第38話 刀鍛冶、エージェントになる

「このような場を設けていただき、ありがとうございます」


 夏祭りなど村のイベントに使う集会所で俺たちは会談していた。優希がお茶を淹れてくれたのだが、あの様子だとメルフィナに変な物でも盛りかねないと思い……、


「メルフィナ、そっちの湯飲みコップと交換してもらえるかな?」

「はい? 構いませんけど……」


 交換を提案するとあっさり受けてくれる。本当はメルフィナが口をつけたあとの方が良かったとか、バカなことが頭をよぎった。さっきはせっかくメルフィナと初めてキスできる機会を逸したのだから。


 交換したお茶をすすっていると給湯室から戻ってきた優希がバンとテーブルを叩いて、俺を真正面からじっと見てくる。


「師匠! 人間国宝のお話を断ったってホントなんですか!?」

「ん、まあな……」


 工房自体は異世界に建ててもらったこともあり、急いでこちらに建てる必要はない。加えて俺が困った顔をしていたら、フレッド殿下が気にかけてくださり、鍛冶と大工の両ギルドをこちらに派遣し工房の再建を手伝ってくれると提案してくれている。


 ただ資材を持って境界を通ることは無理なのでこちらで調達する必要が……それは刀剣を売ればなんとかなるかもしれない。


「なんでそんなスゴいことを断っちゃうんですか! 師匠の名を世の中に知らしめることができるんですよ! あれだけ師匠を馬鹿にしていたあきらの鼻を明かしてやりましょう」


 う~ん、あきらの鼻はもう嫌というほど明かしてしまっているから、その必要はないんだけどなぁ。さすがに異世界で容疑者を匿っているとか言えないし。


 ただクローディス王国の政情不安を考えると元の工房を再建しておいた方がいい。


「いや俺にそんな技量はないよ。ただ俺の打った太刀が必要なら、提供するつもりだから」

「そうですか……伊勢先生に人間国宝になっていただけないのは残念です。太刀の件は……こちらで先日お伝えしたお値段で引き取りを……」


 葛西さんが太刀を引き取ってくれるとのことで俺はホッと胸を撫で下ろそうとしていた。


 だが静寂を保っていた目つきの鋭い男性はメルフィナをじっと見ていた。


 大丈夫だ。


 メルフィナの耳はベッドホンで隠してある。


「伊勢さん、ひとつお訊ねしたいのだがそちらの女性のパスポートを見させていただいても構いませんか?」

「えっ!?」


 しまったと思ったときには遅かった。


 男性は警察手帳を俺に見せて身分を明かした。


「名乗るのが遅れて申し訳ない。私は警察庁の者で外事課、異世界情報室で室長を務めている轟という」

「警察庁……」

「ああ、俗に公安警察と呼ばれる組織だな」


 なんで……そんな組織に一介の刀鍛冶の俺が目をつけられたんだ?


「メルフィナ! 逃げ……」

「無駄なことはしない方がいい。私たちも手荒な真似は避けたいからな」


 俺の馬鹿っ!


 轟と名乗る男性と話しているとなにか危険な香りがぷんぷんしていたのに、メルフィナと会わせてしまうなんて。


 正面の窓を見ると人影が……後ろの窓も同じ。


 逃げるどころか、集会所の周辺は私服警官と思しき人物らに包囲されており、メルフィナはともかく優希を守りながら逃げるなんて真似はとてもできそうにない。


「メルフィナさんと言ったね。彼女は異世界からの来訪者ということで間違いないかな?」

「私は……」

「待ってください! それは答えたくありません……」


 メルフィナが答えようとしたところを俺は彼女の前で手を差し出し会話を遮った。


「彼女を守りたいという気持ちは分からないでもないが、さっきも言った通り手荒な真似はしたくない。伊勢さん、それはあなたの心がけひとつなんだがな……我々に協力するか、しないか決めてもらいたい」


「協力?」

「表向きは人間国宝という形を取るが、本当は伊勢さんに異世界情報室へ入ってもらいたいのだ」


 葛西さんの顔を見ると、彼は深く頷いていた。


「俺はただの刀鍛冶です。とても公安警察で働くなんてこと……」


「ただの公安警察ではないよ。異世界情報室というメルフィナさんのように異世界からの来訪者などを管理調査している部署だ。異世界と往来しているキミなら最適だろう」


「ですが……」

「メルフィナさんは伊勢さんの婚約者と聞いたのだが、こちらでこそこそ隠れるような暮らしをずっと続けるつもりかね?」


 メルフィナなら彼らとまともにやりあっても勝てるだろう。だけどもし彼女が怪我をしたり、傷ついたりする姿を見るのは嫌だ!


「轟さんはメルフィナの身の安全を保証できるというのですか?」

「ああ、対外協力者として彼女の身分保証と永住権は確保しよう。どうかね? 私たちに力を貸してくれないだろうか」


 轟さんはいきなり俺たちの目の前で深々と頭を下げている。恐らくキャリア官僚と呼ばれるような人なんだろう。そんな人にここまでされたら、簡単に断れるようなものじゃない。


「メルフィナはどう? 俺は轟さんとの取引を飲もうと思うけど……」

「私は常に旦那さまの意志を尊重します」


 まだ迷いがある俺の手を取ったメルフィナは背中を押してくれていた。


 だけど……。


「ちょっと待ったぁぁぁーーーーーーーっ!!!」


 優希は俺たちと轟さんの間に身体を割り込ませ、交渉を遮ってきていた。


「私、彼女の身分保証とかそんなのまったく聞いてないんですけど! それって、師匠と彼女が日本で結婚できちゃうってことですよね? なら反対します!」


―――――――――あとがき――――――――――

作者、エレーナが届いた記念にZトン先生のpixiv覗いてきたんですが……えっと……ハイレベル過ぎて、作者にはまだ早かったようです。えっなところがいっぱいおっぱいだから、お子ちゃまは見ちゃらめぇぇぇ。

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