結:おしまい

 僕が目を覚ますと、見慣れぬ天井が目に飛び込んできた。むくりと体を起こし、周囲を見渡す。どうやら僕はベッドの上で寝かされてるようだ。寝ぼけた頭は霞がかかったようでそれ以上の情報の処理にはまだ時間がかかりそうだ。しばらく何も考えず、頭の中の霧を晴らすことに時間をかける。

 長い間呆けた後にようやく自分が誰かを思い出した僕の最初の言葉は


「…ここが死後の世界ってやつか?」


だった。

「…お前はのんきなやつだな…」

 僕の呟きに対し呆れたような声が真横から聞こえる。その懐かしい声色に驚いた僕は勢いよく声の聞こえた方を振り向くと、そこには誰もいなかった。

「は、何だよ…幻聴かよ…」

 落胆と羞恥の気持ちが入り混じり、頭を抱えて突っ伏した僕の耳に、


「もしもーし?聞いてるかー?」


 再び彼女の声が聞こえた方を振り向くと机の上に充電されている状態の僕のスマホが置いてあるだけだった。再び気持ちが沈む僕の目がそのスマホを見つめるうちに、なにかいつもと違うことに気づく。僕はしばらくそれを見つめた後に違和感の正体に気づいた。


「そうだ……」


 僕のスマートフォンにはイタチのストラップが付けられていた。それは鬼麟からもらったものだったのだが、そのストラップは鬼麟が死んだのち、いつの間にか無くなってしまった。そのストラップのあった位置に新しく金棒のストラップがぶら下がっていたのだ。

「やーっと気づいたか。そうだ、幻聴なんかじゃないぜ、正真正銘、本物の鬼麟さんだ」

 僕の目線の先でストラップが震える、すると鬼麟―もうこの世にいないはずなのに―の声が聞こえた。

「お…お前、どうして…?」

あまりの衝撃に言葉が出ない僕。そんな僕に

「いやー、死んでみたはいいものの、なんかお前が死にそうになっていたからさ、助けるために蘇ってみたわ」

いともたやすく言ってのける鬼麟。理解が及ばず混乱している僕に

「お前に渡したこの金棒な、もとはあたしのもんだっただろ?そこにお前の血が限界まで注がれた後、宿主のお前が鎌上に存在ごと消されたじゃん?それで偶然金棒の前の宿主であるあたしを召喚する条件がそろったってわけ。」まーだから厳密に言うとあたしは生まれ変わったわけだな、と鬼麟は続ける。

「よくわからないが…お前にまた会えるってことでいいのか?」混乱している頭を必死で整理しながら僕は言う。

「いや、蘇ってサクッと鎌上を倒したのはいーんだけどな。お前を生き返らせるために力の大部分を使っちゃってな。今はこの金棒の中にお邪魔させてもらっているよ」

「…そうか…」何とか言葉を絞り出し、俯く僕。

「僕のせいでお前が死んじゃってさ…ずっと後悔して、仇を取ろうとしてたんだけど、結局お前にまた助けられちゃったんだな…」

 鬼麟が生き返った嬉しさと情けなさが押し寄せ、表情がどうなっているか自分でもわからない。

「お前はお前にできることをやった。それでいいじゃねぇか」

 鬼麟の言葉も僕の心を動かすには至らず、僕は自己嫌悪のスパイラルに陥る。


「あーもう、あたしはぞ!」


 まさかあの鬼麟が。思いもよらない言葉に僕は思わず顔を上げる。


「最初に会った時は中身空っぽだった空洞なお前が、あたしのために必死で鎌上に立ち向かったんだ!お前はもっと自分を誇りに思え!!」


 照れ隠しのためか早口でまくし立てる鬼麟。僕は鼻をすすり、

「…らしくもないこと言ってんじゃねーよ」

「うるせー。お前こそ泣いてんじゃねーよ」

 そう言い合っていると、


「何者だ!ここをどなたの部屋とこころえ……ひ、菱也様!?」


 勢いよく部屋のドアが開き、肩を怒らせ部屋に入ってきた女性が、体を起き上がらせている僕を見つめ、硬直したようにその場に立ち尽くす。

 そんな彼女の姿に多少の罪悪感を覚えながらも僕は片手をあげ

「……や、やぁ、朋美さん……?」と挨拶する。

  ぎぎぎ、と時が動き出したようにぎこちなく動き出した彼女は

「菱也様ぁぁぁぁ!」

 感極まったように僕に飛びついてくると、彼女は僕の首根っこに抱き着いてきた。

「菱也様、菱也様、菱也様菱也様!ご、ご無事で何より…」

 抱き着いた後小刻みに震えだす朋美さんをどうすることもできず、僕がぎこちなく彼女の背中に手を回そうとしたその時

「いい雰囲気じゃねーの。あたしはお邪魔かなー?」

 笑いを堪えきれない様子の鬼麟の声に朋美さんの動きがぴたりと止まる。

「この声は…鬼麟!?ど、どこにいるのですか!?」

慌てたように周囲を見回す朋美さん。そんな彼女を小ばかにしたような声で、

「そうだ。菱也は自分の命を懸けてまであたしのかたき討ちをしたんだよな?そういう意味ではあたしの方が菱也に大事に思われてるのかもなぁ」わざとらしく呟く鬼麟の言葉を耳にした朋美さんはゆっくりと僕に向きなおる。その瞳には隠し切れないほどの怒りの色がにじみ出ていた。

「菱也様」

「い、いや、鬼麟も変なこと言うなぁ!そんなわけないでしょ!ほ、ほら朋美さん!鬼麟が蘇ったんだってさ!よかったよね!!」慌てた僕がスマートフォンにぶら下がるストラップを朋美さんに指し示す。

「ひ・し・や・さ・ま?」

「…………はい」静かに姿勢を正す。

「私、学校で別れる前に言いましたよね?命を懸けた、ってどういうことですか?」

平坦な声で問いかけてくる朋美さん。満足できるような答えを必死に頭の中で考えていると

「いや、命がけというか、本当に死んでたもんなぁ。あたしがいなきゃ危なかったぜ」鬼麟が火に油を注ぐ。最後の抵抗も空振りに終わり、背後に燃え盛る炎が見えるほど怒り狂った朋美さんにしこたま怒られる覚悟を決めた僕は静かに背を丸めたのであった。


  ※※


 しばらく正論という名の重いパンチをサンドバックと化した僕にぶつける時間(香奈さんが一度ドアを開け中に入りかけたが、中の様子に気づくと音も無くドアを閉めて立ち去った)の後、僕に事の顛末を教えてくれた。

――鎌上は消息不明だが、彼が身に着けていたあの刀から父親の血痕が検出され、犯人として警察と共に行方を追っているとのこと

――僕は研究所内で発見され、外傷こそないものの、気を失っていたため、病院に運び込まれたとのこと

――漸諫教の次の教主は候補者2名がこういった状況のため、一旦選出を取りやめているとのこと

「…それで、兎狩さんはどこにいるの?」話を一通り聞いた僕が聞くと、朋美さんは申し訳なさそうに眉尻を下げ、

「それが…どうやら行方不明のようです…タイミングがタイミングなので、もしかしたら鎌上の協力者かもしれないとのことで捜索を行っているようですが芳しくなく…」と答えた。

も待ってるからなー―

 最後に彼からかけられた声を思い出す。そうだ、多分、きっと彼も父の死に関わっていたのだろう。

「そうなんだ…見つかったら教えてね」

 そういうとふと、静寂が訪れる。

「あ、そ、そうだ!退院したらまたどこかでかけましょうね!」ともみさんが慌てたように話し出す。

「うん、でもその前に、やらなきゃいけないことがあるからその後でね」静かに話す僕を見て口をつぐむ朋美さん。

「で、では…やはり…」

「うん、僕は漸諫教の教主になろうと思う」

「で、でも!」朋美さんは耐えきれない、といった様子で口をはさむ。

「あれは鎌上を追い詰めるためにやっただけじゃないですか!?そんなのもう無効ですよ!!それに信徒たち《あいつら》は菱也様のことを散々苦しめてきたじゃないですか!?ひたすら自分の欲望をぶつけ、そのくせ菱也様の苦しみを理解しようとしない、そんな奴らのために菱也様が犠牲になる必要なんて―――」

「いや、それは違うよ、朋美さん」静かに僕は遮る。

「僕は犠牲になるんじゃない、。父さんが何を考えてこの教団を作ったのか、僕は知りたい。それはきっと教主になって、父さんと同じ目線にならないとわからないことなんだ。」

「ですが――!」

「いいじゃないか、朋美」鬼麟の声でストラップが震える。

「菱也のやりたいことが見つかったんだ、やりたいようにやらせてやろうぜ。やりたいことをやって好きに生きて好きに死ぬ、それが人生ってもんなんだからさ」

 朋美さんは少し黙り込み

「――こうなったら引きませんもんね。分かりました」というと顔を上げ、

「私も菱也様についていきますから」と強い意志を込めた瞳で僕を見つめる。

その視線の鋭さに思わず苦笑し、

「それは構わないけど…本当にいいの?」と聞くと

「えぇ、あなたと鬼麟だけだと危なっかしくて見ていられませんから」と微笑む。その顔から視線を逸らした僕の視線に回り込み、

「私から1つお願いです。私も鬼麟と同じように呼び捨てにしてくれませんか?」と問いかける朋美さん。言葉を濁し、顔を背ける僕とその先に回り込む朋美さん。そんな僕らのやりとりを見つめ、


「こいつらの喧嘩は鬼も食わねぇ、てか?」


 誰に聞かせるでもない鬼麟の呟きが空の中へ溶け込んでいった。

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二世教主、鬼になる 布川海音 @whoseyesarethose

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