第17話 エルフの耳は感じやすい
刺すような鋭い視線を浴びながらもアンドリューは俺になにかしてくることはなかった。
おかしいな……異世界物のテンプレじゃ、ここで決闘とかなるはずなんだけど。
まあ俺の強さなんてメルフィナを見てれば分かるけど、ゴブリン以下の雑魚だと思う。勝負を挑まれたら、素直に謝って許してもらおう! だって俺は刀鍛冶であって、言わば最後方支援、裏方みたいなものだから。
――――騎士団長室
あろうことか騎士団員に俺とメルフィナが婚約していると発表してしまったメルフィナ……。それだけならまだしも団長を辞任すると言うのだから、穏やかでない。
街でのメルフィナの大人気っぷりを見る限り、池に石を投げて波紋が広がるどころか、岩を放り投げて水飛沫でびちゃびちゃになるほど影響は大きいことは容易に想像できた。
しかしだ!
俺はいつメルフィナと婚約したのか、まったく身に覚えがない!!!
いや彼女のように若くてピチピチしていて、美し過ぎて、優しく気立ての良い子なら大歓迎どころか一生添い遂げたいと思うところではあるが、なんせこっちはこじらせ三十路童貞に加え、ド貧乏ときてる。
「失礼します……」
騎士団長室と繋がった隣の支度部屋のドアを半分ほど開けて、顔だけこちらに出して様子を窺ってくるメルフィナ。
なにかもう既に彼女の顔が赤い。
「そんなメルフィナの部屋みたいなものでしょ?」
「そ、そうなんですが、旦那さまがいらっしゃいますし……」
この腰の低さよ!
同じ長でもあきらとは大違いだ。遠慮のない中須賀でも俺の家に上がるときはちゃんと靴を脱ぐのにあきらは靴を脱がずに土足で上がってこようとしていたし……。
意を決したメルフィナは恐る恐る俺の前に現れた。執務を終えたメルフィナが凛々しい騎士の姿から私服に着替えており、あまりのかわいさに俺は目頭を押さえた。
ファッショナブルセンターしのむらで買った地雷系ファッション&ツインテールという刺さる人にはぶっ刺さる出で立ちで現れたのだ。
俺も着ている子にも依るが、間違いなくメルフィナと組み合わさると魂にまで彼女の姿が焼き付いて転生しても覚えていると断言できる。
「ど……どうでしょうか? 似合っていますか?」
「控え目に言って最高だよ、控えなくても最高だね」
上目づかいで俺に恐る恐る訊ねてくるメルフィナのかわいさの破壊力ったらない。
「隣に座ってもいいですか?」
「あ、ああ……」
さっきまで俺が寝転んでいたソファーにメルフィナが腰かける。ちょこんと座った彼女は緊張しているのか手を膝に置いて、そのままの姿勢でいた。
「あの……旦那さまは私に触れてくださらないんですか?」
触れるもなにも、あ、当たってるから……。
メルフィナのたわわは俺の肩に接触し、美しい形は俺の肩のラインに沿って崩れていた。
「あの……メルフィナ。ちゃんと訊いておきたいんだけど、俺はいつキミと婚約したのか教えてほしいんだ」
「旦那さまは私となんかじゃ……いや……なのですか?」
エメラルドグリーンの澄んだ目で俺を上目づかいで見つめてくる。その瞳はうるうるに潤んでいて、切なげな表情を浮かべていた。
「そんなことない! だけど逆にメルフィナが俺なんかでいいのかなって……。俺はさ、三十路で女の子と付き合ったこともないし、貧乏だし、今後の生活もちゃんとやっていけるか不透明だし……」
「いいえ! 旦那さまは私の見込んだ方です。私を助けるために熱く抱擁してくださった上にエルフの耳に触れるという契りを交わしていただいたのです。これほどの情熱的なプロポーズをされて惚れないエルフはおりません♡♡♡」
「……」
身に覚えがないとは言えない……。
助けたときだけでなく、倒れて気を失っていたときもホンモノかどうか確かめるために触れてしまっていたし……。
「ごめん、メルフィナ。エルフにとって耳に触れるっていうのは婚約の証になるなんて思ってもみなかったんだ」
「いいえ、必ずではありませんし、私が嫌ならこんなこと旦那さまに話したりしませんから」
悲しげな表情から、いつものように上品な微笑みをメルフィナは湛えていた。
「じゃあ……触れるよ」
「は、はい……」
「メルフィナのお肌、すべすべで気持ちいいよ」
「あっ、あっ、だ、だんなさまぁぁっ……」
決してえっちなことはしていない……はずなんだけど、メルフィナはヲークと対峙していたときのキリッとした凛々しさはどこへやら、俺が優しく耳を撫でているだけでぷるぷると身体を震わせていた。
「息吹きかけちゃ……らめぇぇ……」
「ホントにダメ? ダメなのにメルフィナはなんで気持ち良さそうにしているの?」
「はぁ、はぁ……旦那さまのいじわるぅぅ……温かい息が……たまりません……んんっ!」
息を吹きかけるとメルフィナは悶える。メルフィナと交流を深めあっていると彼女はスカートに手をやった。もう片方の手は物欲しそうに指を咥えており、目は蕩けそうになっている。
エルフはメルフィナしか知らないが、もしかしたらエルフたちの耳は感じやすいところなのかもしれない。
ついに年貢というか、俺の抜き身の刀の納め時が来たのか、と勘違いを起こそうになっていたときだ。
ドンドン! ドンドン!
団長室のドアがノックされていた。突然のノックにびっくりしたメルフィナは「ひゃんっ!」と声をあげる。
「団長! アンドリューです!」
焦ったメルフィナは俺に大きな執務机の下へ隠れるようにお願いしてきた。素直に従い、応対に出た彼女の様子をこそっと窺う。
乱れた衣服を気持ち程度に直して応対している姿は真っ最中か、事後といった雰囲気だ。
「団長!? な、なにかあったんですか?」
「う、ううん、ナニモナイヨ」
ロボットなんていないと思われる世界なんだが、メルフィナの口調は妙にロボチック。彼女は隠しごとができない正直者なんだろう。
部屋に入ってきたアンドリュー。乱れた衣服を直すメルフィナを見たアンドリューは訝しみ、団長室を見回していた。
「団長、お話があります! トウヤと決闘させてください!!!」
「「えっ!?」」
俺もメルフィナと同じく声を上げそうになったが慌てて口を押さえた。
―――――――――あとがき――――――――――
異世界恋愛だと婚約破棄はテンプレですが、ヨーロッパの王侯貴族間の婚約は、結婚と見做していたようです。貴賤婚もよほどでなければ、あり得なかったようですが。
ダメだ……真面目な話をしたので作者の脳が爆発しそう! メルフィナと猿みたいにえちえちご希望な読者さまはフォロー、ご評価いっぱいおっぱいお願いいたします。
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