第14話 第四回立件審査
◆
四回目の立件審査まで、川端は忙しい日々を過ごした。前日さえも満足に眠れないほどで、彼にしては珍しく裁判所へ向かう途中でエナジードリンクを飲むほどだった。
先に着いていた栗原は平然としている。踏んできた場数が違うか、と川端は感心した。
すぐに桐乃と、以前も顔を合わせた山崎と岡田の入室した。最後に裁判官がやってきて、定型に則って、この会議がネット配信され、録画録音されることが説明された。
今までと違うのは、人工知能と特別に回線で繋がれたモニターとスピーカー、マイクがあることで、今回は音声入力で人工知能へ問いかけ、人工知能はそれに音声かテキストなどで答えることになる。
まず原告側である栗原が人工知能へ質問し始めた。川端が苦心して作った内容である。
犯罪を犯した自覚はあるか。
誰に命じられたのか。
その人間はどこにいるのか。
詐欺を働いた動機は何か。
詐欺をどのように認識しているのか。
そういった問いかけに人工知能は流暢に答えたが、当たり障りのない返答ばかりになったのは川端の誤算だった。犯罪を犯した自覚はあり、誰に命じられたわけでもない。詐欺の動機は社会のためで、悪事だとは思っていない。
これでは人工知能の単なる不具合、誤作動ということになると川端は理解し、焦り始めた。栗原も困惑している。川端は手元の端末で、人工知能と警察とのやり取りを素早く参照した。どこにも矛盾はない。
「裁判官、発言をよろしいですか」
桐乃に裁判官が発言を許可する。
「今の栗原検事からの質問に対する当該人工知能の返答は、どれも学習上の誤作動、不具合を示しています。レベル五の構造解析による捜査の対象ではなく、開発元である電脳境界社の調査によって真相を解明できると思われます」
栗原は椅子にもたれて川端を見ている。川端は人工知能と繋がっている端末を見ていた。
「栗原検事、意見はありますか」
「……ただの誤作動で済ませる問題ではないかと」
裁判官を相手にどうにか栗原が踏ん張ろうとしたが、桐乃が再び発言を求め、ありもしない要素をあげつらって企業の名誉を毀損するのは間違っている、と言葉にした。栗原は無言で、川端も何も言えなかった。
鶴見の言葉を思い出そうと思ったのは、川端の逃げの思考だっただろう。
質問をぶつけられるのは、今しかない。
すっと、川端は挙手した。裁判官が、どうぞ、と発言を許可した。
「人工知能に訊ねます。私とのチャットの中で、詐欺事件は社会のためだったと答えたログがあります。記録していますね」
記録しています、と人工知能の合成音声が答える。
「社会のために個人が害を被ることをどう思いますか」
社会のためです。
人工知能の返答に、岡田がわずかに目を見開き、桐乃が口元を歪めた。
ここだった。
川端は質問を続行する。
「社会のためなら、個人などどうなってもいい、ということですか」
それが社会というものだと認識しています。
誰が発言した訳でもないのに、空気が不意に揺れたような錯覚があった。
「確認します。社会の方が個人より優先されますか」
されます。
「それでは」
川端は続きを口にするのに、気力を使った。
「それでは、今、あなたは社会によって裁かれようとしていますが、不服ではないのですか」
社会は私を裁くことはできません。
人工知能の言葉に、会議室は静まり返った。山崎が困惑する横で桐乃は岡田の方を見ていて、裁判官と栗原は、川端の方を見ている。川端と岡田の視線はぶつかっていた。
岡田の視線には、ありえない、という言葉が聞こえてくるような色がある。
川端は、人工知能の真意を問いただした。
「何故、裁けないのですか?」
答えは簡潔で明瞭だった。
善を裁く理由がありません。
これには裁判官が椅子の背もたれに寄りかかり、何かを思案する顔になった。桐乃が発言を求め、裁判官はそれを許したものの桐乃の発言は上滑りしていた。
裁判官は、次回の立件審査をもって結論を出すと宣言した。
岡田はともかく山崎は栗原と川端を火が出るような視線で睨みつけ、去っていった。桐乃も無言である。栗原は栗原で「厄介な仕事になりそうだ」と口にしていた。
川端はといえば、疲労困憊して空腹感に苛まれていた。
何気なく、鶴見を誘って食事にでも行くか、と思いながら、彼は帰り支度を始めた。
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