第23話 工房の棟上げ

「孫娘のジュリがトウヤさまに大変失礼なことをしてしまい申し訳ありませぬ……」


 鍛冶ギルド長のドグマさんは逆にこっちが申し訳ないくらい頭を下げ、平謝りだ。一方ドグマさんの手を離れたジュリは顔を上げ、俺に言い放った。


「トウヤが悪い。顔も性格も職工スキルもすべて私の理想の男性だったから。いわゆる一目惚れって奴」

「こりゃ! ジュリ、人のせいにしちゃいかんとアレほど……」


 悪いのか、良いのかどっちかにしてくれ……。


 とりあえず俺がやらかしたかと思っていたが、そうではないと分かって安心した。


「ドグマ鍛冶ギルド長、顔を上げてください。エイシア、お二人を席へご案内して差し上げて」


 エイシアがドグマさんを席に案内したあと、お茶を出して、もてなしている。


 俺は勘違いしていた。エルフとドワーフは犬猿の仲らしいのだが、メルフィナは人間に育てられたため、それほど嫌悪していないらしい。


 ただジュリがメルフィナと仲がよくない。それだけの話だったようだ。


「あの……ずっと騎士団へ陳情に来ていたというのは……?」


「ジュリから聞いた不思議な武器が気になり、ギルドに来られたときにメルフィナさまとご一緒だったそうなので、騎士団へ来ていればトウヤさまとお会いできると思ったのですじゃ」


 俺が現代に帰ってしまったあと、ギルド長はメルフィナから俺が打った太刀を見せてもらい、驚愕したそうだ。


「トウヤさまは鍛冶ギルドに加入したいと……」

「はい、こちらで刀剣を売買するにはギルド加入が必須と聞いたので」


「ふむ……。ギルドは徒弟制度を採っておりまして、弟子がひとり立ちしたときに正会員になれますのじゃ」


 いわゆるのれん分けって奴か……。


 ドグマさんの話では正会員のみお店を出したり、取引が可能になるらしい。


「あくまで独立という形を取っている以上、金銭があろうとも、群を抜く技量お持ちでも、すぐに工房を王都の繁華街に出していただくことは難しいのですじゃ……」


 ドグマさんの言葉にガクッと肩を落とした。いや俺じゃなくメルフィナが、だけど。


 考えてみれば、異世界で生活する分には遊んで暮らせるほどの金貨がある。現代のように決して便利さはないが、メルフィナのおかげで言葉の壁もないのだから。


「大丈夫だよ、メルフィナ。また二人でいい方法を探そう」

「……旦那さま」


 俺のことを心配してくれるメルフィナ。


 彼女の様子を見たドグマさんは口を開いた。


「ただ……騎士団内で武器の修繕という形ならば鍛冶ギルドはなにも口出しすることはできませぬ」


 ギルド長は俺が壊してしまった剣の剣身ブレード部分をポンポンと手のひらに落としながら、抜け道を教えてくれていた。


「ありがとうございます」


 つまり折れた剣を素材として刀に打ち変え納入することは、ギルドの預かり知らぬことと言いたいらしい。



――――ドグマ工房。


 トンテンカン! トンテンカン!


 ああ、鎚をリズミカルに振るう音が聞こえてきて身体がうずうずしてしまう。


「トウヤさま、こちらが儂の工房ですじゃ」


 三〇名ほどのドワーフと人間が入り混じって鍛錬の工程を繰り返している。さながら中小規模の鉄工所といった雰囲気だ。


 彼らの剣の作り方を見ていると俺の見立てで間違いなかった。それでも鍛冶工房としては、俺が見たことある中で最大規模と言える。そもそも現代では、こんなに鍛冶師が集まって鍛錬することがない。


 はっきり言って彼らがうらやましく思えてくる。


 クローディスでは金だけでなく、石炭も産出するのか、コークスで材料の鉄を加熱、ドロドロに溶けたところで剣の形をした型枠に流し込んで鋳造していた。


 冷えて固まるとまた炉の中にぶち込んで、浸炭処理して、刃を研げば完成といった感じだ。やはり工程が少ない分、コスパでは敵わなさそう。


 異世界の剣について学べる機会なんて、そうそうない。せっかくの機会なのでドグマさんにお願いしてみた。


「あの……ドグマさん、俺も手伝わせてもらってかまいませんか?」

「ほほう! トウヤさまほど極めたお方が手伝いなど……いやはやその熱心さには頭が下がりますな。どうぞ、弟子たちに指導してやってくだされ」


「いや、そんな指導なんて……」


 困った……。


 ただ駐屯所に必要な最低限の道具、例えば金鎚やふいご、金床を見繕いに来ただけなのに。


 カン!


 突然若い人間の男が作業を中断し、ハンマーを放り投げた。


「親方ぁぁっ! んなどこの馬の骨か分かんねえ奴を神聖な工房に入れないでくれよ! きっと精霊どもも怒ってんぞ」


 ああっ! 熱い内に打ってしまわないと形が作れない。


「だったら、おれがこいつの実りょ……」


 俺は胸ぐらを掴まれたが、気にすることなくハンマーを手に取っていた。


 カン! カン! カン!


 くうっ! こっちの鉄はなかなかの粘りがあって面白い!!!


「ほら、キミも遊んでる場合じゃないぞ。鉄は熱い内に打つべし、打つべし!」


 カンカ! カンカンカン!


「なんだ? なんなんだ、こいつはよぉ!!! まるで鉄が生きてるみたいにハンマーで促され踊ってやがる……」


「いやはや……あの太刀なる武器を見たとき、ただ者ではないと思ったが……儂の目に狂いはなかったのう」


 俺が額の汗を拭い顔を上げたときには……、


 なっ!?


 工房の職人たち全員が自分たちの仕事を放っぽり出して、俺の仕事っぷりを見ていた。


「すげえ……」

「こんな神鍛冶師が存在してたとは……」

「喧嘩を売られても相手にするどころか、鉄のことを気にするとか職人の鑑だな」

「ジュリお嬢が惚れるのも分かる」


 俺に突っかかってきた男の手はいつの間にか俺のシャツの襟から離れ、呆然と俺の手元を見ている。


「あ、あのなんか手伝いの分際で済みません」

「いえいえ、仕事を続けてくだされ。みんなトウヤさまの手仕事を盗みたいのですじゃ」


 あ、あはははは……。こりゃ下手に手伝いたいとか言っちゃだめだなぁ……。



 それから数日後、駐屯所に鍛冶ギルドの職人たちの支援で工房の建設が始まった。


―――――――――あとがき――――――――――

まさか作者自身、人妻に手を出してしまうなんて思いもよりませんでした……。

いや家元が届いたという話です。二人の子持ちでヘソ出しセーラー服の破壊力はスゴいぜ!!!

「ふしたらな作者と笑いなさい」

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