第37話 刀鍛冶を取り合う

 異世界から戻ってきたが、裏山から工房のあった場所を見ると瓦礫がそのまま残っていて現実を思い知らされる。


「大丈夫ですよ。旦那さまならなんとかなります! メルフィナが保証します」


 俺が肩を落としているとメルフィナがぽんと肩に手を添えてくれ、励ましてくれた。


「ありがとう、メルフィナ」


 置かれたメルフィナの美しい手の甲に俺は手を重ねる。


 トクン……トクン……。


 手から伝わるメルフィナの体温と脈打つ鼓動。


 メルフィナに視線を移すと彼女は瞳を閉じていた。メルフィナと知り合って、それほど時間は経っていないが彼女と過ごした時間は俺がこれまで生きてきた中でも濃密だった。


 ゆっくりとメルフィナと相対する。


 本能に従い、潤って輝いている彼女の唇へと俺の唇を重ねようとしていた。



 ん。



 目を閉じ、メルフィナの柔らかな唇と俺はついに重なった。ああっ、これがメルフィナの香り、そしてファーストキスの味なのか……。


 なにか鉄臭いがメルフィナは唇でも切ってしまったんだろうか? とまぶたを開けると……。



 んんん???



 俺とメルフィナの唇の間には手が差し挟まれている。メルフィナはまだかまだかと俺の口づけを待っているようだった。


「えっ!?」

「師匠!!!」

「優希っ!?」

「私という者がありながら、外人さんと浮気ですか?」


 メルフィナも優希の声で閉じていた瞳を開いて驚いているようだった。恋路を邪魔されたメルフィナは優希にキレる。


「私たちの仲を邪魔するあなたは誰なのですか!?」

「それはこちらのセリフです! 彼は私の師匠なんですからね」


 これはいわゆる修羅場という奴なのでは?


 まさかこの俺にイケメンしか訪れないであろう事態がまたまた発生していた。異世界でジュリ、あきらの喧騒に参って息抜きでメルフィナと二人っきりになりたかったのに、戻ってきてもヤバそうな雰囲気になるなんて……。


「で、でも……優希はあきらと……」

「師匠はなんであいつが女だって黙っていたんですか! 私はあいつにはめられたんですからね!」


 うん……あきらが女と知らなければ、はめられたって言うととっても叡智に聞こえてしまう。まさかレズプレイに目覚めたとか?


「師匠、私がレズだとか思ってないですよね?」

「ううん、思ってない思ってない」


 全力で首を振って否定する。優希はときどき俺の心を読んでいるのかと思えるくらい勘が鋭い。それだから短い期間でも俺の助手を務められたんだと思うが。


「とりあえず目の前の人が一体何者なのか教えてもらわないと私は師匠を一生ストーキングし続けますから!」


 重たい……。


 朝ご飯にとんかつとアヒージョとチーズフォンデュを出されたような気分になる。


「あのな、優希。落ち着いて聞いてくれ。彼女はメルフィナ。俺の婚約者なんだ」

「ど、どうせ偽装カップルなんですよね? 私、知ってますから! 師匠が女の子とイチャイチャできるような人じゃないって!」


 面と向かって正直に言われてしまうとなんとも悲しい……。


「いいえ、旦那さまは私とならイチャイチャできています! ついこの間なんていっしょにお風呂に入ったり、同じベッドで寝たんですからっ! ただあなたが旦那さまの趣味志向に合わなかっただけでは?」


「はあ? その程度でマウント取ったつもりですかぁ? 師匠の口から私が趣味じゃないって聞いたんですか? 違いますよね? いつどこでどうやって知り合ったか知りませんが私はあなたなんて認めませんよ」


「誰かに認めもらいたくて旦那さまを愛しているわけじゃありません! 私たちはここで生死を共にし、強い絆で結ばれたのです。これは運命と言えるでしょう」


 優希は俺を見て、真実かどうか目で訴えてくる。


 俺はメルフィナの言葉に嘘偽りがないことを認め、頷く。メルフィナの揺るぎない言葉にギリッと優希が歯ぎしりしていた。みんな俺には優しいのに、俺のこととなるとかなり険悪な雰囲気になってしまう。


 俺がまあまあと、二人をなだめようとしたときだった。


「はあ……はあ……お二人ともこちらにいらっしゃいましたか」


 ハンカチで額の汗を拭い、裏山とはいえ山登りには不釣り合いなスーツと革靴で登ってきた人がいた。


「え~っと、確か葛西さんでしたっけ?」

「伊勢先生に覚えていただいて、恐縮です」

「いえ……こちらこそ……」


 葛西さんの後ろには同じスーツと革靴だが、まったく呼吸が乱れておらず、葛西さんの背中を支えている男がいた。俺に斬魔刀のことを訊ねてきた目つきの鋭い男性だ。


「お取り込み中、申し訳ないのですが先日ご検討いただいた件で……」

「は、はい……」


 俺の中で人間国宝の件は決まっていたが、せっかく来ていただいたにの無碍に断るのは悪いと思い、お話だけでもしようと集会所で会談をする手はずを整えた。


―――――――――あとがき――――――――――

はてさて、刀哉はどちらを選ぶのか?

メルフィナか? 優希か?

人間国宝は受託するのか?

まあメルフィナと優希の勝負はメルフィナの圧勝のような気がしますがw

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