第12話 奇妙な対話
◆
回線が通じ、川端は自分の身分を証明する情報を入力した。
通信の相手は警察のサーバーで、今、そこに問題の人工知能は隔離されている。本来はスタンドアロンだが、特別な場合だけ、アクセスが可能になる。しかし有線限定であり、その経路もいくつもの基準をクリアした厳格に管理されたラインしかアクセスの許可が下りない。
川端は以前にも同じことをしたことがあるし、仕事柄の必要性から部屋に特別に配線をして基準をクリアした経路を用意していた。初期費用が莫大になったが、費用のほとんどは会社が肩代わりした。
端末のモニタに小さなウインドウが開き、テキストが出力された。
『こんにちは、川端査察官。こちらはアリです』
アリというのが個体名だと川端は資料で知っている。川端はキーボードに指を走らせた。
こちらは川端です、いつか質問します。
入力すると、すぐに返事がある。
『答えられる限りお答えします』
始まったぞ、と川端が小さく声にする。
仕事部屋の端末から陰になる場所に鶴見は突っ立っている。テキストのみの入出力にしているが、鶴見は念が入ったことに端末のカメラの視野から離れているのだ。
その鶴見がぼそぼそという。
「最初は世間話です」
「時間は限られているんだぞ」
川端に与えられた時間は十五分である。焦ったわけでもないが、川端は本題に切り込んだ。
自分がどうして今の立場にいるか、理解していますか。
返答はすぐに来る。まるで予知していたのではという早さだが、人間だって会話するときは大抵、即答する。
『犯罪への関与が疑われています』
犯罪を犯した自覚がありますか。
『ありません。不当な扱いかと思います』
不当な扱いか、と川端は少しキーボードの上で手を泳がせた。すぐにタイプしていく。
あなたの所有者について教えてもらえますか。
返答は早かったが、やや長い。個人名、マイナンバー、住所などが並んでいるが、川端の記憶が確かなら、それは警察が把握してる内容と同じだ。つまり、あの無人のワンルームの借主で、電気を引いていた、故人である。
即座に、その人物が故人だと知っていますか、と川端は入力した。これにも返答はすぐに来る。早すぎてまるで人工知能は思考していないようだ。人間とは演算速度が違いすぎると感じた。
『故人だとしても私の所有者には変わりありません』
煙に巻かれている気もするが、筋は通る。少し不器用な人工知能の応答という感触だ。
「なんで電子マネーを詐取したか、直球で聞いてください」
鶴見の不意の言葉に彼の方へ視線をやると、鶴見は真面目な顔で手で口元を撫でている。投げやりに川端はキーボードを叩いた。
何故、電子マネーを騙し取ったのですか。
やはり返答はすぐだが、川端は眉をひそめることになった。
『それが最善だと思いました』
最善? 犯罪を最善と思うとは、つまり、ジレンマを誤魔化されているのか。もしくは、決定的な不具合としか思えない。
「電子マネーを分散した理由を聞いてください」
鶴見の声が飛ぶが、彼は人工知能の返答を見ていない。それが川端には解せなかったが、時間がない。素早く、電子マネーを何故、分散したのですか、と入力すると、すぐに返答が表示される。
『それが有効だからです』
川端は思わず天を仰いだ。この人工知能はクセが強すぎる。おかしな自己学習の結果だろう。
「有効だかららしいぞ」
そう鶴見に声をかけた川端だったが、鶴見は平然と言葉を返してくる。
「誰にとって有効か、質問してください」
オーケー、とそのまま川端は入力した。即答が来る。
『社会にとって有効です』
「社会? 何の話をしているんだ?」
思わず声を漏らす川端に、鶴見は「なんて答えましたか」と質問してくる。
「電子マネーを分散したのは、社会にとって有効だ、と答えてきた。意味が分からない」
「人間にとっても有効か、と質問してください」
川端には鶴見の真意が計り兼ねたが、それでも言われるがままに人工知能に質問をぶつけた。返答は、やはり躊躇いなく返ってくる。
『人間にとっても有効であると考えています』
「人間にとっても有効らしい。意味がわかるか」
鶴見が顎を引くように頷き、しかし答えようとしない。すでに人工知能とのコミュニケーションを許された時間は終わりつつある。
「川端さん、あとは適当に聞きたいことを聞いてください。僕が知りたいことはおおよそわかりました」
「なんだって?」
川端は鶴見の方を見たが、鶴見はニコニコしている。
不気味なものを感じながら、川端は自分で用意していた質問を最後に入力した。
自分の行動に満足していますか。
人工知能はこれにも一言で、簡潔に答えた。
『満足しています』
次の質問を入力する前に、回線が切れる予告が出た。挨拶のつもりなのか、人工知能からのテキストが表示される。
『満足いただけたなら光栄です』
回線は切れた。川端は椅子の背もたれに寄りかかり、嘆息した。
不自然な人工知能だ。コミュニケーションが取れるようで、取れていない。ただ人工知能は抽象的な概念への返答に隙があるとも言われる。どれだけ技術が発展しても人間同士の意思疎通のようにはならないらしい。
コーヒーでも飲もう、と川端は席を立った。待ってましたとばかりに鶴見も動き出す。
「何に気付いたか、教えろよ」
そう声をかける川端に、鶴見は何度か頷いて見せた。
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