第30話 王子はエルフに片想い
メルフィナとうれし恥ずかしの初同衾から目覚めた朝だった。
エイシアが血相を変えてやってきていたが彼女は俺を見て顔が綻んだように見える。それこそ『ゆうべはおたのしみでしたね』といった表情だ。
「い、いやこれは違うんだ。気づいたらついてただけだから」
「お気にされることはありませんよ。『男にはまったく興味ありません!』と仕事ばかりに打ち込んでこられた団長が愛情を注がれる男性が現れたことは素晴らしいことなんですから」
いつもキリッとしているエイシアの表情は柔らかく、勘違いなんだがメルフィナと俺に夜の営みがあったことをよろこんでいるっぽい。
「おっと、トウヤさま。団長の色っぽかった姿はあとでお訊きするとして、いまは王宮へ急がねばなりません。団長の支度はこちらで整えますので、トウヤさまは太刀のご用意を願います」
「あ、ああ……」
メルフィナじゃなくて、俺に訊いちゃうのか……。まあエイシアも年頃の乙女だから興味津々なんだろう。
「これで準備よし! っと」
とりあえず、エイシアから包帯のような布をもらい、首に巻いてメルフィナにつけられてたであろうキスマークを隠そうとしているときだった。
「だ、旦那さま……おはようございます」
そこへ寝ぼけ
「おはよ、メルフィナ」
どうやら夜の通り魔ならぬ、キス魔はメルフィナだったらしい。ウブなのにキス魔というギャップが堪らなく愛おしくなるが……。
こほん、とエイシアがせき払いしており、朝から彼女にご馳走さまされ、俺も恥ずかしくて堪らなくなった。
俺たちが支度を終えた頃、駐屯所の建物の前に馬車が到着し、出迎えにゆくと一人の壮年の男性が降りてくる。
「メルフィナさま、お久しぶりです」
「セバスチャン!」
名前に加え白髪白髭に白シャツ黒燕尾服という、もうこれでもかと執事な人だった。
「お元気そうでなによりです」
「セバスチャンもそうでしょ?」
「いや~、最近は目はしょぼしょぼしますし、朝は腰にきますなぁ、ははは」
古くからの友だちって感じで二人は話していたが、セバスチャンさんはメルフィナのそばにいた俺に視線を移す。
「お初にお目にかかります、私はセバスチャン。フレッド殿下にお仕えする侍従長にございます。トウヤ・イセさまとお見受けいたしますが……」
俺を忘れてメルフィナと談笑していたことに申し訳なく思ったのか、セバスチャンさんは深々と俺に頭を下げると自己紹介をしてくれた。
「はい、俺が刀哉です。よろしくお願いします」
お互いにあいさつを済ますと彼は手を客車のドアへ差し向けている。シックな黒色の客車には格好いいドラゴンの紋章があり、いかにもファンタジー世界といった雰囲気だ。
セバスチャンさんに案内され、メルフィナと隣同士に座る。正面にはセバスチャンさんとエイシアが乗っていた。
荷台型やオープンな客車の馬車は日本でもあるみたいだが、こういった箱型で窓の客車の馬車は欧州にでもいかないと乗れない。
揺れる車内でメルフィナがゆっくり俺に身体を寄せてくる。 流れる風景が日本とまったく異なり、石やレンガ造りの建物だらけのナーロッパだけに、海外への新婚旅行ってこんな感じなのかな、なんて思いがよぎった。
三〇分ほど走った頃だろうか? 馬車は某魔法学校に出てくるお城のような建物へ入っていった。
城内を歩いていた俺は内装の豪壮さに舌を巻く。飾られた甲冑や絵画、敷かれた赤絨毯にキョロキョロと目移りしてしまい、俺の挙動は完全に観光客だ。
大型のショッピングモールを端から端までの距離より長く歩いた頃だろうか、一際豪華なドアの向かいに大きな絵画が壁に飾られてあり、目を奪われた。
それはメルフィナが優しげに微笑む肖像画……。
なぜ、一騎士団長に過ぎないメルフィナの肖像画が王宮に? と思っていると豪華なドアがメイドさんたちにより開き、部屋に招き入れられる。
俺の前に現れたのは異世界恋愛のラノベに出てきそうなサラッサラの金髪にマリンブルーの瞳を持つスパダリ然とした人物だった。歳は十七、八くらい、もう言われなくてもすぐ分かる王子さま感。
そんな彼が自ら歩み出て、俺たちの下へやってきた。
「ご婚約おめでとう。私の姉とも言えるメルフィナがようやく身を固める決心をしてくれて、私もうれしい」
「そんな殿下ったら、恥ずかしいです」
王子さまらしき人がメルフィナの隣にいる俺に気づいたことでメルフィナが紹介してくれる。
「旦那さま、こちらはフレッド殿下、クローディス王国の第二王子さまです」
メルフィナが俺のことを旦那さまと呼んだことでフレッド殿下の表情が曇ったように思えたが、気のせいだろうか?
「フレッド殿下、ご紹介いたしますね。私の婚約者で命の恩人で最愛のお人、トウヤ・イセさまです」
えっとメルフィナは空気が読めない
殿下、ぜったいメルフィナのこと好きだよな?
メルフィナだけが笑顔を湛えていたが、場がお通夜みたいに沈黙してしまったので、いたたまれずに俺は殿下に自己紹介を始めた。
「どうも刀哉です。この度はお招きに預かり恐悦至極。感謝の言葉もありません」
生まれて初めて恐悦至極なんて言葉を使ってしまったが、一応伝わってるんだよな?
「立ち話もなんだ、かけて話そう」
俺の自己紹介を聞いた殿下は我に返る。
「メルフィナとトウヤに来てもらったのは、メルフィナとアンドレアの報告書を読ませてもらったからだ。太刀という逸品を見せてもらいたいのだが、構わないだろうか?」
俺とメルフィナは顔を見合わせ、長袋に包まれた太刀を殿下へ差し出した。セバスチャンさんが袋を取り、殿下へ太刀を渡す。
殿下は太刀を手にするとじっくり外観を見ている。それに飽きると鞘から真剣を抜いていた。
「セバスチャン、紙を」
太刀の刃を上に向け、セバスチャンさんが紙を渡すと殿下は刃の上空から一枚の紙切れを落とした。
スパッ。
ひらひらと舞っていた紙は刃に触れたかと思うと二枚に分かれてしまう。なんとも太刀の切れ味を量る殿下の方法が玄人じみていた。
「なんということだろう……私の想像を遥かに越える逸品のようだ。トウヤ殿、こちらはいくらで売るつもりか価格を提示していただけないだろうか?」
王宮へ上がることは危惧していたが、メルフィナを奪った男だと吊し上げるために呼んだわけではなさそうだ。
「実は値段はまだ考えておりません」
「では一振りにつき金貨二万でどうだろう? 持参した太刀すべてその値段で、だ」
「残念ですが、それはできません」
俺の言葉に驚き、その場にいた全員が俺を見た。
「旦那さま、どうてして……」
殿下よりもメルフィナの方が俺に先に疑問をぶつけてくる。俺はメルフィナに向かって、頷くと殿下に説明を始めた。
「それは値段が高すぎるからです。その半額で一振り一万で十分」
「しかし……それでは割に合わないのでは?」
「その変わり、クローディス王国は俺だけから太刀を買っていただきたいのです」
「なるほど……分かった。そのように取り計らおう」
契約書の書面にサインをしているときだった。
「フレッド殿下! ビエール男爵に乱暴を働いた狼藉者を捕らえたとのことです。いかがいたしますか?」
「いま会談中だ。あとに……」
「殿下、大丈夫ですよ」
「あ、俺もです」
殿下は断ろうとしていたが、メルフィナが答えたことで俺も彼女に同意してしまった。
殿下は伝令に回答すると俺たちは殿下とともに地下の暗い牢獄に案内されていた。
「なっ!? 刀哉!! なんでおまえがここに?」
「いや、それはこっちのセリフだよ!」
鉄格子の先にはあきらが入っており、互いに異世界で再会したことを驚いていた。
―――――――――あとがき――――――――――
異世界で立場が逆転してしまいましたねえ、ニヤニヤ。あきらに待ち受けるざまぁな運命が楽しみな読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。
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