第50話 入れ替わった亡骸

――――王宮。


「うぁぁぁぁぁーーーーーっ、殿下ぁぁぁぁ……」


 フレッド殿下の棺が王宮に運ばれ、殿下を慕う臣下たちが慟哭にくれていた。メルフィナも例に漏れず、ハンカチでまぶたに溜まった滴を拭っていた。棺は銀狐騎士団によってホルヘ殿下の部屋へと運ばれてゆく。


「おおおおおーーーーーーーっ!!! なんてことだぁぁぁ……我が愛すべきフレッドがぁぁぁ……」


 芋殿下の要望でしばらく最愛の弟と過ごしたいとのことで部屋に下ろされた棺。芋殿下は棺へ駆け寄り、棺をフレッド殿下の身体に直に触れているように撫でると泣き崩れた。


 白々しい演技に草も生えない。


 フレッド殿下を貶めるために茶番を仕組んだ首謀者なのに周囲の目があるとさも仲が良かった兄弟だったとアピるとか、とんだ食わせ物だ。


 だが芋殿下はそん程度で終わるようなクズ男ではなかった。


「メルフィナぁぁぁーーーーっ! なぜだっ! なぜ、フレッドは死んだ! 答えろぉぉ!」


 芋殿下は棺に額を擦り付けたまま、メルフィナを叱責する。もうアンドレアがグレタ将軍から芋殿下の悪巧みを洗いざらい聞き出していただけに、ネタバレしたシナリオに白けてしまいそうだった。


「も……申し訳ありません……」

「申し訳ありませんで済むかぁぁっ!!!」


 芋殿下は棺から離れメルフィナに詰め寄る。額をメルフィナに近づけ、怒号を浴びせていた。


「メルフィナっ! おまえは人質交換すらまともにできないとは……我はおまえを見込んで頼んだというのに残念で極まりないぞ! この失態、どう罰してくれようか……」


 芋殿下は乗馬用の鞭を手にするとメルフィナの顔に向かって振り下ろそうとしていた。


 パッシーーーーン!


 鞭が皮膚を打つ音が部屋に響き、周囲の騎士たちが凍りつく。


「メ、メルフィナを打つなら俺を……」


 メルフィナの前に出て、俺は芋殿下に鞭で打たれていた。女の子の顔を打つなんてなに考えてんだよ! って叫んでやりたかった。


 皮膚が切れたような痛みに加え、ミミズ腫れを起こしたようにジンジンとしてくる。


「旦那さまっ!?」


  駆け寄るメルフィナが俺を心配してくる。


 だが俺は芋殿下に打たれるのがうれしかった。


「えへ、えへへへ。もっと俺を打ってくださいよ」


 駆け寄るメルフィナを手で制して、俺は打たれていない左頬を芋殿下へ差し出していた。


 もちろんドMだからじゃない。


 それにどうせ打たれるならアンドレアのように美女がいい。芋殿下に傷つけれるとメルフィナが俺を心配してくれ、あの柔らかくて温かい舌で俺を癒やしてくれるのだから。


「くそっ! 気色悪くニヤつきおって! 興が覚めたわ! メルフィナよ、覚悟しておけ! 我が弟の死の責はすべておまえにある。裁判でじっくりねっとりおまえの罪を暴いてやるからなぁ!」


 芋殿下はメルフィナを見て舌なめずりした。キモい殿下を見たメルフィナは身の毛がよだったのか、顔を青くして鳥肌を立てているようだった。人の気持ちを踏みにじり、嗜虐心の強いクズに王政を任せるわけにはいかないなぁ……。


 俺を痛めつけ、メルフィナを脅した芋殿下はフレッド殿下の棺の蓋を開けさせ、顔をまじまじ見ていた。


「フレッドめ、安らかに眠っておるわ。しかし綺麗過ぎではないか? なっ!?」


 芋殿下はフレッド殿下の亡骸に矢傷や魔法での火傷などがないことを訝しむ。人質交換で暗殺を仕込んでいたのだから、そう思って当然だろう。


 芋殿下はフレッド殿下の頬に触れていた。


 彼の手に伝わっていたことだろう、フレッド殿下の静かな怒りの炎が……。


「兄上……私はあなたの忠臣として一生を終えるつもりでおりました。ですが、それでは皆がしあわせになれないと気づいたのです」

「ひ、ひぃぃぃ!? フ、フ、フレッドぉぉ!? き、貴様生きていたのかっ!!!」


 ぱっと目を見開いたフレッド殿下を見て、狼狽する芋殿下……。フレッド殿下は芋殿下のタイを掴んで棺に引き込む。


「彼がすべて白状してくれましたよ、偽グレタ将軍がね」

「なんだとーーー!? 裏切ったというのか!」


「私は兄上に裏切られた想いです。なぜ兄弟手を取り合い、クローディス王国を盛り立てていけなかったのか……実に悲しい。私は私を支持してくれるメルフィナを始めとする臣下の期待を裏切るわけには参りません」


 フレッド殿下は芋殿下とくるりと体を入れ替える。


「そのまま閉めてほしい」

「はいっ!」


 殿下はメルフィナに迷いのない声をかける。蓋を持って構えていた騎士たちはメルフィナが目配せすると棺に芋殿下が入ったことで棺の蓋が閉じられた。


―――――――――あとがき――――――――――

次話で芋を穴に埋められればと思っております。それではまた次回~。

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