第12話 最終回

私はリスを早くイルカに見せたい。喜ぶ顔を見たい。

走って、


走って…


……走って……


後悔した。


私の目に映ったのは血が口から、鼻から…流しているイルカ。

体調が万全じゃないのは分かっていた。

でも治りかけだから大丈夫だろうという自分の考えの甘さ。


「イルカ…?」


呼吸が荒い。血もタラタラと流れ続けてる。

風邪じゃないのは見て分かる。もっと重い…何か。

頭を高くして…それから?

どうすればいい?何をしたらいい?教えて…誰か…


ゴホッ!


「!!!…イルカ!イルカ!!」


「…うる、さい…」


意識はある…よかった…


「ご、ごめっ、んね…!1人にっ…して…!……やだ…止まんない…どう、しよう…

っ!」


血を拭っても、拭っても…新しい血がイルカの顔を染める。


やだやだやだやだやだやだやだやだやだ


誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か




イルカを助けて…


私が風邪だろうって軽くみてたから…

私がちゃんとしてれば…


私がイルカを1人にしたから…



「イルカ、見て…!?……リス捕まえたの!一緒…に食べよう?……イルカ?……イ、ルカッ…?」


綺麗に処理したはずのリスは血と砂で酷く汚れている。

少しでも元気になるかもしれない。

なんでもいい…なんでも……



「…………カ、モメ……」


「……イルカッ……!!」


「ふ、ふふ…………ぶさい、くな……顔……」



笑った。


少しだけだけど、笑ってくれた。

よかった。良かった…良かった!




ゴホッ……



咳と同時にまた、血を吐き出す。それだけじゃない。

目からも少し血が流れくる。少しずつ……少し…?


「うそうそうそっ…!なんで!?やだ…!止まって!ああぁーーッ……!!!」


血を拭っていた両手が突然、動かなくなった。力が入らない。

一瞬だけど、私は最悪な事を考えてしまった。

絶対思っちゃいけない事。


寒くないのに顎が震える。歯がカチカチと音を鳴らす。

苦しい。息が出来ない。

イルカはもっと苦しいのに、イルカをただ見ているだけ。

すると微かに口が動いている事に気づき、すぐに耳を近づけ、神経を耳に集中させた。





「ごめ、ん…リス……つか、まえれ、なくて……2ひき、いて……私たち、みたい、だなって…おも、ちゃって……逃げられた…て、うそ、ついた……ご……めん……」





「……………‥」



私の視線はリスに向いた。






「……カモメ………



…好きだ、よ……」







「イル、カ…?………ねえ?……イルカ……?」


揺すっても反応はない。

きっと寝てるだけ。疲れてるから、きっと寝ちゃったんだ。

起きた時に…汚れてたらやだよね…血を拭いてあげなきゃね…


「…でっ……!……なんで止まらないのっ!!きれいにしなきゃなのに!!!」


シャツを脱いで血を拭きとるも、すぐに赤色に染まってしまう。

他に拭くものはないか、辺りを見渡すと…リスに目が留まる。



一瞬イルカと重ねてしまう。




「私が……殺した………?イルカを…?」


私がリスを捕まえなきゃイルカは…?


私が私が私が……


ワタシがワタシがワタシが……



「ワタシがイルカを…」



ごめん

イルカ

ごめんなさい


ごめんなさい…



今私も…すぐ逝くから…。許してくれないと思う。……でも、謝らなきゃ…





『約束して』



「…あ」



約束……?あんなのその場の雰囲気じゃん…冗談半分で言った事だよ…?

イルカも分かってたよね?

いいよね?…約束破った事にならないよね……?



「いい、よね?イル、カ?」


イルカを見つめるが、答えを待っても応えてはくれない。


「…答えてよ……イルカの傍に居たい……行きたい…よ…」






この日私はずっと泣いていた。流れる涙が枯れても、泣いていた。

寝ているイルカの隣で、うるさく…大げさに…大声を出して泣いた。





―――――――――――――――――――――――――――――――



        ―半年後―            







肌に焼き付くような紫外線。それを避ける為に日陰で横たわる女が1人。

近くには微かな焚火跡。

その女の隣には、首から下までの骨が、丁寧に並べられていた。


「……ゴホッ…イルカ?……私、ね?がんばった、よ…?」


頭を抱きしめながら優しく撫でる。


「何度も…約束……破りそうになったけど…ちゃんと守ったよ?」


涙で赤く染まった顔は、笑顔だった。


「いい…よね?……もう…」


呼吸が浅く、苦しそうに見えるが、どこか嬉しそうにも見えた。











「……イルカの…味、がし、て……おい……しかったよ……」


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無人島に女2人だけ ろんろん @lon0206

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