第54話 大人買い

 朝、陽が昇る前に顔を洗う。


 井戸水を汲んで桶に入れるところは現代と違いがない。手押しポンプか、釣瓶か、というくらいで。冷たい水が顔にかかると寝ぼけ眼がシャキッとする。


 鏡で顔を見るとどことなく若返ったような、首回りの皺が減ったような気がしていた。まあ気のせいなんだろうけど。


 ただメルフィナに求められ、彼女と濃厚なキスをしているせいか、へとへとになるまで作刀しても翌朝起きると疲れが吹き飛んでいた。そのためか、俺の手伝いに来てくれていた鍛冶ギルドの職人たちは音を上げてしまったのだが……。


 朝の生理現象ゆえか、それとも寝ている間に無自覚にたわわを押し付けてくるメルフィナの色っぽい下着姿のためか……中高生のように元気になってしまった下半身が鎮まるまで水浴びしたあと、バゲットのような硬いパンをかじって腹を満たした。



 素朴な味わいに満足を覚えつつも塩中心の味つけにパリピーターンがウケるのも納得がいく。そんなことをかんがえながら、工房で仕上げの作業を始める。


「エルエスタ・パロ・フォン」


 俺が黒光りするコークスの前で手をかざし、異世界の古代言語をつぶやくと、コークスは赤く染まっていた。


 まさかねぇ……異世界チートみたいに大層な加護はもらっていないが俺に魔法が使えるなんて思ってもみなかった。


 王宮で俺は煽られたのだ。


 御前会議が始まる前に旧ホルヘ派の貴族から『王宮もかような下賤な者が出入りするようになるとは……フレッド殿下はなにをお考えなのやら』と。


 俺のことを馬鹿にしてるならスルーできた。


 だがフレッド殿下を甘く見られたとあっては、まだ国内で火種が燻っている以上、看過できるものじゃない。


『俺のことを悪く言うのであれば、あなた方の仰る通りです。俺はただの鍛冶師なのですから。ただフレッド殿下を貶めるような言動は控えてほしいのです』


『我々がフレッド殿下を貶める? はっはっ! それは違う。殿下自ら忌憚のない意見を求められているのだ。我々はそれに従ったまで』


『了解いたしました。ではどうすれば俺は下賤な者から貴族さまの前に顔をお見せしても恥ずかしくない者になれるのでしょうか?』


『ほう……面白いことを言う。そうだな、貴族と認めてほしいならば、まずは魔法だ。見よ! コレが我々の力だ!』


 五人ほどの貴族と思しき格好の者たちがひとつに集まり、聞き慣れない言葉を詠唱した。


『『『『『エルエスタ・パロ・フォン』』』』』


 ボワッと彼らの周りに篝火のような炎が上がったかと思うとふっと消えてしまう。


『どうだ! これがクローディス王国貴族の魔力だ。平民には到底このような力は使えまい』


 マジックのような種と仕掛けがあるようなものでなく、超自然現象として見た場合なら俺は彼らの態度に目を瞑り、素直に拍手と賛辞を送っていたことだろう。


 ただメルフィナやセルフィーヌ、それに現代の異能者と比べても宴会芸の域に過ぎないように思えてならない。


『えっと……エルエスタ・パロ・フォンでいいんで……』


 俺が彼らに倣い詠唱すると、俺たちの目の前にボワッと大きな炎が上がっていた。俺独りなのに五人よりも大きく長く……。


『なっ!?』

『えっ!?』

『うそ……』

『こんなことって……』

『ありえん!』


 貴族たちは肩をすくめ、すごすごと逃げるように議場へ入ろうする。そこへ騎士団の団長同士で個別に打ち合わをしていたメルフィナが戻ってきて、彼らの行為をとがめた。


『お待ちください! 私の旦那さまを貶しておいて、そのまま立ち去ることは許しません! ちゃんと旦那さまに賛辞を贈ることを要求します!』

『いや、もう済んだことだから……』


『本当に……フレッド殿下は我々のことを受け入れてくださるのなら……我々は……貴公のことを認めよう……』


 なんとも歯切れの悪い回答が返ってきて、俺たちは困惑した。彼らは御前会議の場でフレッド派に吊し上げられるとでも思っているのかもしれない。


『フレッド殿下はあなた方のことも必要とされています。いまはクローディス王国内でいがみ合っている場合ではないのです!』


 メルフィナは彼らに熱い口調で殿下の想いを代弁していた。


『ううっ……我々が間違っておりました……。先ほどのご無礼を謹んでお詫び申し上げます。トウヤ殿、どうか我々に力をお貸しください……』


 五人の貴族たちは俺に深々と頭を下げており、これ以上彼らを追い詰めるようなことは憚られてしまう。



 最初はビギナーズラックなんじゃないかと思っていたが、工房に戻ってやってみるとまた使えたのだ。


 フレッド殿下のことを悪く言われたことにはイラッときたけど、結果として俺が魔法を使えるようになったのは彼らのおかげでもある。


 御前会議が終わったあとの晩餐会では彼らがお詫びということで様々な魔法を教えてくれたので、根はいい人たちなんだろうと思う。


 ジュッ。


 俺は太刀に熱を入れたあと水へ浸けた。


 あとの仕上げはジュリたちに任せて、元の世界に戻るだけとなる。


―――――――――あとがき――――――――――

ぐしゅん……。寒いくせに目がかゆくて、くしゃみが出る日々を送っている作者です。みなさまは大丈夫でしょうか?

昨日は作者、プラモの予約戦争で荒れまくっておりました。なんとか、めぼしい物のほとんどは確保できたのですが、いやホント厳しい時代になりました。マジ転売ヤー、滅すべし!

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