い鶴畑製菓と正式な契約を交わし終え、軽トラを運転していると……、


「旦那さまと逢い引きできて良かったです」

「あっ、そうだった……」


 メルフィナが頬を赤らめ伝えてくる。


 忙しさを理由にメルフィナとデートらしいデートなんて、服を買いに行ったときくらいだった。それもお買い得なお値段の服だ。


 できたパリピーターンは自宅配送してもらうことになったが、ある程度数が揃うまで時間はかかる。なので工場の直売所で買えるだけ軽トラに積み、戻った。



 若い職人たちにパリピーターンを預けるとメルフィナが俺にハグしてくる。


「旦那さま……どうかお気をつけて……」

「ああ、メルフィナもな」


 彼女は上目づかいで俺を見つめ、涙目になっていた……。髪を撫でて、あやす。


 大きなリュックを背負ったメルフィナと若い職人たち。彼女たちの出発を手を振り、見送った。


 俺は現代でひと仕事片付けてから、メルフィナたちの後を追うことにしたのだ。


―――――――――あとがき――――――――――

鶴畑製菓のモデルとなったお菓子メーカーなんですが、東京に工場はないんです。オフィスだけで工場は新潟……そこは創作なのでお許しください。土地の価格が高い東京に工場を持つのは大変ですよね。

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