第16話 エルフ、寿退団するってよ

 城壁の中に入るとレンガ作りの街並みが広がっており、俺はファンタジー世界へ来たのだと実感させられた。


 しかもそれだけじゃない。


「メルフィナさまが無事帰還されたぞ!!!」

「また武功を立てられたとか、パネェ!!!」

「これで安心して街道を通れる……ありがたや」


 街の人々は総出で彼女とその配下の騎士団を称えており、さながらテーマパークのパレードのキャストになったような気分。


 どうやらメルフィナがハイヲークの討伐に成功し、無事帰還したことが事前に王都へ伝っていたらしい。


「はあ……うちの団長さまは強く優しく、人当たりも最高なんだが、恥ずかしがり屋なところだけが玉に傷なんだよなぁ……」


 パレードにも拘らず、レジ袋をかぶったままのメルフィナの姿を見たアンドリューは深いため息を漏らした。ちなみに彼女は、パレードがあるときはいつもバケツヘッドをかぶっているらしい。


「だって、恥ずかしいものは恥ずかしいんだもん。団長はやりたくないって言ってるのに、みんなが推すから仕方なくやってるだけだもん」


 おおっ、初めて知ったメルフィナの拗ねモード。JKくらいの見た目なのに妙に大人びているなぁと思っていたら、年頃の女の子みたいなことを言っててかわいい。


「おい止めろ!」


 アンドリューは沿道でなにかを見つけたようで突然馬車を止めるよう御者や後続へ手を振り、合図していた。


 跪いて俺たちの乗る馬車に祈りを捧げていた子連れの若い母親。


「団長、うちに討伐依頼に来た親子です」

「あ、うん、すぐ降りるね」


 メルフィナがレジ袋を取っ払い、馬車から降りると沿道に集まった人々から、まるでスタジアムにいるんじゃないかってくらいの歓声が湧く。


 メルフィナを一目見ようとする観衆を騎士たちが押さえている。レンガ作りの家の軒先は俺とメルフィナ、そしてその親子だけになった。


 この光景……どこかで見たことがある。



【なんの武功も!! 上げられませんでした!!】



 一時期ネットミームを賑わせたアレだ!


「あなたの旦那さまの仇はこのメルフィナ・フォルトナスが討ちました」


 メルフィナはハイヲークの牙を取り出すと膝をついて子連れの母親に渡した。騎士たちは「平民にそこまで……」と言っていたが、メルフィナは首を横に振って彼らを制する。


「こちらを売れば、当分の生活は安定することでしょう」

「それではメルフィナさまの分が……」

「大丈夫です! 知っていますか? ヲークの牙は二本あるんですよ」


 さっともう一本飛び出して親子に見せると、親子は涙を流しながらメルフィナの剽軽さに笑っていた。


「ありがとうございます、メルフィナさま……」

「あ~がと、メルフィナしゃま!」


 三、四才児くらいの小さな子どもの頭を撫でて、笑顔になった彼女は立ち上がると言い放つ。


「私がクローディス王国を恐怖に陥れたハイヲークを倒せたのは、隣にいるトウヤ・イセさまのおかげなのです! 彼の作った太刀という武器がなければ私は落命していたかもしれません。もし強い武器がほしい方は銀狐騎士団までお越しください」


 しれっと観衆の集まった中でダイレクトマーケティングをしてしまうなんて、やはり上に立つ者は違うなと唸らせるものがあった。


 だがメルフィナはみんなからの歓声を聞くと素に戻り、逃げるようにそそくさと馬車に乗り込むとまたレジ袋をほっかむってしまう。


 そりゃね、こんなメルフィナの姿を見せられたら、騎士だけでなく街の人たちまでもが彼女を慕うのも当たり前だ。



 パレードを抜け、住宅の少ない閑静な場所に出てきたかと思ったら、砦のような建物が見えてくる。


「旦那さま、着きました。ここが私の職場です」


 メルフィナが窓の外を指差す。格好などはまったく違うが、どことなく壁に囲まれた広場は自衛隊、砦は警察署を思わせた。


 城門とは違い、門の前で構えていた騎士たちはメルフィナの馬車を見るとバイザーを上げて敬礼し、馬車を素通りさせてくれる。



 銀狐騎士団はメルフィナの帰還をもって、全員が騎士団の駐屯所に揃ったらしい。


「みんなに大事な話があるの! よく聞いてね。これから私の旦那さまの打った太刀という武器を披露しちゃうね」


 しばらく休憩を取ったあと、メルフィナは学校の運動場くらいある広場に騎士たちを招集した。


 メルフィナが手に持っていたのは俺の太刀。


 ちなみに彼女が異世界から持ち込んだ長剣は二人で方々を探したが見つからなかった。親父と共同で打った太刀は俺が持っているよりメルフィナに使ってもらった方が太刀もよろこぶだろうと思い、プレゼントしていた。


 そのときメルフィナは……、


『わあっ!? 本当に、本当にもらっていいんですか? 私、一生旦那さまの太刀を大切にします!』


 と胸に抱いて、肌身離さずいてくれた。


 メルフィナはめちゃくちゃよろこんでくれたのだが、俺の期待していたのとは違った。俺の妄想では「では私は旦那さまに私をプレゼントしちゃいますね♡」と言ってくれるはずだったのに……。


 馬鹿なことを考えてしまっていたが、メルフィナは騎士団々長として復帰した今、俺の太刀さえ売れれば、俺とメルフィナの関係は終わる。


 彼女が騎士団員や街の人たちからどれだけ愛されているのか痛いほど分かったから……。


 俺がそんなことを考えている間にも試し斬り用の丸太が用意され、メルフィナが太刀を腰に携えて、居合いの構えを取った。


「いや流石の団長でもあの丸太は無理じゃね?」

「しかもどこの馬の骨だか知んねえ奴の物だろ?」


 ざわざわと騎士たちは騒いでいたが、柄に手がかかるとみんな息を飲んだため静寂に包まれた。



 スパッ! スパッ!



 メルフィナは太刀を一閃、丸太の根元を袈裟で切ったかと思うと丸太がずり落ちる間に太刀を切り返して横に薙いだ。


「なんだあれは!?」

「なにかの加護つき武器か!?」

「信じらんねえ……」

「これなら魔王でも倒せそうだ」


 俺が教えた通り、メルフィナは半身を退いて鞘を後退させて綺麗に抜刀していた。それにしてもあの短時間で習得するなんて、メルフィナの才能は恐ろしい。


 さすが銀狐の剣姫といったところか。


「みんな! 太刀を抜いて斬るのは難しいけど、鞘を抜いてからなら誰でも丸太は斬れるよ!」


 みんなが並べられた太刀を奪い合うようにして、手に取ろうとしていた。


「ほら、みんな喧嘩しないで順番順番」


 メルフィナがニコニコしながら、騎士たちをたしなめている。


「き、斬れるぞ!」

「おれもだ!」

「なんだこりゃ!? いままで使ってきた剣は何だったんだ?」

「そいつは紛い物だな!」


 騎士たちは太刀を使って試し斬りしており、さながら観光客相手の試斬会といった様相だ。そんな中、アンドリューだけは俺を睨んで太刀には見向きせず、手に取ろうとしていなかった。


 だが結局俺の太刀はその日は売れなかった。


 なぜなら引く手数多で騎士たちが誰が買うか揉めたから……。後日競売方式で買い手を決めるということになった。


 ひとまず買い手はつきそう、とひと安心したところでメルフィナは俺の手を引いて、いっしょに台へ上がる促してくる。


 俺がメルフィナの行動を訝しんでいると、彼女はいきなりとんでもないことを言い出した。


「私、メルフィナ・フォルトナスは今日で銀狐騎士団々長を辞めます!」


 は?


 運動場にある朝礼台みたいな台に昇っていたメルフィナは集まった騎士団の団員たちに告げる。


 メルフィナが辞任を宣言する前はざわざわとうるさく、なにが伝えられるのだろうかと騎士たちは心が躍っているようだった。


 しかしメルフィナから発せられた辞任という言葉を聞いた彼らの多くはある者は慟哭、ある者は怒り、またある者は気を失ったり、酷い者は魂が抜けたように真っ白になっている。


「理由は隣にいる旦那さま……トウヤ・イセさまと結婚の契りを交わしたからです!」


 ぬんだってーーーーーーーーーーーーーッ!!!


 いつ俺はメルフィナに愛の告白をした?


 契りを交わした覚えなんてないぞ。


 治癒は治癒であって、ラブじゃない……いやナニイッてんのか分かんないけど。


 ぴとっと俺に寄り添い、メルフィナは俺と婚約したなどと宣ってしまっていた。


 メルフィナの婚約宣言を聞いた騎士たちの反応は……かわいそう過ぎたので割愛しておきたい。


 だがメルフィナの想いとは裏腹に不満そうな男がいた。


 副団長のアンドリューだ!


―――――――――あとがき――――――――――

『なんの成果も~』の人は、キース教官(ハゲた鬼軍曹風の男)だったと知って作者驚きました。最初から相当練られてあったんだなぁと。

メルフィナが刀哉のことを旦那さまと呼ぶのはすでにメルフィナの中で婚約してたからでしたwww

次回は刀哉が何をして婚約に至ったのか、書いていきます。気になった読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。

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