第51話 国葬【ざまぁ】
「集まってくれた皆に伝えねばならないことがある。落ち着いて聞いてほしい……兄上は私の身代わりに帝国に捕らわれ、命を落とした」
床に伏せっている国王に代わりにフレッド殿下が王宮の庭園に詰めかけた民衆に呼びかけるとざわざわと騒ぎ始めた。
――――帝国許すまじ!
――――帝国討つべし!
――――ホルヘ殿下に冥福を!
――――クローディス王国に栄光を! 繁栄を!
決して大衆から慕われた芋殿下ではなかったが、敵国にやられたとあっては話が別らしい。老若男女問わず、声を張り上げ、拳を突き上げ、芋殿下の死を悲しみ帝国への憎しみを強めている。
今の状況を見る限り、ホルヘ殿下は決して暗君というわけではなかったようだ。ただやり方が自らの弟の死を餌に国威発揚を図るという卑怯極まりなく到底容認できないものだけれども。
ホルヘ殿下の国葬を終えるとフレッド殿下がお声をかけてくれた。
「メルフィナに刀哉……ありがとう。兄上の死は残念でならないが、これで国民を、臣下を無駄死にさせなくて済みそうだ。二人にはいくら感謝しても感謝しきれない恩ができてしまった。なにか困ったことがあれば遠慮なく言ってほしい」
どこまでできた人なんだろうか?
自分を憎み、殺そうとしていた肉親のことを悼み、悲しまれるなんて……。おまけに俺たちにまで配慮を欠かさないとか。
「「ありがとうございます」」
メルフィナと共に俺は殿下の手を取って、お悔やみのあいさつを済ませてきた。
――――工房。
国葬の予定やら傷ついていた方が激戦を潜り抜けてきたみたいだとか、なんて理由で伸ばし伸ばしになっていた俺の顔の傷。
ベッドの縁に座るとメルフィナが心配そうに見つめてくる。
「酷い傷……」
「つっ……」
メルフィナが腫れ上がった俺の頬に触れた。長い指先が微かに触れただけでも爪先立ちになってしまうくらいの激痛が走ってしまう。
「ごめんなさい……」
「心配かけたくないから我慢しようと思ったんだけど、俺は痛みに弱くてダメだな……ははっ」
「そんなことありません! 旦那さまは私を庇ってくれたんですから……」
「それはさ、やっぱりメルフィナのきれいな顔に傷でもついたらどうするんだ! って思ったら身分とか関係なく、足が前に飛び出してしまってたんだ。俺の顔なんてありふれたモブ顔だから、いくら傷ついても勲章みたいな……」
俺が言い終わる前にそれは起こった。メルフィナは俺をベッドに押し倒して……、
ペロッ。
頬の傷に当たる温かくて柔らかな感触。メルフィナは俺の首筋に手を当て、頬をわんこのようにペロペロと舐め始める。
あれほど激痛の走った傷の痛みが和らいでゆく、いや和らぐどころか気持ちよくなってしまっていた。
「メルフィナ……ありがとう……」
メルフィナは無言で頷くとそのまま頬の傷を丁寧に舐め続ける。俺が手で傷に触れると、両頬の痛みは消え失せミミズ腫れも引いているというのに……。
耳まで舐められてしまい、思わず声をかけた。
「メルフィナ……?」
「心配しました。旦那さまがホルヘ殿下に鞭で打ち殺されてしまうんじゃないかと……それにいっぱい邪魔されて……私の旦那さまなのに……」
嫉妬と独占欲を発揮されてしまっていた。俺なんかよりメルフィナの方がずっとモテると思うのに。
メルフィナと肌を触れ合わせているとムクムクと抑えていた欲望が目覚めてくる。彼女のふくよかな乳房が俺の胸板の上でスライムのように暴れていた。
治癒はすっかり済んだのにメルフィナは舐めるのを止める気はないようだ。やがて舌は次第に頬から降りてきて、まったく傷ついていない俺の唇にまで達していた。
これって実質キスなんじゃ……。
俺の上唇も下唇も端から端までむさぼるように舌で味わう叡智になってしまったメルフィナの後頭部に俺は手をやる。
すると彼女も事情を察したのか、目を閉じた。
メルフィナと唇を重ね合わす。
その瞬間、時が止まったような気がした。
これが女の子の……メルフィナの唇の感触……。
柔らかくて、ぷにぷにしていて、離れたくなくなるような感覚。
メルフィナを抱いて、そのまま俺たちはお互いの舌の感触を味わう。
ちゅぱぁぁ……んん……あっ、あっあふう……。
彼女の唾液が舌に絡むだけで身体に力がみなぎり、葬儀後特有の疲れもふっ飛んでしまっていた。
「メルフィナありがとう。おかげですっかり痛みが引いたよ。お礼に俺がメルフィナを気持ちよくさせてあげようと思う」
メルフィナの乳房を服の上から撫でると彼女は俺の理性が吹き飛ぶような甘い声を発する。
「んん、旦那しゃまぁぁ……」
あまりのメルフィナのかわいさにいままで抑えてきた欲望が堰を切って流れ出してくる。乳房を撫でつつ、メルフィナの耳の先を舐めと……。
「ひゃんっ!」
ビクッと彼女の身体が一瞬跳ねた。
「メルフィナは耳が弱いんだね」
「はいぃぃ……もっと旦那しゃまに耳をかわいがってほしいれすぅ……」
「うん! 俺もメルフィナの耳、好きだから」
「あんっ、だ、旦那しゃまぁぁ……溶けちゃいそう……」
そうそう……グレタ将軍を名乗っていた芋殿下の臣下がアンドレアなどの王国暗部により詰め腹を切らされたようだ。ナイフ一本持って、芋殿下と一緒に牢獄へ入れられた彼は……。
手柄を上げた彼は王都から遠い遠い辺境の地を与えられたそうだが、王都に戻ってくることは禁止されてしまったそうな。
チュン、チュチュン♪
そんなこんなで安心した俺とメルフィナは夜が明けるまで愛し合っていた。
すやすやと俺の隣で寝ているメルフィナのお布団を直し、サラサラの銀髪を撫でていると突然寝室の扉が開いた。
「ちょっと刀哉っ! どういう……なっ!?」
ノックもせずに入ってきたのはメイド服を着たあきらで、彼女は上半身裸の俺と傍らで眠るメルフィナを見ると事情をというか情事を察して言葉を詰まらせる。
「ボクと言うものがありながら、なにしてるんだよ! この浮気者ぉぉぉぉーーーーーーー!!!」
「あきらとは幼馴染で友だちだとは思うが、彼女でもないし恋人でもない。なぜ浮気になるの?」
「なんで! なんで! ボクを受け入れないんだ! ボクはこんなに刀哉を愛しているというのに……」
頭をかきむしって、あきらは苦悩している。だけどあきらにははっきり告げる必要があった。メルフィナとの昨晩でのこともあるし……。
「あきら、ごめん。やっぱそういうのって一方通行はダメだと思うんだ。いわゆる相思相愛って奴? だから、あきらは危なっかしいからフレッド殿下付きの侍女に推薦しておいたから」
「は?」
俺の言った意味が分からなかったようであきらは目が点になっている。
「ほら、あきらを通して殿下に太刀を納入すればスムーズに事が進むだろ? 仲介役にはあきらがぴったりだと思ってさ」
扉がノックされ、外から声が聞こえてくる。
「トウヤさま、朝早くより失礼いたします。フレッド殿下の執事セバスチャンにございます。そちらにアキラ殿は来ておりませんか? 昨晩王宮から脱走されてしまいましたので……」
あきらは目をギョッとさせて、俺にいないように伝えるよう手を合わせて拝んでくるが、俺はローブを着たあと応対した。
「申し訳ないです、うちのあきらがご迷惑をおかけして……」
「いやだぁぁ! 刀哉と離れだぐないぃぃぃ!!」
「行きますぞ、あきら殿。しっかりこのセバスチャンが侍女に相応しい教育を施してあげますぞ」
あきらはセバスチャンに連れられ、ドナドナされていった。
がんばれよ、あきら! 俺はメルフィナと見守ってるから!
「んんん……、旦那さま……なにかあったんですか?」
目を覚ましたメルフィナは目元をこすりながら、訊ねてきた。
「ううん、なんでもないよ」
「あ、あの……昨日の続きを……して……もらえませんか?」
「うん!」
俺はローブをハンガーラックにかけるとメルフィナのいるベッドに潜りこんだ。
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