第10話 自爆する若社長【ざまぁ】

「メルフィナ、ちょっとややこしい奴がくるから隠れてくれないか?」

「え、ええ、構いませんけど……」


 ブロロロロロロ……ファンッ! ファンッ!


 メルフィナに隠れてもらったときには俺の家のガレージというか空き地にあきらの高級外車が停まっていた。ご自慢の真っ赤な跳ね馬で、まるで楔が飛んでくるような感じ。しかも屋根のない所謂スパイダーって奴だった。


「やあ、むさい刀哉のところにまた来てあげたよ」


 あきらは俺に向かって手を上げながら颯爽と車を降り、ボムっと重厚な音を立て分厚いドアを閉めた。俗に知性と車高は一致するなど言われることがあるけど、成金趣味のあきらを見てるとさもありなんって感じがする。


「なんだ? 今日は随分と暇人してるんだな」

「あはははは! これは傑作だ! 刀哉の工房が壊れたって聞きつけて、笑いにきてやったんだ」


 すべての跳ね馬乗りがあきらみたいな知性に乏しい人だとは思わないが、少なくともあきらは知性に欠けている。そこそこ儲かっている会社のトップなのに、わざわざ俺を笑いに来るくらいなんだから。


「はっはっはっ! こんな見事にぺしゃんこになるとかお腹が痛くて堪らないよ」

「いま胃薬はないぞ。確認したなら、もう帰れよ」


 腹を抱えて大笑いして涙まで溜めてるので、よほどあきらにとって面白かったんだろう。こっちは被災したようなものなのに……。


「ボクに跪いて土下座でお願いすれば、刀哉をうちで雇ってあげてもいいんだよ」

「何度も言ってるが俺はあきらの会社で働かないって伝えている。もう忘れたのかよ」


「こんな状態でどうするんだ? 再建なんて無理だろ? 諦めて、ボクの下へ来い」


 あきらだけに諦めろってか?


 どうも俺を逆恨みしているのか、とにかく俺を服従させよう、させようとしてくる。


「はあ……」


 呆れのため息が漏れると、あきらは焦りの色を見せ跳ね馬のドアを手で叩く。


「そうだ、キミもボクの下で働けば、この程度の足車買えるようになるぞ。なんならこいつをくれてやってもいい」


 俺には縁のない車だが、あきらの乗る跳ね馬は唯一残念なところがある。


 右ハンドルなんだ……。


「いや……右ハンドルの外車はいらないかな……」

「なんだと!?」


 あきらははっきり言って運転が上手くない。なので外車なのに右ハンドルで乗っている。


「ボ、ボクのはイギリス仕様なんだよ!」


 そういう問題じゃないだろ……。


 メルフィナと約束があるので、いつまでもあきらの相手をしてるわけにもいかず、俺は跳ね馬の前や後ろの角をまじまじ見つめ始める。


「み、見るんしゃない!」


 あきらは両手を広げて、俺の視界を遮ろうとしてくるが、とき既に遅し。


「あきら、またぶつけたんだな……。自損ならいいが、人には怪我させるなよ」


 うっすらと出たぼかしの甘さが見つかり、あきらはまた板金修理をしたことが分かった。


「う、うるさいっ! ボクはキミの愛弟子を奪ってやったんだ! 彼女はキミを裏切ったんだよ!」

「ん、まあ優希が選んだ道だし、なんだかんだ言ってあきらは面倒見がいいから、心配してない」


「は? なんだよそれ! もっと慌てろよ、平然としてるなんておかしいだろ! ボクに泣いて謝れよ、ごめんなさい、優希を戻して、って!」

「なんで?」

「なんで、って、ボクは刀哉の愛弟子を……」


「それはさっき聞いたから。用が済んだら、もう帰れ。俺は片付けで忙しい」


 経営手腕はスゴいのかもしれないが、俺に難癖つけに来るときのあきらは明らかに馬鹿だ!


 あきらだけに……いやもう天丼はくどいな。


 付き合いきれないので放っておいて、メルフィナの隠れてる風呂場へ戻ろうとすると、彼女はこそっと彼シャツスタイルでこっちを覗いてる。


「メルフィナ、出てきちゃダメって言ったじゃん」

「旦那さま、さっきの続きを……」


 妙に甘い声で囁いてきて、見る人が見れば誤解を受けそうだ。


「またあとでファッショナブルセンターしのむらに連れて行ってあげるから、待ってて」

「はい……」


 見つかっていないか、そろっと振り返ると……、


「なっ!? なっ!? さっきの女は誰なのっ! いつの間に女なんて連れ込んでヤってるのっ!? 信じられない!!! 刀哉に身体を許す牝がいるとか許せない!!! しかもなんだよ! めちゃくちゃかわいいとか、く、悔しいぃぃぃっ!!!」


 遅かった。


 あきらは、俺とメルフィナがえっちしたと勘違いしてしまったようでよほど狼狽したのか跳ね馬に頭突きしたりして、慌てに慌てまくっている。


「あのは俺の刀を買い付けにきたバイヤーってとこかな?」

「うそだっ!」


 適当な嘘で誤魔化そうするとあきらは俺に詰め寄るが、異世界から来た客人と言うわけにもいかず、こめかみをかいて困っていた。


「もう刀哉がどうなろうとも知らないからなっ! 刀哉なんか豆腐の角に頭をぶつけて死ねばいいんだからっ!!!」


 童貞だと思っていた俺に大人の関係にある女性がいることが、よっぽどショックだったんだろう。


 ブァァァァァァァーーーーーーーーーン♪


 跳ね馬に乗ったあきらは、俺から逃げるようにアクセルを猛烈に踏み込む。ホイールスピンさせながら、跳ね馬は発進する。


「あんまり飛ばすと事故るぞ!」


 俺の注意も、激高したあきらは聞く耳を持たなかった。


 あきらが砂煙を立てて敷地内から出ていって、一分も経たない内にシャーン、ガリガリガリガリっとヤバい音が響いてきた。


「またモンスターが出たのですかっ!?」

「いや違うと思う……」


 音が気になったメルフィナと様子を見に行くとアスファルトに黒いタイヤ痕を残しながら、そのまま溝にはまってしまったらしい。


「あきら、スゴいチャレンジングだな。そんな高級車で溝落としなんて俺には到底できないよ」

「おまえなんか嫌いだぁぁぁ!!!」

「俺はあきらに好きになってくれなんて、頼んだ覚えはないんだけどなぁ……」


 一応怪我してたりしないか様子を見に行くと俺に恨み節を返すくらいの元気はあったので、あとは中須賀に連絡を入れておき、俺とメルフィナは家に戻った。


―――――――――あとがき――――――――――

こちらを書いてる時点で2月14日です、バレンタインデーです。ですが作者の下にはチョコのチョの字すらありません(・_・、) もらったらお返ししなきゃならねえから、要らねえよヽ(゚Д゚)ノ と強がってみたり……。優しい読者さまからの慰みのフォロー、ご評価お待ちしております。

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