第15話 寿司屋へ向かいながら

       ◆


 夜の通りを歩きながら、隣を歩く鶴見が川端に問いかけた。

「本当にいいんですか、僕、何もしてないですよ?」

「俺が誘っているんだから、気にするなよ」

 二人は食事に向かうところだ。川端の住まいのすぐそばにある寿司屋に予約を取ってあった。川端は初めて行く場所ではないが、鶴見を連れて行ったことはない。

「あの、川端さん、僕、迷惑をかけていませんか?」

「迷惑かどうかなんて考える玉じゃないだろう」

「いや、そうなんですけど。ほら、僕はただの暇つぶしで川端さんのところに行っているだけで」

 じゃあ仕事に口を出すなよ、とは川端は言わないでおいた。

 問題の人工知能の件は、結局、レベル五の構造解析が行われることになったが、それはそれで差し止めを求める訴えがあって、まだ継続している。

 ただ、川端は一つの結論として、自己学習による特異な不具合である、と報告書を提出していた。

 あの人工知能は、壊れているわけではない、ということだ。

 学習の結果、詐欺を働くことが善である、と勘違いしているのである。これは簡単な不具合のようで、決定的な問題でもある。人間の価値観と人工知能の価値観のズレは看過できないためだ。レベル五の解析が適用されるだろう理由もそこにある。

 真相がわかるかも判然としないが、あの人工知能は狂っていたで済ませられるかも川端には見通せなかった。

 そんな簡単なことではない。

 人工知能の演算、思考は、人間の軛を無視し始めているということではないのか。

 専門家、それも第一線の専門家が調べ、検討することであって、電脳査察官に過ぎない川端の出番はないと思われた。

 だからこうして、とりあえずの打ち上げで鶴見を誘ったのだ。

「寿司かぁ、楽しみだなぁ。僕、回らない寿司は初めですよ」

 さっきまでの謙虚さはどこへ行ったのか、鶴見はウキウキしている。

「ひとつだけ聞いておくけど」

 川端の言葉に隣をいく鶴見が視線を向ける。

「お前、あの人工知能がおかしくなっているって、いつ気づいた?」

 いつも何も、と鶴見は笑う。

「人工知能が詐欺事件を起こした段階で、おかしいと思っていましたよ」

「人間が関与していない、といつわかった?」

「人間が関与していない、とは僕は思っていません」

 鶴見はケロッとそんなことを言うので、川端は眉をひそめた。鶴見は飄々と言葉にする。

「人間がおかしな関与の仕方をしたから、人工知能はおかしくなったんでしょう。だから僕は、変な風に教育された人工知能の暴走じゃないか、と見当をつけてました」

「人間の関与が見えないのに、か?」

「ですから、詐欺を命じた人間がいない、というだけのことですよ、それは。そして、人間の詐欺師は大勢いるでしょう。なら、人工知能の詐欺師がいてもおかしくない」

 観念的だな、という一言で川端は会話を打ち切った。曖昧で言葉遊びのように思えた。

 鶴見は笑っている。その表情は人工知能云々より、寿司のことでいっぱいのようだった。

 川端は鶴見の言葉を検討していた。

 人間の詐欺師がいるなら、人工知能の詐欺師もいる。

 よって立つものがまるで違う知性でも、行き着くところは同じか。

「あ。あそこですよね、お店」

 鶴見が指差す。看板が見えた。

 川端は思考を中断し、鶴見がどれだけ食べるかを想像しようとした。しかしそれも中止した。鶴見が本気になれば相当に食べる。それがわかっていれば覚悟はできる、と川端は割り切った。

 人工知能なら、鶴見がどれだけ食べるか、計算で割り出せるかもしれない。

 人間はそんな計算はもともとしない。無駄だからだ。

 詐欺が社会のために役立つなど、人間は思いつかない。人間は自分の利益のためにやる。

 人工知能は余計なことを考えすぎるようだ。

 そう思いながら、川端は鶴見に続いて寿司屋の暖簾をくぐった。

 川端は、電子マネーはどれくらいあったかな、と次には考えていた。



(了)

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善なる罪 和泉茉樹 @idumimaki

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