第39話 エルフ式煽り運転の撲滅法

「私、彼女の身分保証とかそんなのまったく聞いてないんですけど! それって、師匠と彼女が日本で結婚できちゃうってことですよね? なら反対します!」


 優希は俺が人間国宝になってくれるよう説得を頼まれたらしかったが、今度は俺とメルフィナが法的に問題なく結婚できると知った途端、邪魔をするようなことを言い出してしまう。


「水野さん。これは国家の安全保障に関わる問題だ。個人の権利より国民全体の利益が優先される事項であることはお伝えしたはずだが? それにあなたも私に後出しで条件を提示し、刀剣商の被害届の処理を急がせた。今度はあなたがこちらの条件を飲む番だ」


 優希のわがままとも言える発言に轟さんは彼女をジロっと睨む。さすがの優希でも轟さんに睨まれると微かに震えているのが分かる。


「そんなの知りません! 私は師匠と……」

「もうあなたを縛っていた会社は虫の息だ。ご足労いただいたことには大変感謝するが、そろそろお帰りいただくお時間らしい」


 轟さんがバチンと指を鳴らすと外にいた私服警官が入ってきて、優希はあっと言う間に四方を囲まれてしまう。


「轟さん、手荒な真似だけは……」

「ええ、もちろん。ただお帰り願うだけです」

「師匠! 私はただ師匠といたいだけで……」

「気持ちはうれしい。だけど俺には……」


 あきらが言うには、優希のご両親に頼まれ、優希が二度と俺に近づかないようお仕置きをしてから、連れ戻したとのことだった。ご両親は俺との交際に反対しているだけで、決して悪い人たちではないとも聞いている。


「し、師匠ぉぉぉ……」

「優希はご両親の下で暮らした方がいい」


 俺がお願いしますと告げると轟さんは部下と思しき私服警官たちに指示して、優希を連れていった。


「優希をよろしく頼みます」

「ああ、彼女がまた軟禁されたりすることのないよう目を光らせておくつもりだ」


 轟さんはあきらのことになにも触れてこなかったが、メルフィナのことを把握していただけにあきらが異世界に逃亡していると知っている可能性はある。俺がここで断れば、そのカードも切ってこられるかもしれない。


「分かりました、謹んでお受けいたします。俺に断れる理由はなさそうですから」

「賢明な判断で助かる」


 こっちじゃ俺は絶賛失業中ニートだ。金貨を現金に換える手立てがないわけじゃないが、結構ぎりぎりな方法だし、何より俺とメルフィナは国家権力という割とヤバい人たちに目をつけられている。


 迂闊うかつに現金化できなくなってしまったようだ。


 ただ人間国宝になり、異世界情報室なるところで働かせてもらえると聞いて、不安が残るもののほっとしていた。



 集会所の外に出ると車が用意されていた。黒塗りの大型セダンでよく覆面パトカーとして使われるような車種だ。


 ただ優希を自宅を送り届けると聞いていたのだが、姿が見当たらないので車の側で待機していた私服警官のお姉さんに訊ねる。


「あの優希は?」

「すでに出発しています」


 一声かけてから、と思っていたがその機会を逸してしまった。また優希とは喧嘩分かれというか、意見が相違したまま離れてしまったことが残念でならない。機会を作って、彼女とはちゃんと話し合おうと思う。


「いろいろとありましたが伊勢先生に人間国宝と刀剣のご提供をいただけるようでほっと胸をなで下ろしております。それではまた詳しいお話をしにお伺いいたしますので、今後ともよしなにお願いいたします」


「あ、いえ、こちらこそ」


 葛西さんは「失礼いたします」と一言告げて、ひとり公用の軽バンに乗り込むとそのまま引き上げて行ってしまった。腰はとても低いけど、まんまと葛西さんの策略にはまってしまったような形だ。


「いまから異世界情報室へ向う。そちらで委嘱状の方をお渡ししたい」

「はあ……」


 さっきの私服警官のお姉さんが車のドアを開け、「どうぞ」と乗車するように促した。


 だけど俺は躊躇する。


 轟さんはメルフィナの同行について何も言ってなかったからだ。


 このままここに置いておくのも不安だし、かと言って轟さんたちの素性は身分証を見せてもらっただけで本当かどうかは正直分からない。


 俺はメルフィナの身の安全を最優先にしたいが、それよりも大事なのはメルフィナの意思だ。


「俺はこの人たちといっしょに行こうと思う。メルフィナはどうする?」

「もちろん旦那さまと離れるなんて嫌です」


 メルフィナは俺の袖を掴む。まるで幼い子どもが父親と離れ離れになってしまうような悲しそうな顔をしながら……。


 俺が同行しても良いか轟さんに訊ねようとする間もなく、彼は俺たちに告げる。


「それなら良かった。我々としても彼女の意思なくして、連れて行くことは憚られた。決まったなら遠慮なく乗ってほしい」


 やられた。


 そんな配慮されてしまうと信用せざるを得ないじゃないか……。


 お姉さんがハンドルを握り、轟さんは助手席へ。俺たちは後部座席でレザーシートが割とVIPっぽい扱いだ。


 シートベルトの着用を促されたあと、いまどき珍しいセダンは出発する。


 変わり映えしない田園地帯を抜ける間に俺はメルフィナの扱いが気になり、轟さんに訊ねた。


「さっきはどうして、俺にメルフィナの同行を任せたんですか?」


「伊勢さんに我々のことをまだ信用してもらっていない。なのにこちらから同行を願い出れば、警戒されてしまう。もし我々がメルフィナさんの身体検査を行うと伊勢さんに思われてしまうとこの話はご破算になってしまっていただろう。我々には伊勢さんが必要なんだ」


 轟さんは前方から目を離さないよう見ていたが、注意は俺に注がれていたように思う。やり手っぽいキャリア官僚と思しき轟さんから、そんな口説かれ方したら、粉骨砕身頑張りますとか言ってしまいそう。


 どんなことをすればいいのか、まったく分かってないけど。


「私は室長にそんな口説かれ方したことないんですけど」

「なにを言ってるんだ。沖津は志望してこちらに来たんだろ」


 お姉さんは沖津と言うらしい。


「ちょっと室長の伊勢さんを見る目が怪しいと思ったから……」

「誤解を受けるような言い方をしないでくれ」


 バックミラーから沖津さんが頬を膨らませているところが見えて、超お堅い職場という思い込みが覆される。


 ポーン♪


 ICから高速道路に乗り巡航していると沖津さんが轟さんに呼びかけた。瞳が前を見たり、バックミラーを見たりと視点移動が慌ただしい。


「室長」

「ああ分かってる。そのまま制限速度を維持しろ」


 沖津さんが指示に従って走っているとバックミラーにぐわっと黒い塊が映る。煽ってきたのはオラオラ系のデカいフロントグリルのミニバン。しかも、これでもかとパッシングしてきて鬱陶しい……。


 ハンドルを握る沖津さんの手がぷるぷる震えだし、轟さんがなだめようとしていた。


「放ってお……」


 だが、ミニバンが速度を落として距離を取ったかと思うと勢い良く加速してくる!


「ぶつかるっ! メルフィナ!」

「はいっ! 【エレメンタルウォーター】」


 メルフィナは俺たちの乗るセダンのリアバンパーと煽ってきたミニバンのフロントバンパーの間に水の障壁を設けていた。


 障壁内に入ったミニバンの動きがスローモーションに変わったかと思うと、ぶつかる前にミニバンは挙動を見出して側壁にヒット、さらに反動で中央分離帯へぶつかり車体が前部が浮き上がったあと、横転してしまう。


「停車してくれ」


 沖津さんは轟さんの指示に頷き、ハザードを焚きながら、路側帯へ停車させた。ハンドルを左に切って停めるところを見ると警察官らしい仕草だ。


「二人は中で待っていてくれ」


 二人は安全確認しながら車から降りると横転した車へと向かってゆく。俺は救護のために出たのかと思っていたが……遥かに予想を覆された。


「えっ!? マジか!? なにしようとしてるんだよ、あの二人は……」



 パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン!



 轟さんと沖津さんはミニバンに向かって、ホルスターから拳銃を取り出すと躊躇なく、ミニバンへ放っていた。拳銃が当たったからか、分からないがミニバンから漏れたガソリンに火が点いてしまっている。


 いやいや、いくら何でも発砲とか二人ともブチ切れ過ぎでは? 


【警察は悪質な煽り運転者を教育していくとの談話を出しており、今回の事故で負傷者はいなかったとのことです】


 との文言を発表するつもりなんだろうか……。


 いやそんなわけない!


 国家権力舐めんな! って感じに拳銃をぶっ放しいた轟さんたちだったが、突然燃え盛るミニバンの助手席側のドアが高く吹っ飛んだ。


「なんだよ……あれ……!?」


 轟さんたちは拳銃の弾倉を捨て、新しい弾倉へ入れ替えていると、中から火だるまになった人間らしき物の姿が見えていた。


―――――――――あとがき――――――――――

あんまり言うとフラグが立つので言いませんが、なんか生きてるんですけど、読者選考まで生き残れるんですかね? あと一週間くらいなんですが次のステージに進めるのかどうか……。

消える前に読んでいただけるとうれしいです!

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