第55話 ライン買い

「ジュリ、あとのことは任せたよ」

「うん……」


 ジュリはめきめきと鍛冶スキルを上達させ俺の片腕というか、副工房長と言ってよいほどになっている。俺の見ている前で彼女が太刀を打ち上げたことがあったが、驚くべきことに俺の手を煩わせることなどほとんどなかった。


 ドワーフの気質と元々のセンスも相まって、優希と比べても遜色ない刀鍛冶になっていると思う。そんな彼女が俺の袖を掴んで寂しそうな顔をしていた。



 俺たちはまた現代に通じるダンジョンへ入っていた、今回は新米の職人たちを伴って。彼らの背には大きなリュックが背負われている。


 アギャァッ!!!


 メルフィナはダンジョン内に湧くゴブリンを何食わぬ顔で斬り伏せながら俺に教えてくれた。


「古の大賢者さまはアイテムボックスや転移魔法を習得されていたとのことですが、クローディス王国では月日を得るごとに魔力を持つ者の力が弱まっていて、とてもそのような魔法を習得することなど夢物語となっています」


 これが異世界の平常心って奴なんだろう。


 メルフィナやセルフィーヌはエルフで人間の使う古代言語魔法とは体系がまったく異なるとのことだ。だから、いくら彼女たちの精霊魔法が強力でも人間である俺に教えることは出来ない。


「なるほど。俺に絡んできた五人の貴族たちが俺の方が自分たちより放出魔力量は多いって言ってたしな」

「はい……」

「アラバラ・ウス・エラ!」


 話の途中だが俺は氷の魔法を詠唱する。パーティーの後ろにいたドワーフから「トウヤの兄貴、あざあーす!」とまるで部活の後輩のようなお礼の言葉が返ってきた。


 振り返るとドワーフたちの後ろを襲いかかろうとしたマッドドッグの亡骸が氷柱で貫かれていた。迷い込んだ野犬がダンジョン奥底で瘴気に当てられると凶暴化してしまうらしい。


「まさか旦那さまに魔法の才まであるとは思いもしませんでした」

「いやそれは俺もだよ。アイテムボックスや転移の魔法があるなら習得に挑戦してみるのもありかな、あはははは」


 調子に乗った俺の言葉に黙り込んだメルフィナ。ふざけすぎて幻滅でもされたのかと思い、彼女を見ると……。


「はい! 旦那さまなら必ず大賢者さまにも匹敵する才が秘められていると信じています!」

「いや~さすかにそ……れ……」


 俺の手を両手で握り、キラキラと目を輝かせる俺の婚約者の期待が俺の予想を遥かに越えて高すぎた。


「ん、まあ……頑張るよ……」


 とりあえず、手伝ってくれた若い職人たちの負担が軽減するような魔法を習得する方向で行こう!



――――自宅。


「ほえ~!?」


 裏山から見える田んぼと瓦屋根の風景。


 ドワーフたちは異世界に来て、初めて見る光景に目を丸くしていた。まあ俺もそうだったんだろうけど、一応小説で知ってたが、彼らはまったくの予備知識なしの状態。


 それは驚くに違いない。



 十人くらいで、とぼとぼと裏山を降りると早速作業を始めた。


「トウヤの兄貴! この馬車の荷台でいいすか?」

「あ、うん、お願い!」


 俺の軽トラに積み込まれてゆく金塊。


「それにしても兄貴の馬車は不思議な形してる」

「ほんとだ、荷台と客車がいっしょになってる」

 

 彼らが馬も引かずに軽トラだけで動くと知ったら、腰を抜かすかもしれないのであとでちゃんと忘れずに伝えておこう。


 それにしても眩いばかりの金塊が、おんぼろの軽トラにはとても似つかわしくない。かと言って金ピカの軽トラに乗ろうとも思わないが……。


 フレッド殿下から代金を貨幣に鋳造する前の金塊をでもらっていたので、ここまでは事がスムーズに運んだ。



 ドワーフたちには自宅近くに隠れて待機しててもらい、俺は三十分ほど軽トラを走らせる。ガシャッンコ、ガシャッンコと機械の作動音が大きく響く親戚の営む工場へメルフィナと共に来ていた。


「おう、刀哉! 久しぶりだなぁ! たく顔も寄越さねえでなにして……」

「叔父さん、これ電話で伝えておいた金塊だよ」


 人懐っこい表情は親父そっくりだ。そんな叔父さんに軽トラの荷台にかかったシートをめくり、金塊を見せると叔父さんは心臓が停止してしまったかのようにあ然としていた。


「現金にすれば優に一億は越えるよ。これを買ってほしいんだ」

「刀哉、ちょっ、おま……こんな大金、どこで……」


「出所が言えないから叔父さんに頼んでるんだよ。だけど決して悪いことをして儲けたお金だけじゃないことだけは保証できる」


 背筋をしゃんと伸ばして叔父さんに伝えると何故か叔父さんは目元を手で押さえ、呆れてしまう。


「はあ……。んなこたぁ、オレが一番分かってる。それよりも金が必要なら、なんですぐ俺んとこに来なかったんだ……兄貴から刀哉に、って託されてた金があんだからよ」

「えっ? 叔父さん……それって、どういう?」



 叔父さんは社屋に俺を連れて入ってゆく。社長室へ入ると他の物に目をくれることなく、金庫へ向っていた。


「ほらよ、兄貴が刀哉に工房を譲って、しばらくした頃に預けていったんだ。オレはよぉ、直接刀哉に渡してやれよって言ったんだけど、『おまえに預けておく』の一点張りで取り付く島もなかった」


 スーツケースに入れるまでもなく、ただの紙袋に入った大金。いくらあるのかすら分からず、目を白黒させていると叔父さんが教えてくれた。


「五千万ある。そんだけありゃ、困り事があっても十分足りるだろ」

「ありがとう……叔父さん」


「構わねえよ! それよかさ刀哉、いくらなんでもクズ鉄ん中からその量の金塊が出てくんのは無理すぎねえか? せいぜい一千万ってとこだろ」

「やっぱり?」


「それに刀哉にそんだけ払われちまったら、俺の会社が刀哉のもんになっちまう。それは勘弁してくれよな」

「確かに……」


 資金繰りがついたところで俺は叔父さんに、軽トラの車内で待機していた婚約者であるメルフィナを紹介することにした。


―――――――――あとがき――――――――――

ひ~ん、春が遠いです、寒いです。読者の皆さまは風邪など引かれてませんか?

私は某所からも連絡がない! まあそこは気にしても仕方ないので、また書いていこうと思います。もし面白かったら、フォローご評価していたたけるとうれしいです。

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